手術台送り
馬車の中で、ホークさんはおじさんたちと話をしていた。
何を話していたかは分からなかった。
私は恐ろしいほどの疲労で、意識が遠くなっていたからだ。
私の向かいに座るモフルさんも寝ていた。
クリス君もモフルさんの膝枕の上で寝ていた。
レイシーちゃんもドクダミちゃんを膝の上にのせて寝ていた。
私達の足下には、モリー様が寝ていて……。
私はモリー様を心配していた。
生きているのかどうか心配だった。
だから、体温を感じるために、足をモリー様のおなかの上にのせた。
これは体温確認のため……必要な事、不敬じゃないし、はしたなくもない!
私は自分にそう言い聞かせた。
私は足に呼吸の動きを感じながら、そのまま眠ってしまった。
「みなさん、到着しましたよ」
次に目を覚ました時には、馬車はもう拠点に到着した頃だった。
ポッポおじさんの優しい声で起こされると私は目をこすって立ち上がった。
そしてできるだけ丁寧にお礼を言った。
「ありがとうございます。おじさん」
私がそう言うと、おじさんはにっこりと笑った。
「よく眠れましたか?痛いところとかはありませんね?」
「ええ、はい!大丈夫です!」
私はそう言うと、元気にポーズをとって見せた。
「ほら!こんなに元気です!」
おじさんはその姿を見て、嬉しそうな表情を見せると……一瞬目線を下に向けた。
うん?なんだろう?
私はおじさんの困ったような表情を見て首を傾げた。
なにかあったのかな?そう思った時だった。
「おい」
足もとから声がした。
「え?!」
私は驚いて下を見た。
そこには……モリー様がいた。
「元気なのは結構だが、人の腹の上に立つんじゃない」
「モリー様……」
生きてた!本物だ!このぶっきらぼうな言い方は間違いない!モリー様だ!
私はその声が聞けたのがうれしくて!
その場でジャンプして、空中で体をひねり……モリー様にボディプレスした。
「うぐぅお?!」
「モリー様!」
私は勢いそのままにモリー様に抱き着いた。
「お前ね。確かに立つなと言ったが、のしかかってこいとは言ってないぞ」
「仕方ないじゃないですか!死んだと思ったんですから!」
「あーそうか。それならまぁそうかもだがね……」
モリー様はため息をついて、そして私の頭を撫でた。
「すまん心配かけたな」
「ほんとうですよ!」
「ま、でも今回は死なない算段が付いてたけどな」
モリー様はそう言うと、ははっと笑った。
「さて、じゃ俺もケガ人なんでね」
俺がそう言うと、イヅナがうれしそうに返事し、俺から降りた。
そして、そのままポッポに手を引かれて馬車の荷台から降りていった。
俺はほっと息を吐いた。
その時、俺の体に、また人影がさした。
「モリー様!」
今度はレイシーがいきなりボディープレスしてきた。
「おぐふ!」
俺はレイシーのある意味、全身全霊を受け止めた。
「もー!ほんましんぱいさせて~!このこの~!」
レイシーは俺の上でバタバタ手足を動かした。
「それは悪かった。悪かったけどね……やめろ」
俺は肘でレイシーの頭を押さえた。
「げへへへへ、うれしい癖にぃ!」
「ケガ人だ、つってんだろうが」
俺がそう言うと、レイシーはへへへと笑いながら、俺の上から降りた。
そして、イヅナと同じように手を引かれて馬車を降りていった。
ポッポは俺の方を見てなんともいえない困ったような表情をしていた。
俺はその表情を見て、ため息をついた。
そして、馬車を降りたレイシーに向かって言った。
「お前が我慢すれば終わってたんだからな」
レイシーはそれを聞くと舌を出しておどけてみせた。
まったくよ……。
そう思った時だった。
もう一度、俺の上に人影がさした。
「せいやぁ!」
ドクダミちゃんがボディプレスしてきた。
他の二人に比べれば軽い衝撃だった。
「す、すみません。痛かったですか?」
ドクダミちゃんは恐る恐るそうきいてきた。
本当にこの子はいい子だな。
俺の中でドクダミちゃんの評価が密かに上がった。
「あのね。無茶しなくていいからね。あいつらは無茶苦茶しかしないんだから」
