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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第二章

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魔王の技術

 幻術魔法は解除していないが、飛び出し魔力を発すると同時に効果は霧散したようで、魔物や魔族達が即座に気付いた。なぜ、とかどうやって――と魔物へ指示を出す魔族達の顔に、そう書いてあった。

 そうした中で俺は、レドとジャックへ肉薄する――もしここで仕留めることができれば、という目論見だったのだが、相手の反応が一歩早かった。


「ちっ!」


 舌打ちと共に、ジャックが前に出て俺の剣を受けようとする。それに対しこちらは容赦なく剣を振り――相手がかざした剣を、即座に叩き切った。

 しかし肝心の胴体に剣戟が当たることはなく、レドとジャックは俺から距離を置く。その段に至り、周囲は混戦の様相を呈した。ただ魔族側の動きは明らかに鈍い。逃げるのか、戦うのか……その判断に迫られ、どうやら迷いによって隙が生まれている。


 中には盆地から抜け出そうと動いている魔族の姿もあったのだが、それはあっさりと阻まれた。どうやら既に結界……つまり、この場から逃げられないようにする算段ができている。それによって、魔族達は戦う以外の道がなくなった。


 そこで魔族達も踏ん切りがついたようだが、状況は彼らにとって非常に悪い。人間側が確実に優位となり、凄まじい速度で魔物の数を減らしている。騎士団の能力が高いのもそうだが、騎士エルマを始めとした国側の人間に勇者達が従っているのもまた理由になるだろう。今以上の連携ができれば、魔王討伐も……そんな予感さえ抱かせるほどに、その突破力は高かった。


「……ここまで、備えているか」


 そうした中、周囲を見回しレドは呟く。既に剣を抜き、俺と対峙し臨戦態勢。横にいるジャックも同じようにこちらと向かい合っているが剣は半ばから折れ……いや、再生させた。どうやら魔力で生み出すタイプらしい。


「気付くことができなかった。それが敗因のようだな」

「人間ごときが、なんて思わないのか?」

「当然思っているさ……とはいえ、ここで怒りに任せ剣を振るっても勝てないとわかっているだけだ」


 思考を冷静に……そして、俺達をどう始末するか考えているようだ。

 俺の横にセレンがやってくる。カイムやヴィオンもそれに追随し、因縁のある面子で仕留めるとレドは察したのだろう、口の端に笑みを浮かべる。


「最後は見知った者の手で、というわけか。それもまた一興か」

「諦めるのか?」

「まさか。状況的に、こちらが勝てる道理はどうやらなさそうだが、まだ手はある」


 刹那、レドとジャックは同時に後退した。さらに魔力を発して……それにより、周囲にいた魔族や魔物達が相次いで動きを変えた。

 どうやら魔力によって何かしら指示を出した。俺はさらに魔力を高めてレド達へ肉薄する。間合いに入れて剣を一閃し――それは今度こそレドの体を捉えた。


 だが、剣が体を通過しても何も起こらない……偽物かと考えたが、俺はすぐに間合いの外にレドがいることに気付く。幻術によるすり替えか……!


「目を欺くことは容易い」


 レドはそう叫びながら立ち止まる。周囲には指示を受けて集結した魔族や魔物。俺は反射的に足を止め、剣を構え直す。

 騎士エルマを始めとして味方が少しずつ魔族達へにじり寄る。既に敵は相当な数を減らし、今はレドとジャックを中心に布陣してこちらへ魔力による威嚇をしているような状況。結界を破壊し逃げるくらいしか、もう手段はないと思うのだが――


「……仕方があるまいな」


 レドは懐から何かを取り出す。それが何なのか把握するより前に、俺は足を踏み出した。

 敵はどうやら奥の手を持っている。なら、それを使う前に――渾身の一振りで、始末すればいい。そう判断し俺は魔力を一気に刀身へ収束させ、剣を放とうとしたが……寸前で止まった。


 なぜならレドの周辺に渦巻く魔力が、明らかに普通の魔族とは異なるものであったためだ。


「これで、終わらせよう」


 俺はそこで気付いた。集結した魔族達の顔も、異変を察して何事かとレドを見ている。さらに言えば、魔物達も鳴き声を発し、何かを警戒している。どうやらこれは魔族達で情報が共有されている技法ではないらしい。

 しかし、レドはそれを切り札として……おそらく、魔王から何か教えられたか、あるいは――


「人間ども、覚悟しろ」


 変化は一瞬だった。レドの周囲にいた魔族や魔物が、突如白い光に包まれた。俺達が瞠目している間に、光はさらに強くなり――同時、魔族の悲鳴と思しき声が聞こえてきた。

 何をしている……!? 俺が注視していると、光の中にあるレドの魔力に変化が。突如、肥大し始めた。そればかりではなく、ジャックもまた……その代わり、周辺にいる魔物や魔族達の気配を消失している。これが意味するのは――


「おいおい、マジかよ」


 と、ギルジアが俺達へ近寄り、声を上げた。


「魔王がこの技術を渡したのなら……無茶苦茶もいいところだ」

「これが……切り札だというのか?」


 俺も何が起こっているのか理解しつつ言及すると、


「最後の秘策、ってところじゃないか? さすがにこんな技法、いかに同胞とはいえ許されるものじゃないだろう。何せ一方的に……力を――」


 光が突然消えた。魔族や魔物はレドとジャックを除いて、その存在が元々なかったかのように、消え失せていた。


「――取り込む技術か。同胞である魔族ですら食らう……もはや、何がしたいのか理解できないな」

『……意味など、人間にわかるはずもない』


 くぐもった、さらに響くレドの声。その姿は一変し、全身を漆黒の鎧で覆っている。

 それはジャックも同じだが、決定的に違うのはレドの方が洗練されたフォルムをしているのに対し、ジャックは体中に刃が生えているような、ずいぶんと威圧的な姿となっていた。


『この技術は陛下から賜ったもの。そしてこの技術を知ったことで、全てを理解した。陛下の目的を』

「それを教えてくれるわけにはいかないか?」

『断る。欲しくば無理矢理聞き出せ……まあ、そんなことを考えても仕方がないぞ。なぜなら――』

「自分達が俺達を始末するから、ってわけだな」


 ギルジアはそう述べると、魔力を刀身へ収束させた。


「騎士エルマ、あの二人を逃がさないよう注力してくれ」

「……わかりました」


 あっさりと従うエルマ。彼女もわかっているのだろう。強大な力を手にしたレド達に対抗できるのは、俺やギルジアくらいだと。


『では、始めようか……望み通り、因縁を終わらせてやる!』


 宣言と同時、レドとジャックは駆け――俺達もまた、それに対抗すべく走り始めた。


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