食え
ポッポに連れられて誰もいない食堂にやってきた。
「何を食べられますか?何でも言ってください!」
ポッポは到着するなり、胸を張ってそう言った。
「ポートマルリンカーさんよ。まぁあんたに言われりゃ作るけど、今休憩時間中なんだよ。それを忘れないでくれよ」
ポッポの姿を見て、厨房の奥から、ごつい腕をしたコックが姿を見せた。
コックはぼけっと突っ立っている俺を鋭い瞳で見ていた。
「よぉ、兄ちゃん。災難だったな。何でも言ってくれ腹いっぱい食わせてやる」
そう言ったコックは色黒で目つきが悪く、どう見てもまっとうな仕事をしている人間には見えなかったが……どうやらいい人であるようだった。
どこまで話を聞いてるかは知らないが、事情を汲んで、見ず知らずの人間の為に、休憩時間にも関わらず気遣ってくれるんだ。
できた人間なんだろうと思った。
「ああ、ありがとう、恩に着るよ。でも、まぁ、今はこんな感じなんでね」
俺はそう言うと包帯で固められた両手を見せた。
「これでも食える料理、あるかい?」
「なるほど。兄ちゃんあんたも大変だな。よし、待ってな」
コックはそう言うと、キッチンの奥に消えていった。
「では、こちらへどうぞ」
ポッポはコックがキッチンに消えるのをみて、席に移動した。
「どうぞこちらへ」
ポッポは壁際の窓の前、一番景色のいい席へ俺を誘うと椅子を引いた。
「ああ、失礼する」
俺は、ポッポに一礼し席に着いた。
「何か飲み物を取ってきます」
「ああ、いやそこまで気を使ってくれなくても……」
「いえいえ、座っていてください。私は駅員ですのでね」
「そうかい?ありがとう」
俺はお辞儀をした。
ポッポはにこりと笑い、キッチンの方に向かって行った。
しばらく待っていると、ポッポがコーヒーの入ったカップを二つ持って戻って来た。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺がカップを受け取ると、ポッポが俺の向かいに座った。
「では、現在の状況について簡単に説明します」
ポッポはコーヒーを一口飲むと、話を始めた。
「あらかたの状況は馬車の中でホークさんからお伺いしてます」
俺は驚いた。
そして同時に悪い気持ちになった。
ホークの奴、あいつが一番つらいだろうに……。
だがしかし、残ったメンバーを考えると、確かにそれは奴の役目だ。
例え、逆の状況だったとしたら俺もそうしていただろうと思う。
だが……頭で理解していたとしても、それは簡単にやれることじゃない。
「私はそのお話を聞き、帰還、即、本国と北部魔界に駐留している調査隊に連絡をしました」
「ああ、それで?」
「急な事でしたが、皆さん素早く動いてくださいました。ダリア・ランタァナ・ジュリエッタの死体及び皆様の荷物は現在回収中です。もちろん……遺体も一緒に収容する予定です」
「そうか……」
遺体……。
心臓を何かに掴まれたような感覚だった。
その言葉をきいて血液が逆流したような不快感をもった。
ホーク……そのこともきちんと説明したのか。
「先に謝っておきます。申し訳ありませんがホークアイ及びイナホの皆様には数日はここに駐留していただきます。明日、皆様の状況次第ではありますが説明会をさせていただきます」
「説明会って?」
「ええ、後処理の状況及び補償の話です」
「補償?」
「ええ、今回の依頼は安全を担保した上でのお仕事の依頼のつもりでした。皆様がどう思われていたかは分かりませんが、安全を確認できたから依頼を出したのです」
