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ダリア・ランタァナ・ジュリエッタ

イヅナが自分の喉元に刃を突き立てた。

しっかり両手で柄を持ち、目いっぱい腕を伸ばして……。

小ぶりな刀はちょうどイヅナの喉元から拳一個分くらいの空間を空けて……静止していた。


俺は反射的にイヅナの刀を掴んだ。

その瞬間イヅナは腕に力を入れて……刀を喉元に押し込んだ。

力強く……その挙動には迷いがなかった。

「イヅナ……お前!」

イヅナの顔は明らかに正常ではなかった。

まるで夢を見ているかのように呆然としていて、目の焦点があっていなかった。

そのくせ、この手に入る力は……!

何かしらの関与を受けているのは明白だった。

俺は刀を掴む腕に力を入れて、引っ張った。

「イヅ……ナ!しっかりしろ!」

俺の声もイヅナには届いている様子がなかった。

俺はさらに強く刀を掴む。

刃が俺の指に食い込み、血が滴った。

ちくしょう、よく切れやがるな、この刃は……。

こんなことなら、あんな丹寧に砥がなきゃよかった。

まさかこんな形で俺は自分の首を絞めることになるとは……。

もう少し、手抜きすればよかったと心底思うよ。


だが今は手の力を緩めるわけにはいかなかった。

一瞬でも力を抜けば……たちまちこの刀はイヅナの喉を切り裂くだろう。

といっても、俺も長くはもちそうにない。

もう俺の指の三分の一くらいまで刃が食い込んでいた。

このままだと……切り落とすことになる。

「ど、どないしたん!イヅナちゃん!」

レイシーが叫んだ。

「操られてる!さっきの俺達と一緒だ」

ホークが叫んだ。

「う……こ、この匂いは……」

モフルさんは鼻をふさいだ。

「ど、どうにかしてくれ!」

俺は混乱の中、助けを求める。

「モフル!何か……何か手はあるか?」

ホークがそう言うが、モフルさんは首を振った。

「と、とりあえず……タックルしますかぁ?!」

レイシーが叫んだ。

「それで頼む!で、でも、や……優しく頼むぞ」

俺がそう言うとレイシーは頷いた。


レイシーが動くと、急に頭上を黒い影が覆った。

森が再び動き始めた。

「レイシー!レイシー!レイシー!早くしてくれ」

俺の指の半分くらいまで刃が食い込んでいた。

それに伴って力が入らなくなってきている。

刃は確実にイヅナの喉元に近づいていた。

「これお願いします!」

レイシーはそう言うとホークにドクダミちゃんを投げた。

ホークがドクダミちゃんをキャッチするのを見て、レイシーはタックルの構えを取った。

その瞬間、俺達の頭上から大枝が、まるで槌のように振り下ろされた。

「ぬぅおお!」

レイシーは反射的に枝を殴った。

どんという音と共に木が再び鳴き声を上げた。

同時に再び大枝が振り下ろされる。

「あかん!こいつ、近寄らせへんきや!」

「その……ようだな!」

レイシーが足止めを喰らっている。

覚悟を決めるときが来たのかもしれない。

俺は深呼吸した。

指を全部失うか、イヅナを失うかだ。

迷う余地はない。

俺は両手に力を込めた。

イヅナからこの刀を……力づくで奪う。

俺の血が刀を伝い、イヅナまで届いた。


俺は力いっぱい刀を引っ張る。

指の事と痛みの事は無視した。

俺は全体重を後ろに傾けた。

「イ、イヅナァァァァ!」

いくら叫んでも、俺の声は届かない。

いくら頑張って、引っ張っても刀は少しもこちらに戻らない。

努力が結果に結び付かない。

ま、そんなのもう慣れっこだ。

それにたいして苦痛なんてない。

でも、無駄じゃない。

俺の力はなにかできているはずだ。

俺でも、何か、こいつらの為に……できるはずだろ?

