最後の砦
その日の午後には魔族ブルーの分析結果が出た。結論から言えば少数精鋭であっても打倒できる――ギルジアはそう結論づけ、騎士エルマも勝算があるのではないか、と判断した。
よって、ギルジアの提案通り動くことに……それは魔王討伐の準備と同時並行に行われ、なおかつ相手に気取られるより先に仕掛ける電撃戦――
「よし、それじゃあ行くとするか」
そうギルジアが言ったのは、その日の夜……半日足らずで支度を済ませ、俺達は出発することになった。
夜通し移動して、明朝に襲撃を行うという形で手はずは決まった。人選についてはギルジアや騎士エルマが率先して行ったのだが……その中には仲間であるカイムやヴィオンもいる。
作戦を聞いて二人も驚いた様子だったが、この作戦に組み込まれるってことで、やる気を見せていた。相応に危険度が高い仕事だが、招集された他の者達も、全員烈気をみなぎらせている。
移動は馬車を使う……俊足かつ、防音の魔法を施した特別仕様だ。馬自体にも強化を行っており、通常を驚くほど超える速度を出すことができる。俺はギルジアに彼の従者であるシェノン。セレン、そして騎士エルマと同乗することになったのだが……窓の外で流れる景色は、目を丸くするほどあっという間に過ぎていく。
「これで音がしないんだから、無茶苦茶だな」
苦笑するギルジア。すると騎士エルマは、
「相当な費用が掛かっていますし、役だってもらわなければ」
「費用か……」
呟きながらギルジアは馬車を見回す。
「内装自体はシンプルだが、魔力を弾く素材だな……この馬車一つで、家とか建つんじゃないか?」
「はい、まさしく……いえ、防音魔法を考慮すれば、相当広い家が、ですね」
それほどの強化を馬車に……何の目的で、と思っていたらエルマから答えがやってきた。
「元々この馬車は、魔王との戦いに際し用意されていた物です」
「魔王の……?」
「はい。どういった戦況になるかわからない以上、移動手段の強化は急務でした。攻め込む場合も、退却する場合においても……よって、相手に露見されず、奇襲もできる馬車が制作されたというわけです」
「――ちょっと待って」
と、セレンが小さく手を挙げた。
「こんな馬車、一朝一夕で作れるはずがないけど……どれほどの制作期間が?」
「数ヶ月、ですね。魔族ブルーが加わり、魔族の技術なども得たことで、エルディアト王国の魔法技術もかなり向上しました。その成果の一つが、この馬車というわけです」
なるほど……エルディアト王国はそれこそ、人類における最後の砦……それだけの技術の結集もあるというわけだ。
もしこの国が負けたら、おそらく人類は魔王グラーギウスによって滅ぼされる……そんな予感さえある。
「今回、このような形でお披露目となりましたが……」
「他にも考案した技術が?」
さらにセレンが問い掛けるとエルマは「はい」と丁寧に応じた。
「魔王との戦いで、有効に使われるでしょう……ただし、それが魔王グラーギウスに通用するかは未知数ですが」
おそらく、騎士どころか一兵卒に至るまで、強力な装備を開発したのだろう。個々の戦力アップが必要だったから、武装で強くなるのは当然だが……肝心の魔王に通用するかは、戦ってみないとわからない。
俺は月明かりで照らされる街道を眺める。夜でありわかりにくいが、とんでもない速度が出ているのは、車輪の音からも容易に想像できる。室内に入っていれば馬車の動く音が聞こえてくるが、周囲には遮音魔法によってまったく聞こえていないはず。
「……騎士エルマも、戦闘に参加するのか?」
ギルジアがふいに問い掛ける。今回、騎士の代表として彼女も加わったわけだが、
「私は兵と騎士の指揮を受け持ちます。皆様は……勇者の方々は自由に動いて頂いて構いません」
「いいのか?」
「こちらはまだまだ勇者について知らないことも多いですから、命令により動きを制限してしまうのはまずいとの判断です。交流を通じてある程度能力については教えてもらっていますが、知識と実戦では大きく違いますし、指示については止めておくのが無難でしょう」
「この戦いを通じて、その辺りの問題も少しは解消したいところだな」
ギルジアが言うとエルマは頷く。
今回帯同した勇者達は、国側と良好な関係を築きたい面々ばかり。まずはそういった勇者達を集めて連携を確認する……魔王との戦いを考えれば、ベストな選抜だろう。
まあ魔王との戦いに気を向けてしまい、今回の戦いが戦力不足で負けるとかは絶対に避けなければならないけど……そこは分析を信用するしかないか。いざとなれば、俺が――
「おお、ずいぶんと早く近づいているな」
ギルジアが言う。正面の窓へ目を向ければば、月明かりで輪郭しか見えないのだが、目的地の山が確実に近づいていた。
「この調子なら夜明け前にたどり着けるな……早く着いた場合はどうするんだ?」
「一度馬車を停泊させ、休息をとりましょう。現在、私は遠見魔法を用いて敵を観察している王都の人間と連絡がとれます。逐一状況を確認し、現状では気取られていませんので、少しくらい体を休めることができるでしょう」
「で、夜明け前くらいに攻撃すると」
「はい。夜襲というのは相手が魔族であることを考慮するとあまり意味はないですからね。視界の確保ができるくらいの時間帯に攻撃したいところです――」
そこから深夜の時間帯に入り、馬車は山を登り始めた……明らかにおかしい表現なのだが、実際に馬は坂道を余裕で上がっていくのだ。強化魔法があるし、このくらいはできるって話なんだろうけど……乗っている俺達からしても、驚愕である。
急勾配の山ならこういった方法はとれない。なだらかな坂があるからこそだけど……そうして俺達は移動を重ね、とうとう魔族達のいる場所を発見した。
隠蔽魔法もあって俺達のことは気づかれていない様子。山岳地帯にある盆地……そういった場所に、多数の魔物が列を成して控えていた。
まさしく、魔王軍……敵を見た時、自然と力が入る。いよいよ、魔王グラーギウスとの本格的な戦いが、始まろうとしていた。