「でも、安全じゃなかった」
「そうです。イレギュラーは発生しない。その想定でした。もちろん自信もあったのですがね……」
「まぁ魔界ってのはそんなもんだろう。人間の理解を超える」
「そうですね。ええ、思い知らされました。何にせよこれは私共の落ち度ですので……」
「そうかい。ま、正直言うと懐事情は結構深刻でね。もらえる物はありがたくもらっとくよ」
「はい。そうしていただけると助かります」
「それに、告げ口するつもりもないよ。俺達は……イナホは被害者だなんて思ってないからな」
「お見通しですか……。お祭りも敢行されますし、北部魔界の開放はマストで進めなければなりません」
ポッポは疲れたような顔をした。
どうやら結構な無茶を強いられているようだった。
「冒険者たちへの影響が深刻です。それどころか、北部魔界産の物資も滞っています。人間界に与える影響が想像以上に膨らんでいます。早急に解消しなければなりません」
それは俺も思うところがあった。
最近はバイトが以前よりも確実に取りにくい状況になっている。
いざ入れたとしても、どう見ても冒険者みたいなやつらが散見される。
そしてそういう奴らの中には実力主義……というか、腕っぷし主義の奴らが多く……。
ま、つまりは問題になることが多かった。
「上の決定ですからね。最近は事件が多くてですね。今回の件をいたずらに流布されると本国の不安をあおるだけですしね……。理解していただけると、ありがたいです」
要は口止め料払うから、黙ってろってことだ。
まぁ、そうなるよな。
今回の件は完全にイレギュラーだろう。
万に一つもない偶然だ。
それを取り上げられて、今までの苦労が水の泡になってはたまったもんじゃない。
きっとこれは冒険者のみならずだと思われた。
「大変なんだな。その、あんたらも……」
「ええ、駅員は戦闘員ではありません。少しばかりは心得もありますが……」
「だろうね。働く側としても冒険者がいてくれた方がありがたいか」
「そうです。少しばかりのリスクは受け入れないといけない事態です」
「そうか」
「私は反対なのですがね」
ポッポの口から意外な言葉が出た。
「どうしてだ?」
こいつが一番駅員の無事を祈るはず。
俺はポッポ以上に他人の事を気にかけて行動できる奴を知らない。
「犠牲者が出ましたから。一人の為に何十、何百という人が迷惑をこうむるのは分かります。一人犠牲になったからダメとかそう言う綺麗ごとは……。というのは理屈では理解しているんですがね」
「ああ……」
「ですが……今回は正式な冒険者とはいえ、まだ若い人も重い被害にあいました。それを考えると……」
ポッポは言葉を詰まらせた。
「どうしてもだめです。これがもし……被害者がドクダミだったとしたら、私は一生決定を下した人たちを許せません」
ポッポは顔を背けてそう言った。
苦しそうな表情だった。
こいつは……優しすぎるのかもしれない。
「俺はそんな責任を負ったことがないから……軽率かもしれないけど、でも、気持ちは分かるよ」
「ありがとうございます」
ポッポとの会話は耳が痛かった。
心も痛かった。
ポッポと話せば話すほど事態の深刻さを思い知る。
俺は誰も失わなかった。
だが、ホークは違う。
仲間を二人も失っている。
どういう気持ちでホークは俺を見ていたのだろうか?
俺が逆の立場なら?
