俺の矢は外れない
「さてと……それで、どうやって奴を引きずり出す?」
作戦会議は続いていた。
「そうですね。とりあえず、奴は積極的に攻撃する気はないようですね」
ホークが周囲を観察していた。
「私は動体視力には自信があります」
「眼鏡かけてんのに、目はいいのか?」
「目の保護の為にかけているだけです。これはただの硝子ですよ」
「そうなのか」
「ええ、私には今、風に揺れる木の葉の一枚一枚まで全部見えます。しかし、動いている木はありません」
「確かか?」
「ええ。だが、安心はできません。奴がいつまた心変わりするか分かりませんからね」
「奴はなんで動かないんですか?!」
「餌を待っているんだろう?」
「それもありますが、こちらの動向を伺っているのかもしれません」
クリス君がそう言った。
動向を伺う?
俺は少し考えた。
「あの蜘蛛がそこまで考えているのか?」
「本能で行っているのかもしれません……」
「なにか……でも……」
モフルさんが遠くの方を見ながら言った。
「どうした?」
「え?う、ううん、なんでもない」
モフルさんが何かを言いかけた時だった。
突然、木々ががさがさと音を立てて動き始めた。
そして、俺達の目の前に一筋の道ができた。
「道ができた?!」
「の、ようだな」
俺達はしばらくの間、その突然できた道を見た。
木が開いた道の先は、昨日俺達が通って来た道のようだった。
つまり、拠点まで続く一本道だ。
「逃がしてくれる……訳ないよな?」
「罠ですね。確実に」
「なめてるんですかね?!私達がこんな見え透いた罠に引っかかるとでも思ってんですかねぇ?!」
「そうだな。その通りだが……」
イヅナの言う通りだ。
引っかかるはずがない。
何を考えてる?
俺達は真意を探るかのようにその道を見た。
しかし一向に何の行動も起きなかった。
しばらくして、俺は、はっとして振り返った。
俺達の視線を前方に集めて、背後から奇襲……十分考えられると思ったからだ。
しかし後ろには何もいなかった。
焦った顔で振り返るとレイシーとクリス君が不思議そうな顔をしていた。
なんだかその顔を見たら急に恥ずかしくなってきた。
「あーなんだ。後ろからくるかもと思ってな?」
俺はなんだか気恥ずかしくってそう言った。
「あっ!」
俺が苦笑いしていると、イヅナが声を上げた。
「なんだ!?」
俺達はイヅナが指さす先を見た。
木が開いた道の先にかすかに動く影が見えた。
そして、ホイッスルの音が聞こえた。
「救助隊だ!」
ホークが声を上げた。
「おっ!これって今なら!」
そう言うとイヅナはホイッスルを吹いた。
向こうはそれを確認すると、旗を振って合図を出した。
「まずい……」
クリス君がつぶやいた。
その瞬間、木が再び動き、道を完全にふさいだ。
「あっ……」
イヅナが声を漏らした。
と、同時に俺達を取り囲む木々が騒がしく揺れ始めた。
「きゅああ……」
風に乗って奴の声が聞こえてきた。
そして遠くから慌てた用はホイッスルの音が聞こえてきた。
「こ、これは……」
「最悪の事態ですね!」
ホークは言った。
「クリス!何か手は思いついたか?」
「あーそうですね……いや……でも……もう……」
クリス君が言葉を探していた。
その様子を見てホークは大きく息を吐いた。
「もう、それしかないか」
「ええ、ですね」
二人は何か通じ合っているようだった。
「え?な、なんですか?!」
イヅナが尋ねた。
「木をすべて燃やします」
ホークはそう言った。
「い……いやまて!それは確かに引きずり出せるかもしれないが……」
「分かっています。ですがこのままだと救助隊が被害にあうでしょう」
