ガリアの晩餐
子供二人を引き離して、俺達は拠点から薄暗い道を歩く。
すぐ目の前にはぼんやりとオレンジの光に浮かび上がる巨大建造物が見える。
ガリアダンジョンは今日も揺れていた。
怪物様の建物の中には、黒々した人影がうごめいていた。
そこかしらから喧騒が聞こえてくる。
「うわーすごい!」
「にぎわっていますね」
「そうだな。お祭りの影響だな」
「うわぁ~どうしましょうねぇ~どこも人がいっぱいですねぇ」
「とりあえず三階層まで行きましょうか」
クリス君がそう言った。
「三階層?それってどこなん?」
レイシーがクリス君にそう聞いた。
「え?あ……えっと、ガリアダンジョンはお店の集合体で、重量物を扱う商店は下層に作るというルールがあります」
「ほえーそうなんや!ほんなら食べ物関係がその三階層に固まってる言う事?」
「そ、そうですね。水を引く関係上あんまりしたすぎず上すぎずって関係を保つために……そうなっているらしいです」
「もしかして、クリス君って何回か来たことあんのん?」
「え?僕ですか?ええ、はいまぁ何度か……」
「すごいやん!そんならさぁ今度案内してくれへん?ほしいもんあんねんけど」
「え?あっはい。ぼっ、僕でよければ……」
「えー、ありがとう!」
レイシーはそう言うとにっこりと笑った。
クリス君は、恥ずかしそうに笑いながら、顔を伏せていた。
「青春だねぇ」
モフルさんが言った。
「青春だなぁ」
「ですねぇ」
「み、皆さん?何笑ってるんですか?」
青春青春言い合う俺達を見て、焦ったようにクリス君は言った。
「え?笑ってないよぉ?クリス君」
「そうさ、笑ってなんかない」
「わっ、笑ってましたよね!?」
「いいじゃねぇかクリス。このままどっかに二人でしけこんじまえ」
「なっ!」
「だーいじょうぶだって!茶化したりしねーよ。何なら俺らはこっちの部屋にお世話になってもいいぜ~?」
「ば、馬鹿なこと言わないでください!」
クリス君は顔を真っ赤にして叫んだ。
「もう知りません!僕は先に行きますからね!」
クリス君はぷりぷり怒りながら一人でダンジョンに入っていった。
「ほんなら私もついてこかな~」
レイシーはニヤニヤしながらクリス君を追っかけた。
俺達はその後姿を見ながら、後からゆっくりついて行った。
「それでは、我々の冒険の成功と無事なる帰還を願いまして……」
ホークが音頭を取った。
俺達はそれに続いて次々にグラスを持った。
「乾杯!」
俺達は思い思い近くの奴らとグラスをぶつけて、中身を飲み干した。
ガリアダンジョンの3階層目、食堂エリア。
広い空間に机が適当に置かれているだけの空間。
入る時に飲み物料金だけ払って後は飲み放題。
客は好きな席に座って、周囲にある適当な食い物屋台から料理を買って好きに食って帰る。
実に分かりやすい構造だった。
珍しいところがあるとすれば、この広場も例外にもれず建築が適当に行われているところだ。
なので、店と店の隙間にテーブルがあったり、広場の真ん中に出してる食い物屋もある。
また、敷地はこの3階層すべてなので……終わりが見えない。
絶賛今も増築中だ。
「うまい」
夏の暑い日にビールというのはなんでこう、うまいんだろうか。
「はは、いい飲みっぷりですね」
「ああ、まぁ、こう暑いとなぁ」
「わかります。俺もです」
ホークはそう言うと、恥ずかしそうにはにかんでみせた。
「ああ、すみません。つい酔ってしまったかもしれません。私もこういう日のお酒は好きですね」
「いいさ、固くなるなよ。これから、一緒に戦う仲だろ?」
「そうですね。ところで、モリーさんは火の魔術師ですよね?」
「え?ああ、そうだが?」
「やはり、そうですか。あのモリーさんでしたか」
「あの?ってのは?」
「雇われ冒険者のモリーさん。実は一度私も仕事をお願いしようと思ってました」
「え?そうなのか?」
「ええ、私達は今Cランクの5位です。Bランクに向けて、もうひとブーストほしかったので……モリーさんの噂は聞いていたので」
「噂?」
「ええ、何でも運搬量が10人力はあるとか基本的な雑用はすべて賄ってくれるとか……」
「そんないい噂流れてたのか?」
俺は失笑しながら言った。
「悪評の方が大きかったんじゃないかな?」
