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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第二章

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思わぬ敵

 魔族ブルーが考案した幻術魔法により、俺達は馬車を接近させても魔王軍からは気付かれなかった。やがて敵軍がいる盆地に入り、馬車を停泊させる。

 多少距離があるにしても、馬車を停泊させる位置としてはかなり危ないのだが……ここで幻術魔法を展開。周囲の大気と魔力を同化させて、敵の目を欺く特性があるらしい。


「大丈夫なのか、これ……?」


 俺は疑問を口にするが……敵に変化はまったくない。魔法を行使しても魔族達は気付く素振りすらないのが驚きだが――


「問題はありませんよ」


 騎士エルマはそう答え、馬車が止まると彼女は外へ出た。そして馬車に乗ってきた兵士と騎士に指示を出し始める。

 馬車から降りて肉眼で距離を確認するが、盆地内に生える木々の向こう……その隙間から魔物や魔族の姿が見える。ただ、それはあくまで影……夜なので敵の姿を克明に捉えているわけではない。魔族達が明かりを用いていなければ、確認することはできないだろう。

 障害物に阻まれ、魔物や魔族達はまだ距離がある……とはいえ、幻術がなければ視線を巡らせるだけでこちらのことが見えるのは間違いない。だが魔法によって相手は一切察していない。


「とんでもない技術だな」


 ギルジアはそう述べた後、大きくのびをした。


「こうして会話もできるとは……さらに近づく場合は、個別に魔法を用いて、ってところか」

「奇襲にも退却にも使えそうだな」

「ああ。ただ問題は、これを魔王のいる拠点で行使して通用するかどうかだ」


 その言葉に俺は沈黙する……これがきちんと機能すれば、魔王との戦いで大きな助けになる。だが、


「ま、この辺りは技術力を信じるしかないな。ただ、俺達は最悪なことも想定して動くべきだ」


 言いながらギルジアは魔族達がいる方角へ目を向ける。


「まだ露見していない……少なくとも、魔王を除く魔族にとってもこの魔法は通用しているが、何が起きないとも限らない」


 俺はそこで今回の作戦に帯同する兵士や騎士の動きに注目。彼らはどうやら見張りをするらしいが、思わぬ行動に出た。魔法の範囲内で持っている武器を地面に突き立てる。


「あれは……?」

「魔法の強化です」


 と、指示を追えたエルマが戻ってきた。


「単なる幻術魔法では、何かの拍子で構築にほころびが出てしまう可能性があります。しかし、兵士や騎士が魔法効果範囲で地面や大気に魔力を付与すれば、隠蔽強度が高まります」

「……あの魔力は、武具から?」

「はい。開発した武具については、魔石などを利用して魔力を増幅させる機能があります。この規模の幻術魔法であれば、現在いる騎士や兵士の半分程度で維持できますし、敵に見つかることもないでしょう」


 ……兵士と騎士の人数は作戦上、多くない。しかしそれでも、大気と結びつく魔法の維持が容易となれば、身につけている武具が非常に強力ということだろう。


「魔物達の動向はこちらが観察します。休息し、決戦に備えてください」


 指示を受けて俺達は一度馬車に戻る。いつのまにかギルジアも戻ってきており、腕を組んで眠っていた。

 俺も少し眠るか……そう思いながら俯き目をつむる。外でセレンの声がしていたが、呼び止めたのはエルマだろうか? まあ、彼女もすぐに戻ってくるだろう。


 疲労感は、正直それほどないし、いざとなれば体力を維持する薬でも飲めば戦闘は問題がないし、支障が出る可能性はゼロだが……幾度が浅い眠りを繰り返し、やがて意識が一度遠のいた後、俺はセレンに声を掛けられた。


「アシル、大丈夫?」

「……時間か」


 横目に映る窓の外がずいぶん明るくなっているのを認識し、俺は馬車を出る。隠蔽魔法は十分機能し、少しずつ白くなっていく世界の中で、勇者や騎士が決戦の準備を始めている。

 兵士達は何やら騎士エルマと相談しているが……おそらく、ここで何かを試すつもりなのだろう。実際、俺達が移動してきた馬車も、隠蔽魔法も、得てきた技術が本当に機能しているかの確認という意味合いがあったはず。騎士エルマがどれだけこうした技術を信頼していたのか不明だが、少なくとも国の人間は成果が通用すると考え、ここまで来た。


 そして、率いてきた騎士や兵士が準備をしているのは……もしかすると、魔王に対する攻撃手段だろうか?


「準備はよさそうだな」


 ギルジアの声だ。俺は小さく頷きつつ、横手にやってきた彼へ視線を送る。


「なあ、騎士エルマ達の準備をどう見る?」

「どうも何も、国は国で魔族を倒すための算段を立てているだけだろ。勇者達と連携……というのが難しい現状、最悪自分達だけで魔物と魔族を殲滅しなければならない」

「得た技術なら、それも可能だと?」

「俺達に対し信頼を置いているのは事実だろうが、さすがにそれだけでここまで少数精鋭の奇襲を仕掛けるわけじゃないだろ」

「それもそうか……だとすれば、この戦いで切り札を見れるかもしれないわけだが……」


 俺はそこで言葉を止めた。ギルジアは何が言いたいのかわかる、という風に俺へ首を向ける。


「敵にこうした技術があること……それがバレたら面倒になるかもしれない、だろ?」

「……馬車や隠蔽魔法については、それほど心配いらないと思っている。問題は、攻撃魔法についてだ」

「まあそうだな。魔王の拠点がどういう場所かわからないが、魔法を使って勢力圏を広げていくとか、物理的に兵士や騎士を使って拠点を確保するとか、こうした馬車を使わずとも、退却の手段は確保できるし、奇襲なんかもやり方は色々あるだろ。だが、攻撃魔法……それも切り札が解析されると、厄介な話になる」

「もしかして、この戦いそのものが威力偵察という可能性もあるのか?」


 俺の疑問にギルジアは沈黙する。

 威力偵察……つまり、こちらの戦力などをある程度把握するべく、魔王は魔族を派遣した。こちらが攻撃を仕掛けることは向こうもわかっているはずで、だからこそ――


「その辺りは、正直わからんな」


 ギルジアはそう答えた後、小さく肩をすくめた。


「ただ、そういう目的だとするとここにいる魔族達は捨て石も同然という見方もできるが」

「戦力を分析するための駒だからな。可能であれば敵の戦力についても詳しく分析したいが、さすがにそれは――」


 その時、俺の横にカイムが来た。しかも一点を凝視しており、何か発見した様子。


「アシル……」

「どうした――」


 俺が声を掛けた時、こちらも気付いた。まだ距離のある魔族の軍勢……その中に、見覚えのある存在を発見した。


「レドと、ジャックか……」


 まさか、こんなところで……そういう考えを抱きつつ、俺は無意識に体に力が入った。


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