「今こそ、その時だ、モリー!」

俺は歯を食いしばった。

指の感覚はもうない。

少し離れたところでは、レイシーがその拳だけでみんなを守っていた。

向こうも……もう限界のようだった。

「くそ……」

事態は最悪だ。

俺の方も手から力が抜けてきた。

刃は遠ざかるどころか、また少しづつイヅナに近づき始めた。

まずい……。

そう思った時だった。

イヅナの胸ポケットが光り始めた。

なんだ?そう思った時だった。

俺は自分の血で、手を滑らせた。



勢い余って、俺はしりもちをつく。

手を離してしまった瞬間俺は世界がスローモーションに見えた。

やってしまった。

イヅナが……。

それが自分の死よりも……恐ろしかった。

俺は全細胞を使って何とか助けれないかと考えたが……。

俺にはもう神に祈ることしかできなかった。

頼む!

そう思った時だった。

イヅナのポケットから閃光が走った。

それは俺が倒れこむと同時に強く光り……。

「ぎゃぁあ!」

イヅナにが叫び声をあげた。

激しい電撃がイヅナに走った。

たまらず、イヅナは刀を落として、地面にぶっ倒れた。

な……なんだ?

俺は急いで立ち上がり、イヅナの元に駆け寄った。

イヅナはどうやら、気絶しているようだった。

はにゃ~とか力の抜けたことを言っている。

その様子を見て俺はイヅナが正気に戻っていると感じた。

「モリー様!イヅナちゃんは?!」

「わ、分からんが……と、とにかく無事だ!」

俺が叫ぶと、レイシーはにやりと笑った。

「よかった!」

レイシーはそう言って襲い来る木を思いっきり殴った。

ずどん、という重い音が鳴った。

同時に木々が揺れた。

「よおおぉ、やってくれたなぁ!」

レイシーは肩をぐるぐるまわした。

「イヅナちゃんとドクダミちゃんをかわいがってくれたお礼は……きっちりせんとなぁ!」

レイシーはそう言うと、大きく息を吸った。

「モリー様。あとはよろしく!」

レイシーはそういうと、木に向かってダッシュした。

「うぉおりゃあ!」

レイシーは左肩を思いっきり突き出し、木に思いっきりタックルした。



昔、建築現場にバイトしていた事があった。

そこで俺が担当したのは地ならし作業で、でかい丸太をロープで吊り上げて地面にたたきつける作業だ。

ビーガーで夫に先立たれた貧乏な女衆と一緒にロープを引いた。

俺は体がでかいという理由で結構頼りにされたっけか。

あの作業はつらかったが、地面を叩きつけるあの衝撃は……忘れられなかった。


レイシーのタックルで地面が揺れた。

その衝撃は……まさにあの時の衝撃と同じだった。

驚異の人間大砲。

それがレイシーのタックルだった。

タックルを喰らった木は粉々に砕けて散った。

「きゅああああ!」

木が砕けると同時に叫び声が上がった。

そして……木から黒い塊が飛び出した。



「きゅあああああ!」

叫び声をあげながら飛び出して来たのは大きな蜘蛛だった。

蜘蛛は地面に転がると、ひっくり返って悶えていた。

「なっ?!」

ホークが驚愕の声を上げた。

「ま、まさか!そんな……!」

ホークが叫ぶと同時に蜘蛛は尻から糸を頭上の木に向かって伸ばした。

蜘蛛の体がふわりと宙につり下がった。


蜘蛛は子供くらいの大きさだった。

蜘蛛にしては特大だ。

まるで空間にぽっかり穴が開いたかのようなまっ黒な体をしており、顔には赤い瞳が6つ並んで煌々と輝いていた。

そして、でかくて丸い下腹部に一筋線を引くように、ひし形の赤い結晶のようなものが埋め込まれていた。

「きゅああああ!」

蜘蛛は俺達を睨み、威嚇するように叫ぶと、あっという間に木の上に戻っていった。

すると森はがさがさと音を立てて逃げて行った。



周囲はいつもの道に戻っていた。

場所は一つ目の作業場とさっきまでいたセーフゾーンとの間くらいだった。

「た……助かった?」

俺はそう言った。

「逃げたみたいですね……」

レイシーが周囲を見ながらそう言った。

しばらく俺達はその場に立ち尽くした。


「う……ううん……」

静まり返った空間にうめき声がした。

振り返ってみると、イヅナが目を覚ましていた。

