ドクダミちゃんとトンネル
列車が進む。
遥か彼方、人間界を超えて、魔界へ向けて、まっすぐと。
街が、駅の鐘楼が、どんどん小さくなっていった。
「うわー!」
イヅナは窓から身を乗り出し、列車の風を受けて、歓声を上げた。
「すごーーーい!」
「こら、あんまり窓から身を乗り出すな。危ないぞ」
俺がそう言うと、イヅナは、はいと返事し体を戻した。
「これから、私達……魔界へ行くんですね?!」
「そうだよ。何をいまさら言ってんだよ」
「うへぇー!実感するとすごい!すごいですよ!これは!」
イヅナは興奮が冷めやらないようだった。
「そうだが……ここから長いからな。体力は温存しとけよ」
「そうですね!長い……んですか?」
イヅナが首を傾げた。
「長いだろ」
「そうなんですか?」
「え?知らないの?」
俺がそう言うと三人は顔を見合わせた。
「そう言われれば知りませんねぇ」
レイシーがそう言った。
「まじかよ……。ちなみにここから4時間はかかるぞ」
「よ……よじかん?!」
ドクダミちゃんが声を上げた。
「そうだよ。向こうに着くころにはもうおやつ時だな」
俺の言葉に三人は反応した。
「おやつ!」
「何に反応してるんだよ……」
相変わらずなこいつらに……俺は苦笑いした。
「なぁお前さ、飴いる?」
雑談していると、隣の車両から人が入ってきた。
俺達の話を聞いていたのであろうその男はそう言った。
そして、懐から飴玉を一つ、イヅナに差し出した。
「え?いいんですか?」
「うん。一個ならいいよ。やるよ」
「ありがとうございます」
イヅナはそう言うと男から飴玉を受け取った。
男は装いから見て冒険者のようだった。
懐に剣を携えているのを見ると剣士のようだ。
短髪をツンツンに立てて、明るい髪色をしている。
ぱっと見は軽薄そうに見えた。
「それ、俺のおすすめ。俺もお菓子好きなんだよね」
「そうですか!私もですよ!これ、頂きますね!」
イヅナはそう言うと、嬉しそうに飴玉を口に運んだ。
そして……。
「う?いぎゃぁあ!」
イヅナが叫んだ。
「か、かりゃいぃぃぃぃ!」
イヅナは飴玉を吐き出し悶えていた。
「お、おい?!」
俺は状況が分からず困惑した。
「い、イヅナちゃん?!」
「どないしたん?!」
レイシーは反射的に水筒を取り出し、イヅナに渡した。
イヅナは奪い取るように水筒を受け取ると、一心不乱に水を飲んだ。
俺は男の方を見た。
男は顔を伏せ……そして小刻みに震えていた。
イヅナはその間もひーひー言いながら舌を出していた。
その様子を見た、男は突然噴き出した。
「ははははは!傑作!やっぱ俺の目算はあってたな~」
男は手を叩いて愉快そうに笑った。
「いや~、一目見た瞬間に馬鹿そうだって思ったんだよ~。それにしてもいいリアクションすんじゃん、お前」
「はぁ?!あんた!何笑ってるのよ!」
イヅナは男を睨んだ。
「おいおい、そんな怒んなって、ちょっとした冗談じゃん!」
「冗談?!人をだましておいて!」
「あー?別に俺はその飴玉が甘いとは言ってねーだろ?」
「おすすめっていったじゃん!」
「そうそう、マジでおすすめ!食った奴がみんな馬鹿みたいにひーひー言うんだよ。こんなふうに舌出してよ!」
男はそう言うと、馬鹿にしたような顔で舌を出しておどけて見せた。
「まじで面白いぜー!コツは馬鹿そうなやつにやること!マジでおすすめ!嘘なんかじゃねーよ」
「あんた……」
イヅナはそう言うと、刀に手をあてた。
「お、おいおい、落ち着け」
俺はイヅナを静止する。
「離してください!世の中には許してはいけない悪がいるんです!」
その様子を見て男はさらに高らかに笑った。
ドクダミちゃんとレイシーもそれにつられて笑っていた。
俺達がわちゃわちゃやっていると再び扉が開き、誰かがこっち側に入ってきた。
「おい!モルド、お前何やってるんだ」
一番初めに顔を出した、真面目そうな男が言った。
「ん~?なになに~?モルド君、まーたいたずら?懲りないねぇ」
その後ろからやんわりした雰囲気の女性が顔を覗かせた。
「全く恥ずかしい人ですね……いつまでも子供なんですから……」
女性のさらに後ろにはまだ若い男の子がいた。
そして、呆れたように言った。
「あなたが勝手するのは良いですけど、チームの足は引っ張らないでくださいね」
「なんだと~?クリス、俺がいつPTの足引っ張ったってんだよ」
「いつもでしょ。他の人に迷惑ばっかりかけて……。そのせいで僕らのPTがどれほど……」
「いつ迷惑かけたんだよ?」
「さっきのこともう忘れたんですか?!あなたが駅員をナンパなんてするから、時間が無くなったんですからね!」
「細かいことうるせ~な!乗れたからいいじゃねーかよ」