ホークは俺の方を向いた。
ホークは覚悟を決めた顔をしていた。
「彼らをこの場所から遠ざけ、そして奴を引きずり出す。それにはその方法しかありません」
「それは分かるが……」
「賭けになりますね。しかも、心中することになるかもしれません」
ホークはそう言うとにやりと笑った。
「だけど、もう、誰一人、犠牲は出したくないんです」
ホークはそう言うと、力強く弓を引いた。
ホークの引いた弓矢に火が付いた。
ホークの弓は俺の火で燃えていたが、それとは異質の火だった。
こちらの攻撃意思を感じ取ったのか……木が揺れた。
「奴も、気が付いたみたいだな。来るぞ……」
俺が言った。
「その前に燃やします」
ホークはそう言うと前方の木に向かって矢を放った。
乾いた音と共に矢が木に刺さった。
木からは何のリアクションもなかった。
はずれのようだ。
「ホーク、葉っぱを狙った方が燃えやすいんじゃないか?」
「そうですね。普通なら……ですが」
ホークはそう言うと、再び弓を引いた。
なんだか、奇妙に思ったが、よく見ると木に刺さった矢の火が消えていなかった。
あれは……。
そう思った時、再びホークが矢をまっすぐに飛ばした。
火のついた矢が先ほど放った矢の隣に突き刺さった。
ホークはもう一度、弓を引いた。
そして、ホークは再び同じ位置に……矢を飛ばした。
綺麗に見事にホークは三本の矢を密集させた。
三本の矢が揃った瞬間、矢についた火が合わさり、そしてみるみる火が大きくなったかと思うと木は炎上した。
「うわ!急に燃えた?!」
「これは?!」
「私の火は当たれば当たるほど活性します」
ホークはそう言うと、もう一度弓を引いた。
四発目が当たると火は周囲の木にまで引火するほど大きくなった。
「すごいですね」
ホークが言った。
「すごいってお前がやってんだろ?!」
俺はその火の勢いに気おされていた。
「ええ、そうですが普段だとここまで燃えません。10発撃ちこんだくらいは燃えてますよ。あなたの火はすごい」
「いや、さすがにそこまで俺の火は強くない。ただまぁ相性はいいのかもな」
俺がそう言うとホークはにやりと笑い、もう一度矢を引いた。
炎の中に矢が吸い込まれていく。
すると、火がさらに燃え上がる。
5発、6発、ホークは言葉通り、矢継ぎ早に弓をひく。
炎は勢いを増し、前方はすでに火の海になっていた。
「さて……では、後ろは任せますね」
ホークがそう言うと後方の木々が揺れた。
レイシーがドクダミちゃんたちをかばう体制に入った。
イヅナと俺はレイシーの前に出て構えた。
モフルさんはその後方で薬品の準備をすすめた。
ホークは火にさらに矢を投入した。
火の手は後方まで周り始めた。
「きゅああああ……」
前方の闇の中に赤い瞳が灯った。
まだ火の手が回っていない木が、がさがさと動き、俺達の前方で固まった。
「さて、あぶり出されましたね」
ホークはそう言うと、こっちを振り向いた。
そして前方に向かって弓を引いた。
前方の木々は10本ほど寄り添って蜘蛛のような形で固りはじめた。
「ぎゅあああ……」
前方の木の塊が蠢いた。
「根っこがつながっているから動くようなことはないと思います」
クリス君が言った。
「そう祈るよ」
俺は呼吸を整えた。
「どこからでも来い!」
イヅナは再び帯電し、今日一番の輝きを放っていた。
「モフル、クリス、準備を」
ホークがそういうと、モフルさんの周囲に風が集まり始めた。
「これで最後かな。精一杯は守るよ」
モフルさんがそう言った。
「僕も、これが最後のペアです」
クリス君はそう言うとポーチから金属の杖を取り出した。