さっき俺はそう考え、ホークのやったことを俺でもそうすると思ったが、できないかもしれないと思った。
言葉で言うのは安いが、そうさ、自分に置き換えてみると……俺には到底できないことだった。
俺は頭を抱えた。
まだ、わかった気でいるな。
冒険に出て、世界を他人を知れば知るほど、自分の愚かさを思い知る。
俺はなんて浅慮なんだ。
いい歳して……ホントに……。
「おいおい、大の男が二人して、何をふさぎ込んでんだ?」
言葉の通り通り、二人して無言でうつむいているとため息まじりでそう言われた。
顔を上げるとそこにはさっきのコックが立っていた。
その手にはサンドイッチが山盛りになった皿があった。
「なんだ?別れ話でもしてるのか?そんな雰囲気だが、あんたらそう言う関係か?」
コックはそう言うと、皿をテーブルに置いた。
「ああ、すみません。すこしばかり事態が深刻でして」
「そうかい。そりゃ腹減ってるからだな。食え」
正直言うと、飯食う気分じゃなくなっていた。
というか、俺は暢気に飯なんて食ってていいんだろうか、と、そう思っていた。
俺達は無言でテーブルに置かれたサンドイッチを見ていた。
一向に手を付けない俺体の姿を見て、どうやらコックは何かを察したようだった。
コックはため息をつくと、隣のテーブルから椅子を引き、座った。
「あんたらの気持ちは分かるよ。俺もかつて仲間を失った」
コックが話始めた。
「それも、俺のミスでな。その時は俺もあんたらみたいにな、そうなっちまった」
コックがテーブルに腕を置いた。
「食うもんも食わずに三日三晩、俺は下を見てた。そんな俺を見かねて仲間の一人が飯を持ってきた。なんか食えっていってな」
コックはそう言うと、サンドイッチを一つ、手に取った。
「俺は言ったよ。食事なんてする気にはなれないってな。でも、そいつは何も言わずに俺のとこまで来ると、無理やり飯を口に詰め込んだんだ」
コックは俺達を見ながらそう言った。
俺達は黙ってコックの顔を見ていた。
「実に三日ぶりの飯だ。無骨で碌に味付けもされてない薄い味のスープだった。だけどそれがな、どうしようもなくうまかったんだ」
コックは手に持っていたサンドイッチを軽く振って見せた。
俺は生つばを飲み込んだ。
「気が付けば皿は空だった。そんで俺はその足でそのまま食堂に行った。そんで吐くまで飯を食って、寝たら……次の朝には、いつもどおりだ」
コックはそう言うと嘲るように笑った。
「その時実感したよ。人間ってのはどうしょうもなく単純で、生きるってのはどうしようもなく不格好だってな」
コックは、声を上げて笑った。
「薄情だよな。俺が死にゃよかったなんて考えててもいざとなったら……夢中で飯食っちまうんだよ。そんで腹いっぱいで寝れば全部忘れちまう。でもな、俺はそれでよかったって思ったよ」
俺達は無言だった。
「それで俺はコックになった。あんた等みたいな奴に飯食わしてやるためにな」
「それでって……意味が分からん」
「暗い顔しててもいいことはおきん。過ぎちまったことはもとには戻らん。でも、これからは自分の行動次第だ。つまりはだ……飯食って仕事する、それだけだろ?」
コックの言葉に俺は頷いた。
その通りだ。
過ぎちまったもんは、どうしようもない。
それは分かってる……。
分かってたはずなんだが……。
「人間生きるのに必要なのは飯だ。だから、俺が作る。あんた等みたいなのに食わせる為にな」
コックはそう言うと、サンドイッチをほおばった。
そしてわざとらしく大げさに、言った。
「うん、うまい」
コックは本当にうまそうにサンドイッチをたいらげた。
その姿を見て、俺は……サンドイッチに手を伸ばした。
固められた四本の指と親指で優しくサンドイッチを挟んだ。
ハムとレタスのシンプルなサンドイッチ。
それが何だか今はすごくうまそうに見えた。
俺はそれを数秒間見ると、おもむろに口に運んだ。
「どうだい?」
「うん。うまい」
「だろ?」
「ああ、うまいよ」
俺は夢中でサンドイッチを食った。
そうだよな。
暗い顔しててもなんにもならんな。
馬鹿なんだし、ごちゃごちゃ考えるよりも……体を動かそう。
そうすれば、きっと、いいことがあるはず。
俺はそう信じた。
「私も頂きます」