「飛び乗ったから車両を間違えたじゃないですか!初めからきちんと並んでいたら、苦労もなかったんですよ!ここまで来るのにどれだけ……!」
「まぁまぁ……ふたりとも~落ち着いてぇ~。ね?」
目の前で子供が二人喧嘩している。
俺達はあっけにとられていた。
その様子を見た、真面目そうな男は俺達に頭を下げた。
その男は背筋がまっすぐ伸びていた。
髪はきちんと分けられていて清潔感がある見た目をしていた。
その出で立ちと、眼鏡をかけた落ち着いた表情を見れば、彼が知的な男だということが分かった。
「すみません。私共のメンバーがご迷惑をおかけしたようで……」
「ああ、いやまぁそんな迷惑って程じゃ……」
俺がそう言うと男は顔を上げて言った。
「もしかして、あなた達も北部魔界へ?」
「ああ、そうだ。俺達はイナホという。俺は補助魔術師のモリー」
俺が挨拶すると男はにこりと笑った。
「では、仲間ですね。私共も作業に従事します」
男はそう言うと、俺に手を差し出した。
俺はその手を取り、男と握手をした。
「紹介が遅れました。私共は冒険者PT“ホークアイ”と申します。私がリーダーの、ホーク・フォーンです」
男は俺と握手すると言った。
「先ほどご迷惑をおかけしたのが剣士のモルド・オーナー。後ろの女性が魔術師のモフル・ルーイ。その後ろが補助魔術師のクリス・クリタックです」
ホークがメンバーを紹介した。
「よろしくな~」
「頑張りましょうねぇ~」
「よろしくお願いします」
三人はそう言った。
「ああ、よろしく。俺はさっき紹介したが補助魔術師のモリー、こっちがレイシーでその横が魔法使いのドクダミちゃん。で……こいつがリーダーのイヅナだ」
俺もホークに倣い自己紹介した。
「よろしゅうお願いします~」
「よ、よろしくおねがいしますぅ……」
ドクダミちゃんとレイシーが挨拶を返した。
「よろしく……」
イヅナはつまらなそうに唇を尖らせてそう言った。
「え?お前リーダなの?」
モルドが失笑しながら言った。
「あ?!」
イヅナがモルドを睨んだ。
「お前がぁ~?!」
モルドはそれ以上は何も言わなかったが、にやにやした顔をしていたので、すべてを察することができた。
イヅナはつるんとした表情で立ち上がると、すーと息を吐いた。
「気持ちはわかるが、落ち着け」
「止めないでください。私は……私は……」
「おっ?なに?やる?!やんのかぁ~ガキがよぉ!」
「くぅわああああああ!」
モルドの挑発にイヅナが叫ぶ。
「おちつけ!」
俺は飛びかかろうとするイヅナを体で止めた。
「こいよぉー!」
「やめないか、モルド」
ホークはそう言うと、挑発するモルドを後ろから押さえていた。
「ふぎぃいいいい!」
「ばーか!ばーか!」
それでも二人は白熱した。
俺はモルドとイヅナに挟まれて四苦八苦していた。
その様子を見てほかの奴らは、呆れた感じで笑っていた。
列車は進む。
もう周囲の風景は自然一色になっていた。
騒動の後、俺とホークは自然と察した。
こいつらは離しておいた方がいい、と。
ホークはモフルに目配せすると、モフルは呪文を唱えた。
モフルが呪文を唱えると、微かに甘い匂いがしたかと思うとモルドは意識を失った。
その隙にホークはモルドを引っ張って車両の後ろに引っ込んでいった。
「それでは、お互いがんばりましょう」
ホークはそれだけ言って去っていった。
なんだか、奴も苦労してそうだなって思った。
それから、三人はずっと窓の外を見ていた。
そしてなんでもない風景を見ては、おーとかあーとか声を上げていた。
「鳥や!」
「あれは?!魔物?!」
「いやまだ一応人間界だから、違うと思う」
「そうなんですか?!」
「ほんならどこからが、魔界なんですか?」
「魔界認定されているのはプントウールー山脈の頂上からだ。それまでは判断が曖昧な“境界”になる」
俺がそう言うと、つまらなそうに窓の外を見ていたイヅナが俺の方を向いた。
「と、言うことは。私達が作業するのは……」
「そうだな。正確には境界周辺のセーフゾーンの設置作業になるかな」
「それならまだ正式な魔界ではないんですね!?」
「ま、そう言うことになるかな。でも、油断はするなよ。魔物が出るのに変わりはない」
「それじゃ!どこからが境界なんですか?!」
「ああ、そうだな。それは……」
俺が答えようとした瞬間ドクダミちゃんが声を上げた。
「あ、あ、あ!」
ドクダミちゃんは声を上げると、窓を開けて身を乗り出した。
「お、おい!危ないぞ。もうすぐ……」
「トンネルだぁ!」
ドクダミちゃんが叫んだ。
「トンネル?!」
「ああ、そうだ。そこを超えたら……境界だ」
俺がそう言うと、ドクダミちゃんが体を戻してレイシーに言った。
「レイシーちゃん!灯り!灯り無い?!」