「準備ができたな……それじゃ……」
ホークは火のついた弓を引いた。
「お前を燃やして、終わらせる」
一瞬の静寂が俺達を包む。
ホークは大きく息を吸うと、その静寂を切り裂くように矢を放った。
矢は鈴のような音を出すと、ひたすらにまっすぐ飛んだ。
綺麗な赤い色の尾を引いて、闇に向かって真っすぐに。
その姿が俺の瞼に焼き付いた。
緊張感からなのかもしれないが、何だかその矢がホーク自身のように見えたからだ。
矢はホークの性格と同じように、または彼のその視線のようにひたすらにまっすぐ、無限の向こう側を穿つように、まっすぐに……飛んだ。
まるでホークの魂を射っているように見えた。
「ぎゅああああ!」
ジュリエッタは矢を確認すると、大きく息を吸った。
「来る!」
イヅナが叫ぶと同時にジュリエッタは黒毒の息を吐いた。
その勢いでホークの放った矢は力なくはじかれた。
「モフル!」
「させないよ!」
モフルさんは迫りくる毒息に向かって、突風を吹かせた。
毒息を押し返した一瞬のスキをついて、ホークは矢にクリス君の杖をむずびつけた。
モフルさんも用意していた瓶の中身を取り出し、毒息が勢いを取り戻す前に、再びピンク色の霧を張った。
毒息が壁で二手に割れて後方まで流れて行った。
モフルさんはできる限りの風を集めて、毒息を防いでいた。
俺はモフルさんの火が消えないように、火に力を送り続けた。
「もう……少し!」
モフルさんがそう言うと、毒息の勢いが徐々に弱まっていった。
ホークはその間に準備を終わらせ、弓を引いた。
モフルさんが耐える。
ホークは決定的な瞬間を逃さぬように構える。
その状態が少しの間続いたと思うと、最後に猛烈な勢いで黒い塊が襲い来た。
「耐え……る!」
モフルさんはその最後の一撃に真正面から立ち向かった。
俺もそれを支えるように火を送り続けた。
俺達を守るピンクの霧が少しづつ浸食されていく。
モフルさんは両手を突き出し、全魔力を集中させた。
俺もモフルさんに向かって両手を突き出し、魔力を送る。
俺の指の包帯が燃え始めた。
モフルさんの服も少しづつ燃えている。
これ以上は限界だ。
そう思った時、毒息が止まった。
「助かった!」
俺は急いでモフルさんの火を消した。
「今です!」
クリス君が叫んだ。
と、同時にホークが最後、もうひと息だけ、弓を張った。
ホークの腕に欠陥が浮いていた。
しかし、その表情は、いつどの瞬間よりも涼しげで、その目線はまるで霧の向こうも、その先の世界すべてを睥睨しているようだった。
クリス君が、矢じりについた金属に電撃を纏わせた。
そして、緊張感が張り詰めた限界のところで、ホークは矢を放った。
ホークの矢は毒息を切り裂いて、ジュリエッタに命中した。
「ぎゅああああ!」
霧の奥から悲鳴が聞こえた。
「当たった!」
クリス君が叫んだ。
「とどめを刺すぞ」
ホークはそう言うと、クリス君の後ろに膝をついた。
クリス君は手に持っていた杖に電撃を込め、それを真っすぐ天に向かって掲げた。
ホークが再び弓を引く。
と、同時に再び大きく息を吸う音が聞こえた。
「いつでも行けます!」
クリス君が叫ぶと、ホークは矢を放った。
矢はクリス君の杖の隣を通過した。
その瞬間、矢は消え失せ……そして何かに刺さった音がした。
「ぎゃあああ」
悲鳴と共に、黒い霧が天に向かって噴出された。
「無駄だ。俺の矢はもう外れない」
ホークはそう言うと、もう一発矢を放った。
黒い霧の向こうから赤い光が見えた。
「そしてもう、お前に逃げる場所はない」
ホークは次々に矢を放つ。
3本、4本、5本、6本……。
