子供の喧嘩
「説明は以上です。何かご質問はありますか?」
ホープは一通り説明を終えると最後にそう言った。
それを聞いた、ホークは手をすっと上げた。
「質問よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「現地の状況をお伺いしたい」
ホークはそう言った。
短い言葉だったが、緊張感のある言葉だった。
「ええ、そうですね。現地の状況はかなり穏やかです。魔物の発生情報などもありません。現在も境界、プントウールーには何名かの調査員が派遣されています。その情報によるものですので間違いないかと思われます」
「では、新種の情報や最近活性化している魔物などの危険性は低いと?」
「ええ、そうです。ですので、今回皆様に公募という形でお越しいただきました。言うまでもないことだとは思いますが、魔界であるのことには間違いありません。その安全をすべて保証するものでないということは……留意しておいてください」
「それはもちろん覚悟の上です。では、例のゲッコーウルフの噂は……」
「そちらについては調査中です。詳細につきましては、政府関係者との協議の上で公表しますので、私からは申し上げることはございません。しかし、さしあたってすぐに危機が来る状態ではない、とだけは言っておきます」
「確証がある……と?」
「明言は致しません。しかし、祭りの開催の許可もでている、とだけ言うにとどめます。これ以上は口外できません」
「なるほど……」
ホークはなにか考えているようだった。
「他に質問はございますか?」
「あーじゃ一つ、野営はどこですればいい?」
俺は手を上げて言った。
「セーフゾーンがないんじゃ、そこんとこどうすればいいのかな?」
「そうですね。実を言いますと二か所だけセーフゾーンがあります。それが皆様の地図で見ますと、駅に一番遠いしるしの場所になります」
「え?それじゃ三か所目は設置しなくていいんですか?」
イヅナがそう言った。
「いえ、そこは急作業で作り上げたものですので、仮りのセーフゾーンとなっております。そこを少し整備していただいてお使いいただければと思います」
「それじゃ……明日の朝からはここをまず作業する感じになるのですかね?」
「順番につきましては一任いたします。しかし、まずはそうした方が安全面を考えてもよいかと思いますのでお勧めいたします。しかし現場の判断を尊重いたします。その方が“生存率”も上がる傾向にありますので」
ホープがさらっと、そう言った。
その言い方が何ともあっさりしていて、すこし怖かった。
死がさも当然、隣にあるのが普通といった感じだった。
イヅナ達もそれを感じていたようだった。
「ああ、一般的な話です。今回の危険度はそんなに考えないでください」
ホープもそれを感じたのか、フォローを入れた。
「ああ、わかった。ありがとう」
俺は空気を変えるようにそう言った。
「では、他に質問なければ本日の説明会は以上となります。本日はガリアにお部屋を用意しておりますので、そこで明日に備えてください」
ホープがそう言うと、俺達は立ち上がりお礼を言った。
振り返ってみると出口の前には若い駅員がいつの間にか待機していた。
駅員は俺達の顔を見ると笑顔で言った。
「どうぞこちらへ、私がご案内いたします」
俺達はそれについて部屋の外へ出た。
「こちらへどうぞ!」
若い駅員について駅から出ると、駅の横にある小屋のようなところに案内された。
どうやら、馬車の停留所のようだった。
「狭くて申し訳ございませんが、こちらで拠点までお送りします」
若い駅員はそう言うと一頭の馬に飛び乗った。
「レディファーストで、どうぞ」
ホークのその言葉に甘えてまずはお嬢様方から乗せることにした。
全員が乗り込むと、馬車は拠点に向かって進み始めた。
「よければ、この後お食事でもどうですか?」
駅から拠点まで行く間にホークがそう言った。
「え?あ、ああ」
俺は三人の方を見た。
三人はうんうんと頷いていた。
「ああ、こっちは行けるみたいだ。是非行こう」
「ありがとうございます。では、部屋で荷物を下ろしたら玄関口に集合しましょう」
俺はその提案に二つ返事を返した。
「そちらのその子は大丈夫ですか?気分が悪そうですが」
「うん?あ、ドクダミちゃんはただ寝ぼけてるだけですので大丈夫です」
「そうですか」
「そちらの剣士の方も調子悪そうですね」
「ああ、モフルの魔法で眠らせましたからね。あれは少し後遺症が出るんです」
「後遺症……」
「といっても深刻な物ではないですよ。起床後は少しボーとするだけです」
「そうか……」
俺とホークはそんな雑談をしていた。
駅から拠点はそんなに遠くはない。
そんな話をしている間に、もう拠点が見えてきていた。
「うわぁ!」
イヅナが声を上げた。
「なんですか?!あれ!」
イヅナの指さす先には、巨大な建造物あった。
「ああ、あれがガリアダンジョンだ。自由人達の違法建築群だ」
「違法!」
「まぁ、そういう細かい法律はここにあってないようなもんだけどな」
「動いてますよ?!」
「そう見えるだけだ。実際は人の移動で軋んでるのと、微妙な振動が合わさってそう見えるんだ」
「で、でも、揺れてはいるんですよね?」
「ん?そうだな。まぁだからいつか瓦解するとは言われているな」
「き、危険じゃないですか!」
「ここにあつまる、奴らに似てるんだよ。いつまでも続かないと知りながらごまかしごまかし生きている。そういう奴らがここに住まうんだ」
俺がそう言うと、今度はドクダミちゃんが乗り出して来た。
「ひ、人が住んでるんですか?!」
「そうだ」
「ま、魔界に人が住む場所があるなんて……」
「そう言う事なら駅もそうだしなぁ。ま、ここはまだ魔界認定されてないし、ここに人が住んでいるってのも政府側からは認められてない」
「あっ否認可なんですね?」
「認められるわけないしな。でも、南部魔界の移住計画はここをモデルにしてたりもするんだ」
「ほえー」
「ここは人類のフロンティア……の種なんだよ」
俺はそう言うと、色とりどりの提灯に照らされたダンジョンを見た。
「なんか今にも……引火しそうだな」
「そうですね!」
「よく燃えるだろうな……」
「や……やっぱり……そう言うの好きなんですか?」
「あ?いや好きじゃない好きじゃない!俺は火は好きだがぼんやり灯るくらいのが好きなんだ」
「そ、そうですよね!ははははは」
その笑顔にはなんだか距離を感じた。
俺ってそんなに犯罪者顔してるのかな?