「ああ、そうですね。そう言う噂もありましたが……。悪魔と契約して呪われてるとか、火だるまになるのが好きだからわざと自滅してるとか……。関わったPTが絶対解散するとか、言われてましたが……まぁ根も葉もない者ですよ」
「そんな……」
と、行って見たが……あれ?事実そうなような気がする。
「……こともあるかもな」
「ははは。ま、私は信じませんでした。私のPTなら絶対何があろうと乗り越えられると……信じてますから」
「そうかい」
「ええ、だからあなたの力も欲しかった。だけど……先を越されました」
ホークはそう言うと苦笑いした。
「リカオンか?」
「ええ、そうです。実を言うと彼とはアカデミー時代同期だったんです」
「アルガートンと?」
「ええ、彼は上級教育に進んで私は2年で冒険者になりましたから、私の方が先に冒険に出たのですが……ね。なので実は彼の事はライバル視していたんです」
ホークは恥ずかしそうに言った。
「だから、悔しかったです。あなたを取られた時は……。やりやがったなって思いました。と、同時にやはり私の目は間違ってなかったなとも思いましたがね」
「ははは、まそんだけ買ってくれるのはありがたいよ。いつか、機会があったらいつでも声かけてくれ」
「ええ、是非」
ホークがそう言うと、ちょうどウェイトレスが新しいグラスを運んできた。
俺達はそれを手に取ると、もう一度乾杯した。
「も、モフル……さん」
「ん~、なぁにぃ?え~と……ドクダミちゃん?」
「あ、あ、あ、あの……あの眠らせる魔術……あれってどうやってるんですか?」
「ああ~あれ~?あれねぇ~、あらぁ~このリキュールおいしいわぁ」
「り、りきゅーる?」
「お酒よぉ。大人になったら飲んでみて~」
「は、はい……!そ、そ、それでぇ……」
「あっ!これねぇ、なんと唐辛子のお酒なのぉ」
「と……とうがらし?」
「でもねぇ~辛すぎないの!ピリッと来るんだけど後味爽やかで不思議な味よ~」
「そ、そうなんですね!そ、そ、そ、それで……」
「あっそうね。こっちのはね……なんとキノコのお酒よ!」
「き……きのこ!そんなものもあるんですか?!」
「あらぁ?その反応はお好きなのね?分かるわ~私も魔術触媒にキノコ類はよく使うから好きなの~」
「触媒?!そ、そ、それはどういったものですか?」
「興味あるの?でも、ダメよ!お酒は大人になってからよ!」
「そ、そ、そうじゃなくて……」
「あっそうね!少し待ってて……あっ!独特なキノコの香りがするわ!でも豊潤で……」
「そ、そっちじゃないですよぉ~!」
「なーなー、クリス君っていくつなん?」
「え?あっ……ば、僕ですか?」
「うん。大分若いように見えんねんけど……それに補助魔術師やっけ?どんなことすんの?」
「よ、よく言われますが……僕はこう見えてもそこそこ大人なんですよ」
「そうなん?でも、私達と同じでジュース飲んでるやん」
「ま、そ、それは……まだそこまでじゃないって言うか……」
「ん~?どないしたん?かなりぼかすやん!なんで教えてくれへんの?」
「そ、それは……」
「あっ!私?私は実は今17なんよ」
「17ですか?!す、すごいですね。それで……冒険に来るなんて……」
「え?そう?じゃもしかしてクリス君って」
「ええ、今は18です。でも、初めて冒険に出たのは半年前です。このPTに拾われて……それで……」
「半年?じゃ結構新メンバーな感じなん?」
「え?ええ、そうですね。前任者が結婚を理由に抜けたそうで……僕はちょうど新卒でスカウトを受けた感じです」
「スカウト?!それなら優秀なんや!」
「ち、違いますよ!姉なんです。僕の姉がこのPTの補助魔術師の前任者です」
「おねぇさんおるんや!私もおねぃちゃんおるよ!一緒やね」
「え?そ、そ、そ、そうですか……」
「ほんで?クリス君は何できるん?」
「ぼ、僕は雷の補助魔術師で……あの瞬間移動とか……できます」
「しゅっ瞬間移動?!すごいやん!」
「あっいや正しくは瞬間移動っていうか……こ、これなんですけど」
「なにこれ?ピン?」
「銅製のピンです。これを帯電させるとピンの間だけ瞬間移動できるみたいな感じです」
「ほえー!すげぇ!それ使えば中央まで一瞬で移動できるん?!」