そのたび爆発のような火炎が、光を放ち霧を照らした。
「ぐぎゃあああああ!おっごおおおあああああ!」
この世の終わりのような断末魔が聞こえる。
それを聞き、イヅナは目をつぶり呼吸を整えた。
「終わりだ」
そしてホークが最後の矢を放った。
爆風が吹き荒れた。それにより黒い霧はすべて霧散した。
目の前には、炎上し、まるで何かの生物のようにもだえ苦しむ木々があった。
その木が再び断末魔を上げたかと思うと、黒い何かが飛び出して来た。
「出た!」
黒い何かが煙を上げて飛び出した。
それは紛れもなく、ダリア・ランタァナ・ジュリエッタの本体だった。
赤い目を煌々と輝かせ、口をお大きく開け牙をむき出しにしていた。
ジュリエッタの口の中は黄色と紫のまだら模様をしていた。
その口からは黒い煙が漏れていた。
「終わり……」
ジュリエッタが本体を晒したその瞬間、イヅナが刀を抜いた。
瞬間、イヅナは飛び出し刀を振るう。
ダリア・ランタァナ・ジュリエッタの頭部は叫び声をあげる暇もなく、空中で真っ二つに切り落とされた。
ダリア・ランタァナ・ジュリエッタの頭が胴体から切り離され宙を舞う。
イヅナは高速で踵を返し、更に胴体と下腹部を切り分けた。
そうしてダリア・ランタァナ・ジュリエッタは無残にも、空中で3つにばらされた。
「次生まれ変わる時は、デスウサギになることね。そうすればおいしく食べてあげるよ」
イヅナはそう言うと、刀を鞘に納めた。
奇妙な感覚の中に俺はいた。
ダリア・ランタァナ・ジュリエッタがばらされた瞬間から、周囲の時間がゆっくりと流れているかのように見えていた。
俺は宙を舞う魔物の姿を見て、強い既視感を覚えていた。
嫌な予感がする。
以前にも……同じような……。
そうだ……あれはたしか……。
それは遠い過去の記憶だった。
俺が一番長くいた、あのPT。
あのPTの最後の冒険の時だ。
あの時、確か……マスターは……。
俺は宙を舞うジュリエッタの頭部を見た。
地面に落ち行くその瞳がまだ輝いていることに、俺だけが気が付いていた。
考えるより先に体が動いた。
「イヅナ!伏せろ!」
俺はイヅナに向かって叫んだ。
「え?」
イヅナが振り向いた瞬間、ジュリエッタの口が開いた。
イヅナはそれを見て反射的に体を倒した。
間に合わない!
そう思った瞬間。
俺はイヅナの前に体を全部投げ出すようにダイブした。
黒い霧がダリア・ランタァナ・ジュリエッタの口から放たれた。
断末魔の一撃だ。
かつて俺のいた冒険者PTのリーダーはこの一撃にやられて命を落とした。
俺はその時、それが見えていたにもかかわらず、動けずにいた。
その時のことは、今でも時々夢で見る。
視界が真っ黒になった。
そしてすべての感覚が遠くなっていくのを感じた。
「モリー様!」
イヅナの叫び声が微かに聞こえた。
それを聞いて俺は安心した。
ああ、今度は……助けることができた。
そう思った瞬間俺の体は地面に打ち付けられた。
大丈夫だ……。
俺は薄れ行く意識の中で考えていた。
俺は凶器になるようなものはもってない。
持ってるのは、マッチ棒と……俺には抜けないナイフだけだ。
大丈夫……。
あいつらに危害は加えれないし……即死するようなこともない。
俺は絶対絶命の状況であるはずだが妙に安心していた。
大丈夫……あいつらは無事に帰れる。
俺が最後に見たのは地面に転がるダリア・ランタァナ・ジュリエッタの頭だった。
ダリア・ランタァナ・ジュリエッタの頭は地面に転がると、痙攣するかのように牙を少し動し、そして……動かなくなった。
その瞳から光が完全に消えたのを確認すると、俺の意識は完全にブラックアウトした。