ぱんと頬を叩く音が聞こえたかと思うと、ポッポがそう言った。
そして、ポッポもサンドイッチをつまんだ。
しばらく、俺達はそうやってサンドイッチにかぶりついた。
コックは満足そうに笑っていた。
「あんた名前は?」
「名前?そんなのどうだっていいさ。ただ、どんな時でも腹減ったら俺のとこ来な。それだけ覚えといてくれ」
コックはそう言うと席を立った。
どんな事情があろうと、魔界にいる奴らってのは……変わった奴ばかりだな。
俺はそんなことを思いながらサンドイッチをほおばった。
三個くらい食べたころだろうか、俺の気分は完全に前向きになっていた。
ハムにレタス、卵がいっぱいのサンドに、照り焼きしたチキンに、サーモンなんてのもある。
でもなんだか、物足りない。
何かが足りないな。
なんだか、もっと、こう……そう、塩っ気が欲しい。
そうさ、このサンドイッチはしょっぱくない。
あの過剰なほどのしょっぱさ。
そして挟まっている妙な具材。
ドーソンさんのサンドイッチのようなしょっぱさがこれにはない。
俺は思わず噴き出した。
昔、ドーソンさんのサンドイッチにしょっぱいと文句を言った時、ドーソンさんは鼻で笑っていた。
「それが、いいんだよ。それがだんだん癖になってくるんだよ。分かってないね」
ドーソンさんはそう言って、笑っていた。
俺は、んな訳あるかと思ってたけど……。
なんだ、まぁ、確かに、しょっぱくないサンドイッチはなんだか物足りないな。
「どうしました?」
ポッポが薄ら笑いを浮かべる俺に尋ねた。
「ああ、いや。何でもないよ」
俺はそう言うと、にやつきながらサンドイッチをほおばった。
遠くから、鐘の音がした。
俺達は食う手を止めて、その音に耳を傾けた。
「この音は?」
「ええ、15時の鐘ですね。お茶の時間です」
「お茶の時間か……」
その時、俺の脳裏に一瞬、予感がよぎった。
何とも言い知れぬ、嫌な予感。
それを実感した時だった。
遠くの方から足音が聞こえてきた。
どたどたと、どこかに急ぐ足音。
それは確実にこっちに近づいて来ていた。
俺はその時、予感の正体を悟った。
まさか……。
そう思った時だった。
「あっここですかぁ?!ここですよねぇ?!」
聞き覚えのある声がした。
「そうですー!」
遠くの方から若い男の声が声が聞こえた。
「うおー!おやつや!」
「ふっ、ふおおおおおお!」
「ま、まってくださーい!」
どたどたと急ぐ足音と、若い男の追いすがる声が聞こえてくる。
ああ、うん、やっぱりか。
俺はため息をついた。
「あっ!モリー様!」
「うお!なんや先に食うとるで!」
「う、ううううう!」
騒がしい声が食堂の入り口から聞こえてきた。
声のする方向を見ると、そこには三馬鹿娘が立っていた。
「モリー様!生きてたんですね?!」
イヅナが俺達のテーブルに駆け寄ってきた。
何言ってんだ、そう思ったが……さっきまで下向いてた俺にはなんだか刺さる言葉だった。
「ああ、生きてるよ」
俺は失笑しながらそう言った。
「よかった、もぐぅ!」
言い終わる前にイヅナはサンドイッチを口に運んだ。
「おい、食うのは言い終わってからにしろっていうか座って食え、そしてまずは手を洗え」
ツッコミどころが多すぎて何から言って良いのか、俺は分からなくなっていた。
「ほうやでイヅナちゃん。行儀わうりゅいむぐむぐ」
レイシーがイヅナをたしなめ……中にサンドイッチをほおばった。
「言い終わってから食えって。あとお前も座れ」
俺はため息をついた。
「うぐうぐうぐ……うぐっ!」
ドクダミちゃんはいつの間にか食っていた。
そしてのどに詰まらせていた。
「もぎゅもぎゅちゃん!」
イヅナは食いながら慌ててドクダミちゃんの背中を叩いた。
「ふぐ!ふぐ!」
ドクダミちゃんが苦しそうな声を上げた。
「うごうごうごう!」
レイシーが食いながらドクダミちゃんの口に水を流し込んだ。
「ごば!がっ!がばばばばばば!」
ドクダミちゃんはなんだかいろいろなことになっていた。
そしてひと騒動の後、三人は同時に喉を鳴らした。
「うまい!」
三人は声をそろえてそう言った。
「食うのはいいけど落ち着け、お前ら」
俺は冷ややかにそう言った。
ポッポはずっと苦笑いしていた。




