凍結彗星
ステラの炎を吸い込んだスライムは、薄く輝き始めた。
光るという事は……魔力が籠っているという事。
すぐに焦げ臭いにおいがしてきた。
「ア゛ア゛ア゛ル!」
ステラが叫ぶ。
彼女の服がだんだん溶けていっている。
彼女の服は魔術繊維の服だ。
それがあんなに簡単に溶けるとは……
それを見たアルは反射反応的な速度でスライムに突っ込んでいった。
すぐさま、小さい風のナイフを数本生成し、スライムに接近し、風のような速さでスライムを細切れにした。
一瞬、ステラが自由になる。
アルはすぐにステラを助けるために手を差し出した。
しかし、スライムの再生スピードは凄まじく、ステラの下半身はみるみる埋まっていく。
「モリー!何やってる?!手伝ってくれ!」
アルが叫び、俺はすぐにステラに駆け寄った。
俺が近づくのを見たステラはおもむろに上半身を起き上がらせ、つけていたマントを外し、俺にそれを投げつけた。
「それをお願いします。どうか、それだけは……」
ステラは絞り出すようにそう言った。
「ばかか!何考えてる」
俺はマントを投げ捨ててアルと一緒にステラの手を取る。
すぐに引っ張ったが、ステラの下半身はすでにうまっており、スライムの力が強くなりすぎていた。これではダメだ。
囚われている下半身を自由にしないと、助けれない。
アルは再び細切れにするために、構えた。
その時、スライムが鼓動した。
次の瞬間、目の前のスライムは形を変え、壁のようにそそり立ち、俺達を吞み込むように倒れ掛かってきた。
ああ……やばい。
三人ともやられる。そう思ったとき、黒い影が頭上から降ってきた。
「うおおおお!」
咆哮と共に上空からウーティがスライムを突っ切ってくる。
直地と、同時にウーティは地面を強く叩く。
その衝撃により、地面が波打ち俺達三人はスライムの壁から押し出された。
突然のことで驚いたが、俺達はすぐに体制を立て直し、状況を確認する。
ウーティを見ると、赤いスライムに全身呑み込まれてしまっていた。
「ウーティ!大丈夫か!?」
それを見たアルが叫ぶ。
すると、ウーティがゆっくりと親指を立てた。
大丈夫って合図だ。
ウーティはタフな男だ。俺達は彼のことを信じ、ステラの様子を確認する。
ステラは地面にかがんで丸くなっていた
目立った外傷は無く、意識もしっかりあるようだが、服が完全に消化され、彼女の肌には紐のような布切れがかろうじて引っかかっているだけだった。
正直、目のやり場に困るので、俺はとりあえず、投げ捨ててしまった、マントを拾い彼女の肩にかけた。
「ステラ、大丈夫か?」
アルはすぐに後ろを向き、訊ねた。
「ええ、はい、どうにか」
疲労している感じがあるが受け答えははっきりしていた。
「モリー悪いが、彼女になにか着るものを頼む」
「ああ、待ってくれ、何かあったはずだすぐに出す」
そう言って、俺は荷物を下ろた。
「いや、君の上着を貸してやってくれないか?時間がない」
荷物を確認しようとする俺にアルがそう言った。
小さく舌打ちのような音が聞こえた気がした。
「ああ、すまない」
俺はすぐに上着のボタンをはずし、ステラ渡した。
ステラはそれを奪い取るように受け取り、無言で着はじめた。
俺は再び、スライムの様子を確認する。
ウーティとスライムには目立った変化はない。
しかし、さっきの事もある。油断はできない。
スライムを分断している壁は術者である、ウーティが確保されているためか、そこら中にひびが入り今にも崩れそうになっている。
向こうの片割れが、壁を乗り越えてこっちに来るのも時間の問題だ。
「どうする?」
俺はスライムと睨み合っているアルに尋ねる。
「ステラ、魔法は使えるか?」
「ウーティごと氷漬けにする気か?」
「それ以外に方法はない」
「まて、魔界で人が死ぬのはあることだ。しかし、仲間に殺されたなら後々問題になるぞ」
「彼は大丈夫と言った。それにそうするしかないのは彼も承知してるはずだ」
「しかし......」
「彼を信じてやるしかない。時間がないのは君にもわかるだろ?」
俺は迷った。
アルの言うことは正しい。今壁が崩れたらどうなるのか?そもそもどうやって助けるのか?その解決策は魔法で倒す以外ない。
でもこんな状態のステラにまかせて大丈夫か?
ウーティはホントに大丈夫なのか?