「あ、あれ……?」

イヅナはふらふらと頭を抱えながら起き上がった。

「イヅナ!」

俺はイヅナに声をかけた。

「お前!大丈夫か?!」

「は、はい……。だいじょう……ええ?!」

イヅナが俺を見て、声を上げた。

「あ?どうし……」

俺はその声で気が付いた。

あっそう言えば……。

俺は自分の手を見た。

そこには小指から人差し指まで全部が半分以上切れて、まるで切り込みを入れすぎたウインナーのようになった俺の手があった。

俺の手は指という指から血が滝のように出ていた。

そいつらは、今にも落ちそうな感じでプラプラと、力なく揺れていた。

それを見て、イヅナが顔を真っ青にした。

「モ……モリー様……?!だ、だだ大丈夫ですか、それ!?」

「あっだいじょう……」

大丈夫と言おうとしたが、その瞬間いきなり激痛が走った。

「……ぶじゃない!いてぇ!」

俺が叫ぶと、レイシーが駆け寄ってきた。

「モリー様ぁ!」

レイシーは叫ぶと、俺の前でスカートをまくった。

「お前?!何やって……!」

俺は面を喰らったが、レイシーのスカートの内側には、何か色々ひっついているのがみえた。

剃刀やチリ紙、櫛にハンカチ。

あれば便利そうなものばかりだった。

レイシーはそこから、包帯と消毒液を取り出した。

「お前そんなところに何入れてんだよ!」

「おねぇちゃんから教わった、メイドの作法ですよ!はい!手出してください!」

俺はレイシーの言う通り手を差し出した。

レイシーは容赦なく俺の指に消毒液をぶっかけた。

「いてぇ!」

「我慢してください!」

レイシーは消毒液をぶっかけると、そこらの枝を添え木にして指を包帯でぐるぐる巻きにした。

ものすごいパワーを感じる応急処置だった。

「よっしゃ!これで固定できたでしょ!」

「お、おう、ありがとう」

粗野だが意外に手際がよくて驚いた。

「ま、応急処置ですけどね。早く拠点のお医者さんに見せんと、出血死しますね!」

レイシーはなんでか嬉しそうに言った。

「ああ、ありがとう。まぁでも大丈夫だ。俺の火でその内血は止まると思う」

「ほえー便利ですね」

「内側の奴で回復力も上がってるからな」

「だ……だいじょうぶですか?!」

イヅナが心配そうに言った。

「それはこっちのセリフだ!お前は正気か?!」

「へ?あーはい。すこし頭がボーとしますが……何があったんです?」

「魔物の攻撃を喰らって、お前が自分の喉を切り裂こうとしたんだよ!俺がそれを掴んで止めたんだ」

「あっ、それでそんな手に?!」

「そうだよ!」

俺はそう言いながら胸をなでおろした。

どうやら本当に正気に戻ったようだ。

「ま、魔物は?!」

イヅナが周囲を見る。

「レイシーのタックル喰らって逃げてった」

「ドクダミちゃんは?!」

「とりあえずノビてるけど無事だ」

俺は後ろの三人を見た。

ホークもモフルさんもクリス君も呆然としていた。

「とりあえず……拠点に戻ろう。いつまたあいつがやってくるかもわからない」

俺はそう言うと立ち上がった。

「みんな大丈夫か?拠点に戻ろう」

「あ、ああ。すまない」

「そ、そうだね……」

ホークとモフルさん、二人の様子がおかしかった。

「どうした?」

「ああ、あれは……」

ホークが何か言いかけたが、途中でやめて首を振った。

「いや……今はそんな事よりもこの場を離れましょう」

「そうだな。ああ、そうしよう」

俺はそう言うと、クリス君を抱えあげた。

「だ、大丈夫なんですか?」

クリス君が心配そうに言った。

「ああ、大丈夫だ。もしかしたらちょっと血が付くかもだけど我慢してくれ」

「は、はい」

クリス君は頷いた。

「レイシー、ドクダミちゃんを頼む」

「あいよ!」

「イヅナ!立てるか?」

「はい!もう大丈夫です!」

イヅナはそう言うと、地面の刀をしまってガッツポーズをした。

「よし。ホークとモフルさんは?」

「ああ、ぼくたちも大丈夫だ」

「守ってくれて、ありがとうね。レイシーちゃん」

「ええんですよ!お互い様ですからね~。それよりも……何か食べ物持ってません?」

レイシーは、はにかみながらおなかをさすった。

「力入れたら、おなか空いちゃって~」