ドクダミちゃんは慌てていた。
「灯り?!ランタンとかでええの?」
「う、うん!」
「ほんなら……」
レイシーはそう言うと荷物を取ろうと立ち上がった。
「ああ、いいぞ。灯りなら俺が持ってる」
俺はそう言うと、マッチを一本擦った。
「ほい、ドクダミちゃん」
俺はドクダミちゃんに火をトスした。
ドクダミちゃんはそれを掌の上にのせた。
その瞬間タイミングを見計らったように、周囲が真っ暗になった。
車内にぼんやりと、魔力の明かりが灯った。
「すごい!」
イヅナは驚嘆の声を上げた。
「ほあああ!ほあああああああ!」
ドクダミちゃんは窓に顔を張り付けて、はぁはぁ言っていた。
「どないしたんや?!ドクダミちゃん!」
「真っ暗です!これなんですか?!」
「ほあああああああ!あっあっああああああ!」
とてもカオスな空間が出来上がっていた。
「なんでお前らはトンネルに入っただけでそんなに騒げるんだ……」
俺は頭を抱えた。
「モリー様はなんで、そんなに冷めてるんですか?!とんでもないことですよ!これは!」
イヅナがそう言った。
それを聞いて俺は、はっとした。
そうか。そうだよな。
思ってみたら、今の状況は確かに言う通りなのかもしれないな。
俺は窓に顔をこすり付けるドクダミちゃんを見た。
「なぁ、何があるんだ?」
俺は興奮するドクダミちゃんにそう言い、窓の外を覗いた。
「トンネルです!こ、これがグレートウォールですよね!?」
「ああ、確かにそうだ」
グレートウォール歴代の偉大な魔術師が積み重ねて作った人類守護の壁。
大地を隆起させて、作られたその壁は、霧が晴れた直後の時代において重要な役割を担ったのだとかどうとか。
「壁が好きなのか?」
俺が尋ねる。
「ち、ちがいますよ!これは魔法使いの英知の結晶です」
「ほえーそうなんや」
「えーどれ?ただの地面の壁って感じだけどなー」
他の二人もドクダミちゃんに続いて壁を見た。
「よく見て」
ドクダミちゃんはそう言うと窓を少しだけ開けて、片手で持っていた火で壁を照らした。
すると2mほど先の壁の表面がうすぼんやりと浮かび上がった。
「わかる?」
ドクダミちゃんが言った。
「う~ん意外に壁近いねぇ」
「ちがうよ!色だよ!色が違うの」
「え?一緒だよ!」
「今はそうだよ。でももうすぐ……」
ドクダミちゃんがそう言うと、確かに壁の色が変わったように見えた。
さっきまでは砂のような黄土色って感じだったが今度は腐葉土のような焦げ茶色になった。
「あっほんとだ!色が違う」
「うん?っていうかなんかつなぎ目みたいなんも無かった?」
「レイシーちゃん!見えるたの?!すごい!」
「え?すごいん?!」
「すごいよ!」
「え?へへへへへ、そぉんな~」
レイシーは良く分からない感じでほめられて、良く分からないけど照れていた。
「で、色が変わったからなんなんだ?」
俺が顔をしかめながら言った。
「こ、これは壁なんです。そこを掘削してトンネルをつくったんです」
ドクダミちゃんが説明を始めた。
「このトンネル……壁は霧が晴れた時から歴代の魔法使いが力を合わせて作った壁なんです」
「ああ、そうだな」
「色が違うのは、別々の人が作ったからで、それぞれ何層目って言う風に分類されて……その全部が記録に残ってます」
「全部?!」
「そうだよ!誰がどう作ったって、文献があるの。学校の図書室で読んだ」
「学校にそんなんあんの?!っていうかそんな本読んでたん?!」
「うん!全部で30層あって全長は5km。クレッド王国に近い順に30層から数えて……今は多分15層目!」
「わかるのか?!壁見ただけで?」
「特徴があるんです!力を合わせた魔法使いの主属性によって色合いの変化があって……あっ!今変わりました!14層目!たしかここは……冷酷なるスピーシーの時代ですよ!」
「誰やねん!」
「すごい!すごい!」
ドクダミちゃんは嬉しそうにはねた。
俺は驚いていた。
俺にとって何の変哲もない、ただ寝るだけの道中でも、この子にとっては宝物なんだな。
「また変わった!見て!今度は狭いよ!硝子手のクリアの壁だ!」
「かっこいい名前!」
「繊細で美しい人だったらしいよ。今にも手折れそうな細腕と硝子玉のような瞳。使う魔法も繊細で……」
ドクダミちゃんはヒートアップした。
「流石ドクダミちゃん。わけわからんことでテンション上がるな~」
レイシーはそんなこと言いながら、なんだか嬉しそうに笑った。
「きたー!12層目!偉大なるモーランウォール!」
ドクダミちゃんは、ばんばん窓を叩いて喜んでいた。
「はしゃぐのは良いけど、体力は残しとけよ……、先は長いぞ」
俺は、呆れた感じでそう言った。
だけど、なんだかとてもうれしかった。