「は、はい。で、でも……も、モリー様……私ずっと寝てたのに、更にさっきまで寝てました」
「そうだな」
「すみません……」
「いいんだ。謝ることじゃない」
「で、でも肝心な時に……私何もできなかった……」
「それは君のせいじゃない。俺の力不足だ。俺の方こそ、守れなくてすまない」
「いえ、私、無傷です。十分守ってもらいました」
「ああ、でも次からはもっときちんと守るよ」
俺はそう言ってドクダミちゃんの頭を撫でた。
そして小声で言った。
「君がいたらたいていの問題が解決するということが分かったからな」
「え?!」
「いや、何でもない。さ、ドクダミちゃん」
俺がそう言うと、ドクダミちゃんは頷いて、俺から降りた。
そして、他の二人同様にポッポに手を引かれて馬車を降りていった。
「すみません。あとは任せます」
ポッポはドクダミちゃんの手を取ると、若い駅員にそう言った。
そしてドクダミちゃんの手を握って一緒に拠点へ歩いて行った。
「大丈夫ですね?けがはないですね?」
「うん。大丈夫だよ」
「何か変な感じはしませんね?熱っぽいとか、くらくらするとか、耳鳴りがするとか……」
「なんにもないよ。大丈夫だよ」
「本当ですか?目がちかちかするとか、足がむくんでいるとかもないですか?」
「大丈夫だから、お父さん!」
俺はその、後姿を苦笑いしながら見ていた。
「大丈夫ですか?」
若い駅員が俺を見て尋ねた。
「ああ、大丈夫だ」
俺は返事した。
そして体を起こした。
体の節々が痛むが、異常はないし五体満足だ。
ま、どうにか指も全部つながってるし、万々歳だろう。
俺は一安心といったところだった。
「どうにか、帰ってこれましたね」
ほっと一息ついていると、話しかけられた。
そこにはホークアイの三人がみんな苦笑いしながら座っていた。
「あっ、これは……その……、お恥ずかしいところを……」
「いえいえ、慕われているのですね」
「ああ、慕われてると言うのか、遊ばれているというか……」
俺は頭を掻いた。
「すいません。本当、空気も読まずにどこでも騒げる奴らなので……」
「ははは、いえいえ、逆に光栄ですよ。あんなにパワフルなお嬢さん方と一緒に旅に出れたなんて」
「そうね。とてもいい子達だわ」
「ええ、そうですね」
三人はそう言っていた。
だが、その目には明らかに……。
「俺もですよ」
俺は言った。
「みなさんに出会えてよかった。あなた達……四人と旅に出れて……最良の結果じゃなかったがこうして戻ってこれてよかった」
俺がそう言うと、ホークがそうですねと言った。
「すいません。気が使えなくて……」
「いいんです。敢えて話題を逸らされるよりかはいいです。現実ですから」
「ホーク……すまない」
俺はそう言うと、立ち上がった。
「先に降りる。よければ……また、話をしよう」
「ええ、是非」
俺はそう言うと、馬車を降りた。
馬車の外は、まだ明るかった。
「なぁ今何時だ?」
俺は若い駅員に尋ねた。
「そうですね。ちょうど11時ですね」
「まだ午前中なのか」
「ええ、そうです」
信じられないくらい濃い一日だ。
きっと俺の人生で一番長い日になったに違いない。
と、いうか……そうであることを願う。
「歩けますか?」
俺が立ち尽くす姿を見た若い駅員は声をかけてくれた。
「ああ、大丈夫だ。俺は手が痛いだけだからな」
俺はそう言うと、空に向かってため息をつくと、拠点に向かって歩き始めた。
拠点に着くと、俺達は医務室に直行した。
そして全員が軽い検査を受けた。
その結果、クリス君は即入院措置、俺は手術台行きとなった。
「これ、そんなに悪くないだろ?」
俺は医師に尋ねた。
「いえ、悪いです。手術しましょう」
医師は即答した。
俺は眉をしかめた。
「なぁ、こんなの火つけてれば治るからいいだろ?」
「ダメです。そんな民間療法は医師のはしくれとして、見逃すことはできません」
「ああ~うんでも、ほら麻酔とかさ」
「そんな近代的なものはありません」
「う~ん、だよねぇ?」
「ええ、耐えてください」
俺はかなり渋った。
いつもならこういう時は確実に断る。