疑問やリスクは山ほどある。しかし、この魔界においてリーダーの決定は絶対だ。
統制を失えばどんな大隊だろうと英雄であろうと死ぬ。
それが魔界のルールだ。
俺は覚悟を決め、深呼吸し、マッチを擦った。
「ステラすまない。お前だけが頼りだ」
俺はそう言って、ステラに火をつけた。
「……っす」
火のついたステラが何かつぶやいた。
「え?」
俺は咄嗟に聞き返した。
「ぶっ殺す」
ステラははっきりそう言った。
ステラを見ると完全に目が座っている。
「ステ……」
落ち着けと、言おうとした瞬間、背筋に悪寒が走った。
ステラが何もない空間に手を添えるように構える。
魔力を帯びた金色の光がステラを包む。
瞬間、澄んだ鈴の音のような、美しい音が響き渡る。
しかし、その音はすぐに不吉な耳鳴りのような音に変わり、空間をつつんだ。
「水状変異」
彼女を包んでいた光が、ステラの手に集まり、色を変え蒼白く輝き始めた。
その魔力の影響故か、周囲の気温が低くなっていくのを感じた。
輝きは、彼女の手中で形を変え、一本の杖状に固まった。
永久凍土そのものと言えるような、杖だった。
「杖法錬気」
集めた光は、杖の形を崩し、凝縮され、球形になっていく。
魔力は珠状になると、より一層輝きを増し、より美しい光をはなった。
恐怖を覚えるほどの強い光だった。
「氷魔法」
ステラは振り返り、そして思いっきり振りかぶった。
「凍結彗星!」
ステラは練り上げた魔力を空に向かってぶん投げた。
彼女の手から放たれた魔法は勢いよく飛んでいく。
その衝撃で、周囲の大気が大きく揺れ。
放たれた魔法は、蒼く輝き、流線型を描きながら、俺達もスライムも、山脈さえも越え、恐ろしい速度を保ち遠く高く昇って行った。
遠くに見える光が、最頂点に達した時、魔法は十字架型に強い光を放った。
まるで、本物の星のように煌びやかな輝きだった。
その恒星は最頂点で一瞬とどまったかと思うと、すぐに踵を返し、こちらに降下してきた。
氷の尾を引いて、その名の通り彗星かのように。
「まずい!!」俺は叫んだ。
このバカ!全力で魔法を放ちやがった。
かつて、大岩の魔物を軽々しくぶっ飛ばした超魔力。
それが今全エネルギーを持って、轟音と共にこちらに向かってきている。
あんなのに巻き込まれたら確実に俺達は全滅する。
今、ここで、俺達は、確実に、死ぬ。
その瞬間が、目の前まで迫ってきていた。
それを感じた時、頭より先に、俺の体は走り出していた。
まずフィジカルにものを言わせて、目の前のアルを強引に抱え上げた。ほとんどタックルするかのような勢いだった。
すぐに踵を返し、魔力切れでへたり込んでるステラの元に走り、強引に抱え上げた。
その後は全力で走った。
両肩に二人をぶら下げて、ただひたすらに走った。
すぐに森を抜け、先ほど転んだ細道に出る。
俺はそこを、足を滑らせるかもなんてことすら考えもせずに全速力で走る。
俺は必死だった。そりゃそうだ。ほんとに死ぬんだから。
その努力は虚しく、背後の気配はどんどん大きくなる。
細道を抜け切る直前、俺の足元を冷気が駆け抜けていった。
足首が凍り付いたかと思うような冷気だった。
それを感じた瞬間、体中の力が抜けるていくのがわかった。
興奮で麻痺していた感覚が蘇る。
その瞬間、汗が全身からあふれ出した。
絶望により脱力する。
無力感が脳を支配する。
死の恐怖、それを自覚した。
そして、世界から音が無くなった。
「ああ、俺、死んだ」
体が完全に硬直し、足がもつれ、俺は力なく倒れこむ。
転んでいる間、世界の全てがスローモーションに見えた。
スローモーションの世界で、俺は今まで思い出したことも無い昔の記憶や今まで学習した知識などを思い出していた。
「ああ、これが走馬燈ってやつか」
脳が、生き残る方法を探しているのだ。
そんなの今さら無駄なのにな。生き残れる方法なんて……
凛と再び鈴のような高音が鳴る。
次の瞬間、衝撃が俺の体を吹き飛ばした。
終った。そう思ったそのとき、突然、目の前に地面がせり上がってきた。
俺達は転んだ勢いと背後からの衝撃に吹き飛ばされ、突然現れたその壁に激突した。
目の前が急に真っ暗になる。
まじで、死んだ。そう思った次の瞬間……
俺達は壁を貫通し、逆側に飛び出していた。
「は?なんだ?まさか助かった?」
そう思った刹那。
轟音と共に、激しい寒気がなだれこんできた。
嵐のような寒風が吹き荒れる。
あまりの冷気にすさまじい耳鳴りと頭痛に襲われる。
ひっかき棒を耳の奥までねじ込まれ、頭をほじくり回されているかのような痛みだった。
たまらず耳をふさいで屈みこむ。
それと同時に、目に激痛が走った。
