因縁に決着を
因縁の相手がいるということを報告すると、ギルジアは一つ見解を述べた。
「ウィンベル王国との戦いにおいて、重要な役回りを任されていたと」
「ああ。人間社会に入り込んでいたということで、内側から攻撃を仕掛けてきた」
「……魔族ブルーによれば」
と、騎士エルマが声を上げる。
「人間の社会に入りスパイ行為を行う存在は、魔王にとっても重要な部下とのことです」
「重要な……?」
「長期間活動する上で、ある程度の能力が必要としますし、何より忠誠心のある者でなければ、務まりませんからね」
「ふむ、単なる威力偵察という雰囲気ではなさそうだな」
ギルジアが断じる。その言葉に近くにいたセレンも頷いていた。
「そうだね。ただ、単純に王都へ攻め込むという雰囲気でもなさそう」
「……何か根拠が?」
こちらが問い返すと、当然とばかりにセレンは頷いた。
「魔物の質なんかを調べていたんだけど、強いのは間違いない。でも、正直王都へ攻め込むにしても……という雰囲気だった。それは攻撃力の高い個体よりも、機動性を重視した魔物が多かったから」
「強襲する場合、当然ながら魔物は素早い方がいいけど、町を攻撃するにしても……ってことか。そうすると――」
「魔族ブルーが狙いなのかもしれません」
騎士エルマが告げる。なるほど、奇襲により裏切り者の粛清を行う……それなら理屈もつけられる。
「重要な技術を持っている、あるいは始末しなければならない理由がある……可能性は色々とありますが、魔王が人間社会に潜ませるような部下を用いて攻撃するわけですから、何か重要な役目であることは間違いありません」
「魔族ブルーを……か。これ以上技術を渡したくなかったとか?」
「そうであれば、裏切った当初に動いてもおかしくないでしょう……魔族ブルーの動向については、もし国内にスパイがいれば見つかっていた可能性は高いですし。そもそも、魔王であれば気配を察知できたでしょう」
「とすると、敵の狙いは――」
俺の言葉に騎士エルマはやや沈黙を置いた後、告げる。
「魔族ブルーに用がある……家柄的な意味かもしれませんし、あるいは彼が人間側に与することで、不都合になると判明したか」
「なんにせよ、裏切り者の粛正って可能性が高そうだな……で、機動性の高い魔物ばかりだとしたら、戦う際に逃げられると面倒だな」
「そこは既に準備はできています。魔物一体逃すことなく、倒しましょう」
エルマは自信ありげに言う……幻術魔法がしっかり機能していることを考えれば、自分たちの技術が通用すると確信している。実際その通りだろうし、レドやジャックですら察知していないことを踏まえると、魔族でもそれこそ魔王やその幹部クラスじゃないと気づけないレベルかもしれない。
「そのレドとジャックというのは、どうする?」
ここでギルジアが問い掛けてくる。
「そっちで決着をつけるか? それとも、戦いの中で誰かが仕留めるか?」
「……因縁に執着するならカイムになるかもしれないが、さっき尋ねたら自分の手で、とまでは考えていないらしい」
カイムはどのように考えているのか……気にはなったが、深く言及はしていない。
俺は一度レドとジャックのことを思い浮かべた後……ギルジアへ述べる。
「……あの二人が今回魔族や魔物を率いているというのなら、俺が倒す」
「わかった。なら任せるぜ」
あっさりとギルジアは言う……その後、着々と準備は進み、俺達は移動を開始した。
幻術魔法を用いて、俺達と魔族や魔物を隔てる森へ足を踏み込む。とはいえそれほど深く生い茂っているわけではないし、厚みもないためそれほど時間も掛からず敵部隊へ接近することに成功。
幻術で見えていないとはいえ、堂々としているのは……ということで、木々の陰から顔を出して様子を窺う。多数の魔物を、魔族達が率いているような構図だった。
その中でレドとジャックは、魔族に直接指示を出している……どうやら指揮官としての役割を果たしているようだ。
「……因縁がある以上、可能なら話し合いたいところか?」
ふいにギルジアが問い掛けてくる。その提案は、多少なりとも魅力的ではあった。訊きたいことは、確かにある。
ただ、それでは……俺はカイムを見た。相手もこちらを見ていたが、小さく首を横に振った。
「……いや、作戦遂行を優先する」
「なら、そっちはレドとジャックという二人を速攻で倒す。指揮官みたいだから、それで敵も動揺するはずだ」
「わかった……セレン、ついてきてくれ」
「うん」
「カイムとヴィオンには援護を頼みたい」
「任せろ」
剣を抜き、ヴィオンは応じる。それと共に、兵士や騎士、他の勇者もまた武器を手に取り、戦闘態勢に入る。
「……合図と共に仕掛けます」
騎士エルマが言う。それと共に全身に力が入った。
タイミングを見計らっているようだが……ふむ、レドやジャック以外にも、魔族へ指示を出す存在がいる。たぶん騎士エルマはそちらへ攻撃を仕掛けるため、絶好の機会を待っている。
俺は一度周囲を見回す。魔族達は準備を進めているようだが……ただそれは、進軍しようというわけではない。魔物の連携を確認でもしているのだろうか。
「動きからすると、すぐさま王都を襲撃するわけじゃない。ということは、やっぱり俺達が魔王のところへ向かってから……」
「だろうな」
魔族ブルーを倒すため……なのか? 理由はわからないが、ともかく相手方は着々と準備を進めている。
敵の戦力から考えて、王都を襲撃するにしても混乱は生むが町が崩壊する可能性は低そうだ。巨大な魔物や相当な攻撃力を持つ個体よりは、セレンの言った通り機動性を重視しているような雰囲気がある。俺達が出発し、戻ることができないタイミングで王都を攻撃を仕掛け目的を果たす……元々のプランとしては、そのようなものだろうか?
色々と頭の中で考えていた時、騎士エルマの気配が変わった。どうやらいよいよらしい。
「……武運を祈ります」
騎士エルマはそう告げた後、号令を掛けた――
「攻撃、開始!」
声と共に、俺達は一斉に動き出す。そして魔力をみなぎらせると共に、幻術魔法が弾け飛び……戦闘が始まった。




