はじまりの第一歩
その後もドクダミちゃんは次々に壁を見ては黄色い声を上げた。
俺達はそれをほえーとか聞いていた。
「うっ!」
ドクダミちゃんは唸ると、いきなり窓を全開にした。
「お、おい!危ない」
俺の静止も聞かずにドクダミちゃんは窓から身を乗り出した。
「あっ!あっ!」
ドクダミちゃんは小さな体を目いっぱい窓から放り出していた。
「危ない!」
俺達は今にも落っこちそうなドクダミちゃんを掴んだ。
「あーーーー!」
ドクダミちゃんは叫んだ。
「こ、これが!これがーーー!」
「なんだ?!」
「ああ、これが!」
ドクダミちゃんが叫ぶと、列車は汽笛を鳴らした。
そして、トンネルを抜ける。
強い陽の光が俺達を照らした。
目もくらむような光だった。
ドクダミちゃんはトンネルを抜けてからも、そのトンネルを振り返って見ていた。
「それ以上はマジで危ないって!」
俺はそう言うと力づくでドクダミちゃんを座席に戻し、窓を閉めた。
ドクダミちゃんは座席に転がった。
レイシーの膝の上に頭を乗せて、天井を呆然と見ていた。
「危ないだろ!」
俺はおもわず声を荒げた。
それくらい今のはヒヤッとした。
「あっ……」
ドクダミちゃんはそう声を漏らすと……涙を流した。
「ええ?!」
俺はびくっとした。
「ご、ごめん。そんな、怒ってるわけじゃなくてだな……」
俺は分かりやすく、うろたえた。
「ううううう、私……私ぃ……」
ドクダミちゃんは手で目を隠して泣いていた。
「はいはい、大丈夫やで、ドクダミちゃん。ええ子、ええ子」
レイシーはなれた感じでドクダミちゃんの頭を優しく撫でて、慰めた。
こういう時に自分の無力さを実感する。
俺は今ドクダミちゃんが何故涙を流すのか。
その意味も何も分からなかった。
しばらくして、ドクダミちゃんが手を天井に伸ばした。
「わ、私……見れると思わなかった」
「何をだ?」
「壁……」
「あの壁?なんだっけ?あー冷徹のソノーピー?」
「違います。それもそうだけどそうじゃなくて……」
ドクダミちゃんはそういうと体を起こした。
そして窓の外、遠いどこかを見て言った。
「第一層、グランマ・シャリオンの壁……私達魔法使いの始祖です」
ドクダミちゃんはそう言うと顔をこっちに向けた。
「彼女がこの世界に残したもの……残存しているのはたったの二つしかないんです」
「二つ?」
「そうです。偉大な魔法使いは様々な物を世界に残してます。でも、彼女が残したものはたったの二つだけ」
「そうなのか」
「一つはシャリオン校です。私の学校。もう一つは……あの壁、第1層、慈愛の壁」
「つまり……あのトンネルの始まりを作ったのは……ドクダミちゃんの学校作った人なの?!」
「う、うん。そうだよイヅナちゃん。私、魔法が好きで、あの学校に入ったの」
「そうやね」
「私、あの学校を知れば知るほど……シャリオンを知れば知るほど……どんどん好きになっていて……」
ドクダミちゃんはまた、泣きそうになっていた。
「死ぬまでに、見たかったの……人類を守った壁を。シャリオンの残したものを……見たかったの」
「見れたのがうれしかったのか?」
「それもあります。でも……それもあるんですけど……私、あきらめてて……どうせ一生見れないって思ってて……」
ドクダミちゃんは震えた。
「でも、みれたぁ……私……見れたんだぁ!」
ドクダミちゃんはそう言ってまた泣いた。
レイシーがドクダミちゃんを抱きしめた。
「見れたな……ドクダミちゃん」
「見れた!みれたぁ……!」
俺はドクダミちゃんの胸中を聞いて思った。
この子は本当に、魔法が好きなんだなって。
そんで、俺なんかでもこの子にできることがあったんだなって、安心した。
俺は大きく息を吐くと、ドクダミちゃんの頭を撫でた。
「ま、これから、何度でも見れるさ」
「そ……ぞうでずかぁ?」
ドクダミちゃんは顔面をぐしゃぐしゃにしながら言った。
「そうだよ、一度来れたんだ。いつでも来れるさ」
「ほ……ほんとに?」
「もちろん。なんでか分かるか?」
「え?え?わ、わかりません」
「一人じゃないからさ」
俺がそう言うと、三人はきょとんとした。
そして、しばらくして、三人は笑った。
「らしくない!なんなんですか?!そのセリフ」
「あ?なんだよ。事実だろ」
「へへへへへ、そうですねぇ!へへへへへ」
「気持ち悪いな!なんだよ……」
「えらい急に、ロマンチックな……ねぇ?!」
「うんうん」
「悪かったな。不愛想で」
「えへへ、でも、うれしいです。モリー様」
ドクダミちゃんは笑った。