瞼が凍り始めている。
目を開けることができない。
結局、俺は岩のように丸まり、ただ嵐が過ぎることを持つしかできなかった。
暴風と轟音が吹き荒れる中、目を閉じてじっとしているのはひどく孤独で、恐ろしかった。
時間にすれば数秒程度だったに違いがないが、その中で俺は何度も死を思った。
生きているのか死んでいるのか……もう定かでなくなった時、徐々に目の痛みが引いて行くのを感じた。
痛みが引いたとき、嵐のような風の音も止んでいた。
まだ頭がくらくらするが、俺はかろうじて目を開くことができるようになっていた。
どうやら、本当に生き延びたようだ。
顔を上げると、そこは別世界になっていた。
一面が白銀に輝く、氷と霜の世界が目の届く限り広がっている。
完全に氷と静寂だけの世界。
この世界で生きている物はいないだろう。そう思うと、とても恐ろしく、美しかった。
現実離れした景色を目の前に、ただ茫然としていると、急に肩を叩かれた。
「よぉ旦那。無事か?」
驚いて振り向くと、真っ白くなった壁にウーティの手と顔がひっつていた。
驚いてぎょっとする。その顔を見たウーティはにやりと顔をゆがませた。
「何、旦那?もしかして地魔術、初めて見た感じ?」
ウーティが壁から自然に出てきた。
「え?ああ、初めてだ」
地魔術師というのは、実際かなりレアだ。
「初めて見る奴ってそういう顔するんだよなぁ~。いやーその顔好きなんだよなぁ~」
ウーティはけたけた笑った。
「にしても旦那!さっきのあんたの顔は、その中でも最高傑作だったぜ!絵画にして家のトイレに飾りてぇくらいだった!」
そう言ってウーティは俺の肩をばしばし叩いた。
こいつは、まぁこういう奴だが、なんでこんな軽口を今言えるんだ?
「ウーティ、お前、無事なのか?」
「ああ、俺は地面の中にいたからな。ちーとばかし寒かったが、問題ねぇよ」
「そうか。じょあこの壁は……」
「おう、俺が作った」
「そうか....ていうかお前、スライムに捕まっていたんじゃ?」
「おん?なに?旦那。地魔術の副属性知らない感じ?」
「え?」
「魔術って副属性ってあるだろ?旦那の火は“活性”で風は“拡散”で雷は……」
「ウーティ?無事か?」
無駄話の途中、背後から声がした。
振り返ってみると、アルが頭を押さえながら、ふらふら立ち上がろうとしていた。
「おう、俺はぴんぴんしてるぜ。大将も無事か?」
ウーティが手を貸した
「ああ、ありがとう。僕は何とか五体満足だ」
「モリーも無事か?」
「ああ、何とか」
「君の火が無かったら死んでいたな。ありがとう」
そういえば、俺達の体は火の魔術で燃えていた。
今も、周囲の状況を見れば気温は氷点下くらいだろうが、寒さは微塵も感じない。
さっきまで感じていた冷気は改めて異常な冷気だったのだと認識した。
背中に悪寒が再び走る。
火の魔術師じゃなかったら今頃どうなっていたか……
「おいおい火だけかぁ?」
ウーティがつっかかる。
「ああ、もちろんこの壁が無けりゃどうしようもなかったね。ありがとう」
アルに褒められて、へへへとウーティが照れ笑いした。
「あ……うっ……」
苦しそうな声が聞こえる。
声の方向に目を向けると、ステラがうずくまったまま震えていた。
「ステラ!大丈夫か?」
アルが駆け寄る。
「手を……貸してください」
今度はアルが彼女にす手を貸した。
ステラはアルの肩を借りて、弱弱しく立ち上がる。
「モリー、彼女に火を」
ステラを見ると、まるで別人かのようになってしまっていた。
強い力で絞めつけられていた痛みが残っているようだ。特に足にダメージを受けているようで一人では立っていられない様子だった。
目にも力がなくどんよりしている。
それは疲れだけじゃなく、魔力切れによるものであろうと思えた。
実際彼女の髪は彼女の持つ魔力によりきらきら輝いていたが、今は完全に光が消え暗い色合いになっている。
腰まで届いていた整えられた長髪も、スライムに消化されてしまった様子で、短くなっており、ところどころ火であぶられたようにちぢれてしまっている。
俺のぶかぶかのシャツを着て、それに全く合わない威厳のあるマントをつけ弱々しく立つ姿は、普段の彼女のイメージとかけ離れ、なんだかすごくみすぼらしく見えた。
俺は彼女に火をつけた。
「ありがとうございます。私は大丈夫です」
そう言うと、ステラはそのまま意識を失ってしまった。
アルが慌てて彼女を抱え上げる。
「とりあえず……少し休もうか」
アルはそう言うと、そのまま、その場に倒れこんだ。
普段ぴゃーと書いてぴゃーと出しておるのですが、読み返したら日本語がやばすぎたので気がついたらちょくちょく修正します。