「そ、そこまでは無理です帯電させれるのも20秒くらいですし、魔術が届く範囲も決められてます。緊急脱出とか、道がふさがってるときとかに使います」
「便利!すごいやん、クリス君!」
「わ、わ、ちょっ、ちょっとあんまりくっついちゃ……」
「ん~?なんでぇ~?」
「え、え、な、な、なななんでって……?」
「うん~?」
「ちょっ、ちょっ、こすり付けないで、ください……」
「え?何を?何をなん?」
「な……何をって……おっ……」
「お~?!」
「い、いや……あー」
「でうしたん?!顔真っ赤やでぇ~?」
「な、何でもないですよ~!」
「おい、ガキ」
「ガキじゃない。イヅナって名前あるから」
「おーそうか。イヅナ、お前さ、その剣珍しくない?なんなのそれ?」
「ほぉ?腐っても剣士なんですね、私の刀が特別だということは……分かるみたい……」
「見せろよ」
「ちょっと!何考えてんのよ!」
「いてぇ!いきなり殴るとか何考えてんだ!」
「こっちのセリフよ!いきなりレディの持ち物に触るなんて!なんてデリカシーの無い奴!」
「デリカシー?なんだよそれ食えんのか?」
「かぁー!出た。野蛮な男は食べることと飲むことしか考えてないんだから……これだから……」
「そう言うお前は何考えてんだよ。ちんぽのことしかかんがえてねーだろ?」
「は?!はぁ!?乙女に対して何考えてんの?サル!頭!脳バカサル!」
「へーほーじゃイヅナ様は一体どんな崇高な事考えてんだよ?」
「ふん。耳かっぽじってよく聞きなさい。私は常に仲間の事を考えてますよ。そして冒険者のこれからの未来を憂いているのです……」
「憂いてるって?何にだよ」
「何って?はぁ……わかりませんか?はー」
「なんだよ。言わなきゃわかんねーだろ」
「あー1から10まで求めるなんて……恥ずかしくないんですか?こんな年下の女の子にそこまでさせるなんて……はー実に嘆かわしいですねぇ」
「そうか……わかったよ。お前結構いろんな事考えてんだな。悪かったよ……その馬鹿にしたりしてさ」
「ほう?分かりましたか。ま、わかったなら……いいですよ。私はそんな過去の事なんて……気にしません。そんなみみっちい性格はしておりませんので」
「じゃ……許してくれんの?」
「ええ、いいですよ?あなたもこれからは自らを悔い改め、そして私のような人間になれるように精進して下さいね」
「わかった。お詫びしなきゃなちょっと待ってろ」
「え?どこへ……?」
「よぉお待たせ。これ、食えよ。おごりだ」
「なんですか……?これ?」
「乾燥させたスモモとドライビーツだ」
「ドライビーツ?」
「知らないだろ?北部魔界になる木の実だよ。すぐ悪くなるからこっちでしか食えないんだ。でも、すげーうまいんだぜ」
「へーそうなんだ……」
「こっちのスモモもうまいぜ」
「あっほんとだ、甘酸っぱくて……おいしい!」
「だろ?魔界は初めてなんだろ?こっちに来たらこれ食わねーとな。ま、同じ剣士なんだ、仲良くやろうぜ」
「う……まぁい」
「いい食いっぷりだな。ほらこっちもうまいぜ。少し硬いから、一気にかみ砕いて食うんだ」
「なるほど。では、いただき……」
「ふっ……」
「ぎゃぁあああああ!!!」
イヅナの悲鳴が広場に響いた。
「イヅナちゃん?!」
「ど、ど、ど、どうしたの?!」
床に転がり暴れまわるイヅナに二人が声をかけた。
だが、その声は本人には聞こえていないようだった。
それを見たモルドは大爆笑していた。
「馬鹿め!やっぱ何も考えてねーじゃねーか!同じ手に引っかかるなんてよ!間抜けだぜ!」
「ふぎぃ!ふぎぃいいい!」
「ふぎぃって!豚かよ!ははははははは、傑作だぜ。馬鹿なガキをだますのはよぉ!」
「おい!モルドお前何やった?!」
ホークが声を上げた。
「大丈夫か?イヅナ!」
俺はスモモを片手にイヅナのそばに寄った。
「まさかドライビーツを丸ごと噛んだのか?!これ食え!」
俺はスモモを何個も、イヅナの口に放り込んだ。
イヅナはそれを咀嚼すると、少し落ち着きを取り戻したようだった。
しかしイヅナの顔は真っ赤で、唇は、はれていた。
「う、うううう……」
イヅナは力なく立ち上がると肩で息をしながら……刀に手をかけた。
「落ち着け!」
「止めにゃいでくらはい。ゆ……ゆりゅしゅことができまふぇん」