「そうかい。ま、君なら俺なんかの力は必要ないだろうけどな」
「え?そ、そんなこと……」
「そうやで!ドクダミちゃんならシャリオンに負けへんくらい偉大な魔法使いになれるよ!」
「そ……そんな!」
「なれるよ!なれる!」
「う、うう、う」
「俺もそう思うよ」
「あ、ありがとうございます」
「だからもう顔上げな。あと、もう危険なことはしないこと。わかったね」
「は、はい!」
ドクダミちゃんは姿勢を正して返事した。
この子は、本当に大きくなりそうだ。
そう思った瞬間だった。
「決まりやね!第31層目はドクダミウォールや!」
「ええ?!なにそれ!」
「ははは、いいじゃないか。ドクダミウォール。ぶちたててやれ」
「それじゃ、トンネル埋まっちゃいますよ!」
「ええやん!埋めたろ!」
「だ、ダメだよぉ……」
「ほんなら穴空いた壁作ればええやん!」
「そ、そんなこと無理だよー!」
そんなバカみたいな話しながら、俺達は笑っていた。
「あっ!またトンネル見えてきましたよ!」
イヅナが叫んだ。
「そうだな。あのトンネルを超えたら……拠点はもうすぐそこだ」
「じゃ……!」
「ああ、もうすぐ、到着だ」
列車は進んで、いつの間にやらもう目的地が近づいていた。
「ほえー4時間って結構あっという間ですねぇ」
「そうだな……ま、半分くらいドクダミちゃんの爆裂だった気がするけどな」
「う……!」
「ははは、ですね!」
そんなこんなで列車はトンネルに入り……そして……。
「抜けた!」
イヅナがまた叫んだ。
「なんか、見えますよ!」
「ああ、見えたな。あれが、ガリア拠点。今日の目的地だ!」
それを聞いた三人は窓に顔を寄せ合って、進行方向を覗いた。
俺は団子になる三人を見てため息をついた。
そして、俺は立ち上がり、窓を開けた。
「少しだけだぞ」
俺がそう言うと三人は窓から顔を出した。
「すごい!」
「でかい!」
「きれーい!」
三者三様驚いていた。
「あそこに行くんですか?!」
「そうだな。今日はあそこで一泊だな」
「ほえー!」
「ま、あそこには何にもないが……きっと楽しい夜になるぞ」
「え~なんですか?モリー様!やらしい!」
「そう言う意味じゃない」
「じゃどういう?!」
「行けばわかるさ」
「登山家みたい!」
なんて言っているうちに、拠点がもうすぐそこまで……来ていた。
トンネルを抜けると列車がゆるやかに、速度を落とし始めた。
「なんか?遅くなってる?!」
「ああ、もう着くな」
俺がそう言うと、列車が汽笛を鳴らす。
到着の合図だ。
「見えたな」
「あっ!ほんとだ!」
イヅナが窓から進行方向を指さした。
「駅ですよ!駅とそっくりな建物があります!」
「あれが魔界側の駅だ。到着だな」
俺はそう言うと立ち上がり、荷物を下ろした。
「いよいよですね!」
「何回いうんだよ、それ。ま、今回は本当にいよいよだな」
「ドクダミちゃん!起きて!もうつくで?!」
「うごぉ?!う、うううう」
ヒートアップした後に静かに眠りについたドクダミちゃんをレイシーが起こした。
イヅナは上半身をゆさゆさしながら、まだかまだかと、落ち着かないような感じだった。
俺は着実に下車の準備を進めた。
駅に到着すると間もなく、ゴトンと振動し列車は停車した。
到着と同時に空気が抜ける音がすると、遠くから駅員が数名やってきた。
そのうちの一人が先頭車両から大声をあげながら後方に進む。
「マンダリアン号、到着しました。現在混雑回避の為に順番に下車頂いております。ご協力お願いいたします!」
「一号車から三号車、下車開始しますー!」
駅員の号令と共に、先頭車両から続々人がおりてきた。
「うわ!すごい皆すごい荷物ですよ!」
「商人がほとんどのようだな。いつもは冒険者だらけだけど……。流石、お祭りだな」
「あっ!そうですよ!お祭り!やってるんですよね?!」
「そうだな。こっちは準備の最終日かな?今日は向こうが一番盛り上がる日だな」
「そうなんですか?!」
「決勝大会行きを決める勝負が固まるからな。今日が一番賭けが熱くなる日だな」
「え?!あれ以上ですか?!」
「そうだな」
「なに?!なに?!ええな!以心伝心?!賭けってなによ!」
「え?へへへ、知りたい~?」
「教えて~」
「う~ん……ダメ~!」
「え~イヅナちゃん意地悪!ほんなら……吐かせてるわ!」
イヅナとレイシーがいちゃいちゃしている。
「こらこら、暴れるな、暴れるな」
「こあー」
「ドクダミちゃんはいい加減起きろ」
なんていうか、全然緊張感がなかった。
ここまで来て怖気づいてないのはいいことかな?