「あ、ああ、それならこれを」

ホークはそう言うと腰に掛けていたポーチから干し肉を取り出した。

「ありがとうございますぅ!」

レイシーはお礼を言うと、干し肉にかじりついた。



「ダリア・ランタァナ・ジュリエッタだ」

体勢を立て直し、俺達は拠点に向けて歩みを進めていた。

先頭は一番元気なイヅナで、ホイッスルをずっと吹いていた。

少し歩いたところで、ホークが弱弱しい声でそう言ったのだった。

「なんだ?そのなんたらかんらたジュリエッタってのは?」

「あの魔物の名前です。心変わりの貴婦人そう呼ばれてます」

「あーなんだ。蜘蛛の癖にたいそうな名前だな」

「新種やないんですね!」

「ああ、目撃例はある……しかし……」

ホークが何かを言いよどんだ。

「なんだ?何かあるのか?」

「いや、何といえばいいのか……つまりはその言い伝えでしか聞いたことがない魔物です」

「は?言い伝え?」

「僕たちが子供の時に東部魔界の開拓が盛んだった時期がありました」

「ああ」

「その時に見つかった島にランタナの花が咲く島があったそうです。そこにいたと言われたのがあの魔物です」

「なんだか、ずいぶんとあやふやだな」

「遭遇した調査隊は壊滅しました。唯一生き残った隊員も心神喪失の状態で見つかりました」

「なるほど」

「その隊員が忌わの際に魔物にであったと言ったのです」

「それが、あいつ?」

「そうです。ランタナのような香りを放ち、人間を操り自死させる。自身は常に木の中に身をひそめ……それらを操ると……」

「なんていうか、てんこ盛りだな」

「その隊員も数日後に自ら命を絶ちました。それからその島には調査すら入れない禁止区域となりました」

「そんなことが……」

「後からその魔物に、ダリア・ランタァナ・ジュリエッタという名前が付けられました」

「そうか……それで、そいつどうやって倒すんだ?」

「それが……」

ホークは言いよどんでいた。

「どうした?」

俺はすごく嫌な予感がしていた。

「供述通りなら……倒せません。例え本体に傷をつけても木と同化してそれにすべてダメージを肩代わりさせるそうです」

「つまり……その話が本当なら……」

「ええ、レイシーさんが与えたダメージも、きっと今頃……」

どうやら、状況は思ったよりも悪いようだ。

「で、なんでそんな奴がこんなところにいるんだ?」

「それは……」

「分かるわけないか……」

「すみません」

「いや、いい話が聞けたよ。ちなみにもうそれ以上の情報は?」

「ありません。後になんどか目撃情報がありましたが……交戦した記録はありません」

「つまり対処法は……」

「出会ったら逃げる。それしかありません」



「逃げるか……」

ま、なんにしろ……俺達にはもうその方法しかないように思えた。

モフルさんとホークはショックがまだ大きい。

戦闘は無理だろう。

レイシーも気丈にふるまっているが……拳はもう痛々しいほどに真っ赤だった。

あれは相当痛いはず……。

もしかしたら何本か折れているかもしれない。

ドクダミちゃんはまだ目覚める気配がない。

クリス君はいわずもがなだ。

俺も、もう手が使い物にならない。

マッチを擦るのも怪しいくらいだ。

元気なのはイヅナだけだった。


次、奴に出会ったら……。

背筋に悪寒が走った。

耳鳴りもする。

嫌な予感がする。

「急ごう」

俺は先頭のイヅナを急かした。

その時、遠くの方からホイッスルの音が聞こえた。

「あっ!向こうから、音が聞こえます!」

「本当だ……でも、相当遠いな……。もしかしたら拠点から誰かが吹いてるのかも……」

俺は耳を澄ませた。

「そうですね!でも、気が付いてくれましたよ!」

「ああ、そうだな。急ごう」


俺は少し安堵した。

その時だった。

視界の端に何かが動いたのが見えた。

「モリー!」

はっとすると同時に、ホークが叫んだ。

顔を上げると…そこには……。


木があった。

大きく曲がった奇妙な木。

それが二本、俺達のゆく先をふさいでいた。

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