別に怖いわけじゃなくて、俺は自分の火の治癒力を信じているからだ。
実際火はすごく便利だ。
消毒もできるし、温度も保てるし、ケガにはいいことしかない。
だからいつもなら、断るのだが……。
「大丈夫ですよ!私が手を握ってあげますから!」
イヅナが渋る俺にそう言ってきた。
「いやいや、イヅナちゃん、手の手術すんねんで?」
レイシーが言った。
「もっと別のところ握ってあげんとあかんのちゃうの?」
レイシーがやらしい、にやけ面を浮かべた。
「あっ、そうだね!じゃ……足握ってあげますから!」
「いや~イヅナちゃんほら、もう少し上の方がええんちゃん?!」
「え?上ってどこ?!」
「どこってほら~ねぇ?モリー様ぁ?!」
「ねぇ?じゃない。別に握っていらん」
「ええ?そんなぁ~つよがっちゃってぇ~!」
「強がってない」
「わ、わかりますよ!私も注射が嫌いで~、その時は私も!」
「別に怖いわけじゃない」
「ほ、ほ、ほうわぁ~」
「ほうわぁ~でもない」
そんな感じだったので、俺はさっさと手術を受けることにした。
「では、こちらへ」
俺は医師に手招きされて、手術室に向かった。
ものすごい気分が乗らないが仕方ない。
俺は部屋の前でため息をつくと、振り返って言った。
「お前ら、いい子にしてろよ。絶対におとなしくしてるんだぞ」
俺がそう言うと三人は元気に返事した。
いい返事だった。
だからこそ俺はものすごく心配だった。
こいつらいつも返事だけはよくて、そしていつも碌でもないことをする。
「絶対だぞ?」
俺は念を押す。
「はい!おとなしくしてます!」
イヅナがにこにこしながら言った。
お前が一番怪しいんだよって内心そう思ってた。
「頑張ってきてくださいねぇ~帰ってきたらご奉仕しますからねぇ~」
レイシーはそう言うと、手で輪っかを作って上下に動かす下品なジェスチャーを取った。
「冗談でもやめろ」
俺はついそう言ってしまった。
レイシーはへへへと笑っていた。
「も、も、モリー様ぁ……。あ、あ、あ、ありがとうございました……わ、わ、私、忘れません……」
ドクダミちゃんは今にも泣きそうな顔をしていた。
「別に死ぬわけじゃない。2、3時間で戻ってくるから心配するな」
俺がそう言うと三人は、は~いと返事した。
ものすごく不安だったけど……でも、これ以上話しても不安が払拭されることはあり得ないと俺は知っていた。
俺は不安を抱えながら、暗い手術室に入っていった。
「火をつけてもいいか?」
俺は手術台に腰かけて言った。
「ええ、どうぞ」
「どうも。そこで、悪いんだが、もう一つお願いしていいかな?マッチ一本擦ってほしいんだ」
俺はそう言って、自分の胸元を手で指した。
医師はため息をついて、俺の懐からマッチ棒を取り出すとそれを一本擦った。
「ありがとう」
俺はお礼を言うと、自分に火をつけた。
まだ少し熱かったけど、でも痛みが引いて行くのを感じた。
「ああ、少しばかり気が楽になったよ」
俺はそう言うと靴を脱いで、手術台に寝転がった。
「ほんじゃ、始めてくれ」
「ええ、はい。それでは消毒と縫合を行います。相当痛いでしょうが……耐えてくださいね」
医師はそう言うと俺の手から包帯を外し始めた。
俺は暗い手術室の天井を見上げて、ため息をつくと目を閉じた。
「行きますよ」
医師がそう言うと、俺の手に消毒液をぶっかけた。
「ぬぅん!」
激しい痛みが来た。
「あっ、モリーさん指はまっすぐにしといてくださいね」
「いやそれは無理だろ」
「……できる限り努力してください」
どうやら思ったよりもきつい手術になりそうだ。
俺は覚悟を決めて、歯を食いしばった。
「足……握っといてもらえばよかったかな」
なんて、つい呟いてしまって俺は笑った。
「絶対安静ですからね。一週間は極力物は持たないでください」
「ああ、わかった……」
俺はふらつく足取りで手術室から出た。
思ってた以上に結構痛かった。
にもかかわらず、手の状態は入る前とそんなに変わらない。
包帯ぐるぐる巻きでがっちり固められてる。
これ……手術する必要あった?