「何言ってんのか、わかんねーよ。ははははは、にしてもいい顔になったじゃねーかよ!」
「モルド!お前!」
ホークはそう言うと立ち上がり、モルドの頭をはたいた。
「いてぇ!何すんだよホーク!」
「何やってんだお前は!謝れ!」
「あー?!ただのいたずらだろうがよ!」
「明らかに、やりすぎだ!女の子にやっていいことと悪いことがあるだろ!」
「あ?あー……」
ホークにそう言われたモルドはイヅナの方を見た。
涙目で小刻みに震えながら刀を握るイヅナを見て、モルドはため息をついた。
「あー」
モルドはそう言うと舌打ちをして、イヅナの前まで来た。
そして……膝をついて頭を下げた。
「すまん。やりすぎた」
「ふー!ふー!」
「勘弁してくれ」
「んんんんん!」
ぷるぷる震えるイヅナを見て俺は静かにマッチを擦り、イヅナに火をつけた。
「少しばかり、気分が楽にはなったろ?ま、こう言ってんだ……気持ちは分かるが……」
「分かってますよ!こんなことで怒るほど!私の心は狭くないので!」
イヅナはそう言うと、ぷいっと顔を背けて、席に戻った。
モルドは拗ねた子供のような顔をして、席に戻っていった。
俺とホークは顔を見合わせて、ため息をついた。
お互い……大変だな。
ひと騒動の後、近くの店から声が聞こえた。
「できたぞー!3番だー!」
俺と、ホークが同時に店の方を見た。
「三番……おっ俺ただ。どうやら、料理ができたみたいだな」
俺はその声を聞いて店に向かった。
「あっ私も」
俺に続いてホークも店に向かい始めた。
「悪いな。別に気を使ってくれなくていいぜ。そっちの驕りなんだしな」
俺達が子供連れということもあり、今回の食事はホークの驕りだった。
「いえいえ、こちらの方こそ申し訳ない、あいつがご迷惑ばかりを……」
「ははは、いいさ」
「昔からそうなんです。人の言うこと聞かずに……勝手ばっかり……」
「昔馴染みか?」
「ええ、僕とモルドは幼馴染です」
「それじゃ、苦労してきたんだな」
「ええ、まぁ……」
ホークはそう言うと、恥ずかしそうに苦笑いした。
その顔を見るだけでこの二人がどんな関係だったのか……なんとなく分かる気がした。
「ま、いいんじゃないか?言うことは……聞いてくれるんだろ?」
「ええ、そうですね。俺の言うことは良く聞きます。あいつとは長いですから。そこだけは、救いですね」
ホークはどこか遠くの方を見ながら言った。
「他人の言うことはまったく聞かないので……困ったものですがね」
ホークはあきれたように笑った。
「ほいよ。お待ち!」
店に着くとでかい体格のコックが料理で山盛りになった皿を3つカウンターに置いた。
「おいおい、すげー量だな。こんなにいいのか?」
「ええ、気にしないでください。ここの料理はどれも安いですから」
ホークの言う通りだった。
ここの料理は基本的に、魔界で取れたものをそのまま使うことが多い。
故に……なんだかわからん料理も出てくるが……とにかく安い。
今日の夕飯は、ですウサギの焼き物にキラースズメのから揚げ、それに魚貝満載の焼き飯だった。
「おいおい、ここまで来て魚貝類かよ」
「新鮮な奴が送られてきたからな!」
店主は豪快に笑いながらそう言った。
「兄ちゃんたちは本国の奴らだろ?俺達は事件中もここに残ってたんだ。魚を食うのは久しぶりなんだよ」
「それじゃ、店に出さずに自分で食えよ」
「おいおい、お客様に喜んでもらおうって精一杯の思いやりなんだぜ?邪険にするなよ。ま、味は保証するぜ?」
俺は香辛料山盛り使われた皿を見た。
そりゃこんだけ、味付けたら保証はできるよな。
味がないってことはないだろうけど……よ。
「そうかい。期待してるよ」
俺はそう言うと皿を両手に持った。
残った一つはホークが持ってくれた。
「まいど!贔屓にしてくれよ」
「あいよ」
俺は手を振る店主に返事をすると、料理を落とさないように、歩き始めた。
「子供たちが腹を空かせて待ってますね」
ホークがそう言った。
見てみると確かに、テーブルのみんなが俺達の方を、よだれを垂らしながら見ていた。
俺は思わず苦笑いした。
まるで、怪鳥の親にでもなった気分だった。
「ああ、急がなきゃな」
俺達は苦笑いしながら、熱々の皿を、雛たちが待つテーブルまで運んでいった。