俺でも初めてここまで来たときは緊張していたもんだが……。
神経が太いのは大いに結構だ。
固くなって動けなくなるよりは全然いい。
しばらくすると駅員が近づいてきた。
そして、4号車の扉が開いた。
「お待たせしました。4号車の皆様下車ください。ご案内いたします」
「いくぞ」
「はい!」
「う~い!」
「うぐぅお!」
俺は大きな荷物を背負い、レイシーの分も持った。
レイシーはまだ夢心地のドクダミちゃんを抱きかかえた。
イヅナはスキップするように、先頭を走った。
「さぁ!始まりますよ。私達の冒険の旅が!」
イヅナは扉の前で言った。
「これがその一歩目です!」
イヅナは思いっきり、扉の向こうへジャンプした。
「元気ですね」
背後から声をかけられた。
そこにはホークがいた。
「能天気というか……落ち着きがないというか……ですね」
俺はあきれた感じでそう言った。
「ははは、初めての魔界でそれだけ元気なら……頼もしい限りですよ」
「そう言って貰えるとありがたいよ」
「おお~い!何してるんですか!はやくはやく~!」
先に下りたイヅナが遠くの方で手を振った。
あいつ……もうあんなところまで行ったか。
俺はあきれつつもイヅナに続いて下車した。
すると、扉の横に待機していた駅員が言った。
「向こうのお部屋で説明会があります。担当者が参りますので、先に中でお待ちください」
「はい」
俺は返事すると、誘導された部屋に向かった。
「行くぞ」
「いきますか!」
「うう……いぃ……」
「イヅナー!こっちだぞー」
俺は明後日の方向へがんがん進むイヅナに声をかけた。
「ええ?!あっはーい!」
イヅナは俺の呼び掛けに気がついて慌てて踵を返した。
そんなやり取りをしていたら、後ろの面々に笑われた気がした。
俺は少し気恥ずかしかった。
「長旅、お疲れ様です。それでは皆様に今回の作業について説明を行います」
部屋に入って漸くすると、年長な雰囲気の怖い顔をした駅員が現れた。
部屋に入ると椅子が並べられており、俺達はPTごとに4つ並べられた椅子に腰かけることにした。
椅子の上には何枚かの紙が置いてあった。
中身を確認すると、どうやら地図と誓約書のようだった。
俺達とホークアイの面々との間には妙な箱が一つ置いてあり、それをしきりに俺達は別れて座っていた。
俺達が椅子に座り、資料を確認していると怖い顔の駅員が話を始めた。
「冒険者PTホークアイ及びイナホの皆様、私はこちら側の駅を統括しております。ホープ・ライジングと申します。皆様の作業の統括を担当いたします。よろしくお願い致します」
ホープと名乗るその男はそう言うと、帽子を取りお辞儀した。
禿げ頭に大きな傷があり、異様な雰囲気を感じさせた。礼儀正しい態度が逆に威圧感があった。
「皆さまにはセーフゾーンの設置作業をお願いいたします。設置場所については配布の地図をご覧ください」
俺達はホープの言葉を聞いて地図を広げた。
地図には大きく火のついた矢じりのマークと、㋑というマークが描かれていた。
そのマークは東西で大きく別れており㋑のマークは西側に3か所ついていた。
「地図のマークの地点が作業地点です。その付近に看板が立っておりますので、目印にしてください」
「はい」
「現地に到着しましたら、作業を開始してください。必要な物資はすべて現場にあります」
ホープはそう言うと、俺達の間に置いてある箱を指さした。
「必要物資はそこの箱の中にあります。箱には鍵が付いております」
見ると確かに箱には南京錠のような鍵が付けられていた。
4桁の数字を合わせて開くタイプの物のようだった。