俺は首を傾げた。
まぁでも手がしっかりくっついている感覚は確かにあった。
手術してよかったかなって……いつか思えればいいか。
それよりも、俺の心配事は別にある。
俺は今、医務室から出るのがすごい怖かった。
ここを開けたら何が起こっているのか分からない。
あいつらに、不可能はない。
それはいいところでもあるが、悪いことでもある。
っていうか、今のところ悪い方向にしか行ったところを見ていない。
俺は何度目か分からないため息をついた。
そして、覚悟を決めて医務室の外に出た。
とりあえず、外は静かだった。
俺は廊下を慎重に見回した。
どうやら本当に何もなさそうだ。
俺はひとまず安心し、ほっと息を吐いた。
「体調はいかがですか?」
突然、背後から声をかけられてビビった。
振り向くとそこにはポッポがいた。
「すみません。驚かせてしまいましたね」
「あ、ああ、いや、大丈夫だ」
俺は高鳴る心臓を抑えて、返事した。
「ああ、ポッポまた助けられたな。ありがとう」
「いえいえ、礼には及びませんよ。それどころか……お礼を言うのは私の方ですよ」
ポッポはそう言うと、制帽を取り、丁寧に頭を下げた。
「娘を守っていただきありがとうございます」
「いや、ポッポ頭を上げてくれ。頭を下げるのは俺の方だ。まさかこんなことになるとは……本当に申し訳ない」
「いえ、モリーさん。私は魔界へ行くと聞いた時、危険を覚悟しました。しかし、正直申し上げますと……私は半信半疑でした」
ポッポは頭を上げて、制帽をきっちりかぶり直し、まっすぐ俺の目を見て言った。
「あなたのことを信じ切れていなかったんです。だからこうして……いてもたってもいられずに来てしまったんです」
「あ、ああ、それで……ここに……?」
「ええ、はい。娘が心配で……。でも、杞憂でした」
「いや、今回は運がよかっただけだよ。俺だけの力じゃ到底乗り越えれなかった」
「そんな、ご謙遜を」
「いや、事実だ」
事実、モフルさんがいなけりゃ俺達はとっくに全滅していただろう。
俺ができたのは、イヅナを止めることだけ。
それすらもレイシーのパワーが無ければ、どうにもできなかった。
それ以外は本当に……何もできなかった。
ポッポの言う通り、本当に俺がドクダミちゃんを守れる力があったなら……。
こんなに苦労もしなかっただろう。
俺ももう少し、強くなる必要がある。
今回の旅で俺はそれを心底実感していた。
「思いつめないでください」
ポッポは俺の顔を見てそう言った。
「私はあの子の望みを叶えたい。でも、私には無理だったんです。あなたにしかできなかった」
俺もポッポを見た。
「その中であなたはやり切ったんです。そして結果は無事に帰って来た。それ以上はありません。それで充分です」
「そんなこと……」
「いえ。今日、あの子の顔を見て思いました。あの子のあんな顔は見たことがなかった」
ポッポはそう言うと遠い目をした。
「昔はあの子も活発で、やんちゃな子供でした」
「そうなのか?」
「ええ、ダメだって言っても外に飛び出していく子でした。毎日レイシーと一緒に泥だらけになって帰ってきて、楽しそうに冒険の話をするんです」
「ドクダミちゃんが……?そんな子だったのか?」
「ええ、昔はそうでした。しかし、母親が死んでから、あの子は日に日に落ち込んでいきました。一日中部屋にこもり、そして私の前では一切笑わなくなりました。私は笑顔を取り戻そうと、できる限りのことをしました。いえ……したつもりでした……」
ポッポは悲しそうな顔をしていた。
「でも、あの子は変わらなかった。それどころか……どんどん悪く……私はそれに気が付いていました。でも……」
「ポッポ」
俺はつい話を遮った。
ポッポの顔があまりにも悲痛な顔だったから……声をかけずにはいられなかった。
「ドクダミちゃんはさ、ポッポを見た時にすごく安心した顔してたよ」
「え?」
「あの子がここまで来られるのは、ポッポがいるからだよ。ポッポのところに帰れるから安心して飛び出せるんだ」
ポッポは俺の顔を真っすぐ見ていた。
「あの子を支えてるのはポッポだよ。あの子が変われる勇気を持てたのも、きっかけは違えど、ポッポがいるからだ」
「そんな……」
「実際、来てくれただろ?一番のピンチにさ。ポッポ、あんたはきちんと娘の為にできることを全部やっているよ」
「……」
「ほんで、ドクダミちゃんもそれは分かってるよ」
俺は言った。
「だから心配するな。あの子はいい子だ。俺達はできる事をするしかない。そうすりゃ、勝手に大きくなるさ。子供ってのはそういうもんだろ?」
俺がそう言うと、ポッポは笑った。
「ええ、そうかもしれませんね。あの子達は本当に……いつの間にか大きくなっている……」
「俺はここ数日で実感したよ。あいつらには敵わない。奴らは……無限大だ」
「ええ、そうですね。ええ、全くですよ」
「あの?」
医務室の方から突然声がした。
「お気持ちは分かりますが……入院している者もいますのでね?」
医師はあきれた感じでそう言った。
「あっすいません」
「あっこれは、失礼を……」
俺とポッポは医師に頭を下げた。
「あーそれでは……」
「ですね。とりあえず……」
俺は少し思案した。
「あっそう言えば、あいつらは今どこに?」
「え?ああ、あの後昼食を食べて、それで今は部屋で休んでいますよ」
「ああ、そうでしたか……」
なら部屋に戻りますって言おうとした時、俺の腹が鳴った。
「あー、まずはお食事でもどうです?まだもう少しお話したいこともありますし……」
「ああ、すみません。それじゃ、お願いしても、いいですか」
「ええ、もちろんですとも。とびっきりを用意させます。どうぞこちらへ」
ポッポはそう言うと、背筋を伸ばして歩き始めた。