俺は自分の顔を摩って見る。
何の意味はないけど。
笑顔の練習でもしてみようかな?なんて考えていた。
「蚊でもいましたか?」
イヅナが目を丸くしながらそう言った。
「いや、ああ、まぁ蚊がいてな」
「軟膏塗りましょうか!」
「ん?ありがとう。でもまだその時じゃないな」
最近顔に悩むことが多くなったな。
帰ったらドーソンさんに化粧でも習おうかな?
何を馬鹿なと思ったが、けど少し真剣に考えた。
拠点に到着し、送迎してくれた若い駅員にそのまま本日のお部屋に案内された。
拠点の内部は想像以上に狭かったが、その分、縦に広がっていた。
拠点のそこら中に階段があり、階層が細かく分かれていた。
そしてその1階層には横穴のように通路があり、壁に大量の洞穴が開いているようだった。
「アリの巣みたいだ」
俺の率直な感想だった。
アーチ状の洞穴の向こうには部屋とか外に通じる道もあって、なんだか迷路のようだった。
「イナホの皆様はこちらです。ホークアイの皆様は、上のお部屋になります」
階層で言うところの3階くらいの場所で、駅員はそう言った。
駅員の指さす先を見ると、そこには薄暗い通路の先にうすぼんやり浮かびあがる扉が見えた。
まるで洞窟の奥の秘密の部屋のようだったが、不気味さがあった。
「宝につられた冒険者を罠にかける部屋って感じですね」
イヅナがそう言った。
言い得て妙だが、非常にしっくりくる言葉だった。
立ち尽くす俺達をスルーして、駅員は階段の上までホークアイのメンバーを案内した。
「それでは、後で」
ホークはそう言って会釈した。
「またねぇ~」
モフルさんは笑顔で手を振った。
「あ~」
モルドはまだ目が覚め切っていないようだった。
「それでは、失礼します」
クリス君は行儀良くお辞儀すると、階段をのぼっていった。
俺達はホークアイの面々を見送ると意を決して、部屋に向かった。
扉の奥には、カーペットを引いただけの広い空間が広がっていた。
若干埃の匂いがしている。
カーペットは清潔そうに見えたが、ま、日焼けはしていた。
「え?」
イヅナが声を上げた。
「な、何もない……?」
ドクダミちゃんが呆然としていた。
「ま、こんなもんだろ」
「今日はここで、雑魚寝ですね~」
レイシーは理解が早かった。
しかしほかの二人はぽかんと口を開けていた。
「おいおい、まさかホテルにでも泊まれると思ってたのか?横になれるだけありがたいくらいなんだぜ?」
俺の言葉は二人には届いていないようだった。
まぁ、よく考えると、こいつら二人って結構お嬢様だもんな。
ドクダミちゃんは言うまでもないが、イヅナもお宅にお邪魔した時にそう思った。
なんだか生活の端々に上品さというか……庶民のそれとは違う何かを感じていた。
「あら~?これ寝具もないんですかね~?」
レイシーはさっそく室内を物色していた。
部屋の隅には小さな机と、壁に埋め込まれたクローゼットがあった。
中には小さな箒とゴミ袋があった。
レイシーはそれを持つと、窓を開けて、掃除を始めた。
その一連の動作が滑らかで自然で、ああ、こいつメイドだったんだなってその時初めて思った。
「おっこっちはシャワートイレですね!水洗式や~」
掃除しながらもレイシーは部屋の隅々を目ざとく物色していた。
たくましいな。
「ほ~まじか。ここは結構いい部屋かもな。俺が経験したこういう施設じゃ基本は全部共同だったぞ」
「おっ!優遇されとるんですね~。無骨な感じやけど、そう言うとこは分かってますねぇ」
レイシーは言いながらせっせと働いた。
「ほい、ま、こんなもんでしょ!」
レイシーがそう言って手招きした。
「お邪魔するよ」
俺は掃除したての部屋に入り、荷物を下ろし、外出の準備を進めた。
その間イヅナ達はずっとぽかんとしていた。
さすがに、これはダメだな。
俺はいっちょ説教するかと意気込んだ。
その時、扉が勢いよく開いた。
「イナホの皆様!寝具をお持ちしました!」
さきほどの若い駅員が笑顔でそう言った。
「どうぞ!」
駅員はそう言うと小脇に抱えていた真っ白な枕を手渡した。
「え?これだけ……?」
イヅナは絶句していた。