「暗証番号を伝えます。機密事項ですので、決してメモなどは取らないようにお願いいたします。もしも、悪意を持って番号を漏らしたり、物資の盗難などがあった場合はしかるべき処置を講じますのでご注意を」
そう言うホープの目つきは鋭かった。
国の依頼にはしばしばこういう守秘義務が発生する。
国の依頼が敬遠される理由の一つだ。
「暗証番号は……」
ホープの言葉に空気が張り詰める。
ただの報告事項、定型の文言と分かっていても、そう思わせない圧がこの男にはあった。
まるで亡国のスパイが、命を賭けた伝言を言い渡されるかのような緊張感があった。
「8931です」
真剣な顔でホープがそう言った。
……俺は、一瞬変な事を考えてしまった。
雰囲気も相まって、なんていうか、すごいやばかったが……しかし、俺は耐えた。
息を整え、俺はレイシーを見た。
一番危なそうな……レイシーを見た。
レイシーは太ももに肘を置いて、腕を組み、その上に額をおいてぷるぷるしていた。
よく耐えた。
俺は心の中で、こういう場面では空気を読むくらいの常識があるのかと安心した。
「ハクサイ……!」
空気を読まずにイヅナがつぶやいた。
瞬間、静かな室内に独特の緊張が走った。
ぐふっという声がレイシーの方から聞こえた。
「……そうですね。そう覚えて頂くと……わかりやすいかもしれません」
ホープは顔色一つ変えずにそう言った。
俺は思わず口から空気が漏れた。
そしてそれをごまかすかのように、顔をわざとらしく伏せ咳き込んだ。
それと同時に、レイシーも咳き込んでいた。
イヅナ……!それは誰でもそう思う!それは分かるが……口に出すな!
俺はそう言う気持ちで隣に座るイヅナに念を送った。
「はい!ハクサイですね!覚えました」
イヅナは元気に返事した。
俺の思いは通じなかったようだ。
「ええ、ありがとうございます。しかし……機密事項ですので、あまり大きな声では……」
ホープ困ったようにそう言った。
レイシーが大きくせき込んだ。
「大丈夫ですか?体調が悪いようでしたら……」
「い、いえ!だいりょうぶ……でふぅ……」
レイシーが息も絶え絶え応えた。
俺は必死に呼吸を整えた。
大丈夫だ。大丈夫だ。
俺は自分に言い聞かせた。
ふと、俺は視線を感じたので隣の席を見た。
ホークが苦笑いしながらこっちを見ていた。
俺は、はははと愛想笑いをし、申し訳ない気持ちで頭を下げた。
謝辞
読んで頂きありがとうございます。ぬま床と申します。
風は涼み、空は高く、季節はすっかり秋となりましたが皆様はお元気でしょうか。
私の方は私生活でいろいろありまして、更新もぎりぎりの状態が続いていますが、おかげさまで何とか更新を続けられています。
それもひとえに、読んでくださる皆様、ブックマークを入れて頂いた皆様、評価、感想を書いていただいた皆様のおかげでございます。
改めまして、感謝申し上げます。
本当にありがとうございます。
先日なんと、評価ポイントが300pを超えました。
驚きで果たして、これは現実なのか?いろんなことに板挟みになっている私が現実逃避の為に見ている夢なのか……と、思っています。
真実は今も判然としませんが、一瞬でもそう言う夢を見させていただいた、皆様には本当に感謝しかありません。
連載も気が付けば、100話を超えまして、まさかこんなに続くとは思いもよりませんでしたが、これからもちょくちょく続けていきますので……どうぞ、よろしくお願いいたします。
この物語の終わりまでは……まだもう少しあるのですが、冒険が始まりましたので……
ここからは加速していけると思います。
改めまして、皆様には感謝を。
読んで頂き、ありがとうございます。
これからも、イナホの物語をどうぞよろしくお願いいたします。