「いえ、もちろんマットとブラケットもありますよ!ご案内しますので、取りに来てください!」
「じゃ、俺が行くかな」
俺はそう言うと、若い駅員について行った。
「ほんじゃ、その間にお出かけ用にお着換えしましょか!」
レイシーはそう言うと、ドクダミちゃんの背中をおして部屋に入れた。
「あっけっこうふかふか……」
カーペットに足を踏み入れたドクダミちゃんが言った。
それを見たイヅナも意を決して部屋に上がった。
俺はその姿を見ると、笑顔の駅員について行った。
「こちらから人数分どうぞ!」
そこは拠点の洗濯室だった。
そこかしらから蒸気が噴き出ており、汗だくのご婦人達がシーツや駅員の制服などを洗っていた。
その洗い場の入り口付近の隅にふかふかの間四角いマットが置かれていた。
「シーツなど必要でしたら向こうに畳んでおりますので!」
若い駅員は洗濯場の奥を指さした。
中を覗いてみると鬼の形相で汚れものと向き合うご婦人方の姿が見えた。
「まった!そこは手洗い!」
「シーツにシミが!こんなに!」
「死ぬ気で叩きな!ここは学校じゃないんだ!手を動かすんだよ!」
中は怒号飛び交う、まるで戦場のような有様だった。
「パワフルですよね!いつもこうなんですよ!僕もシーツはきれいじゃないと眠れない派なんで助かってます」
若い駅員はそう言って笑っていた。
「はははじゃないよ、あんた!私達はあんたの母親じゃないんだからね!」
「感謝の言葉前に洗濯物持ってきな!ため込むんじゃないよ!」
中からの激励の声に駅員は苦笑いした。
「いやー、かないません!」
若い駅員は、愉快そうに笑った。
俺はそれを見て苦笑いすることしかできなかった。
「あっふかふか」
俺が持ってきたマットに転がってイヅナがそう言った。
「ああ、これ、モーウールーの毛が入ってるな。上等品だよ」
俺は持ってきた5つのマットを並べる。
マットはイヅナ達にはちょうど位のサイズ感だったが、俺には小さかった。
だから、俺は二つ使うことにした。
スペース的に縦に2つ並べることができなかったので、俺の簡易ベッドだけ横向きに置いた。
「これ、寝れそうです」
「ふがぁ……」
「あー、ええ、これはええなぁ……」
旅の気怠さと、ちょうどいい時間も相まって、三人はおねむだった。
あんだけ嫌そうだったのに、もう完全になじんでいた。
「おい、人待たせてるんだから、さっさと立て」
俺がそう言うと、うーあーと三人がうだうだやり始めた。
「おい」
「はい」
「はいじゃないよ。起きろ」
「うーあうー」
「あうーじゃない」
「ほわー」
「ほわーでもない」
そこから、しばらくはそのやり取りが続いた。
「待たせたな、すまない」
俺達がようやく拠点の入り口まで行くと、ホークアイの面々はもうそろっていた。
「ああ、いや我々も今来たとこだ」
ホークはそう言った。
「今じゃねーよ結構待ったっての」
モルドは頭を掻きながら大あくびしてそう言った。
「おい!」
「あ~?いいじゃねーか、別にこんなちんちくりんどもに気なんか使わなくって」
どうやらモルドは調子を戻したようだった。
「失礼ね。だれがちんちくりんよ!」
イヅナがかみつく。
「失礼はそっちだろ。人待たせて、やった居眠りは気持ちよかったかよ?」
モルドは少しだけ寝癖のついたイヅナ頭を見て、口元をゆがめてそう言った。
「ま、子供には……この時間はまだむりかぁ~?無理せずおねんねしてていいんだぜ?」
「無、無理じゃないし!あ、あんたも寝てたでしょうが!」
「は~ん?やっぱ寝てたのかよ。言っとくけど俺は眠らされてたんだよ、お前とはちげーからぁ!」
子供二人が言い争いを始めた。
あーだこーだ、ずっと言い合っている。
モフルさんとレイシーはにこにこしていた。
ドクダミちゃんはあたふたしていた。
ホークは頭を抱えていた。
クリスは冷ややかな視線を向けていた。
俺は苦笑いしていた。
「ばーか!ガーキ!ガーキー!」
「むきいいいいい!」
イヅナは叫ぶとモルドに飛びつき頬を引っ張った。
「な!こいつ!サルかよてめーは!」
モルドはそれに応戦した。
そうして、二人は頬をつねり合った。
「ふぅごおおおおお!」
二人の叫び声が静かな拠点の中にこだました。




