英雄の苦悩
「わざわざこうして話をするくらいだ。よほどのことがあるんだろうけど……聞ける範囲で事情を聞いてもいいか?」
「ああ、いいぜ。といっても大した話じゃない。単に故郷が焼かれたから、仕返ししてやろうって話だ」
こんな軽く言うような内容じゃない……固まっているとギルジアは笑い始めた。
「まあまあ、そんな重く受け止めるな」
「いや……なんというか……」
「だいぶ昔の話だからな。なんというか、復讐というよりはやり残したことを果たす、って感じだな」
「……どういうことだ?」
「魔族、と聞いて君はどう考える? やはり、敵であり排除せねばならない存在か?」
問われ、俺は一考する……とはいえ、答えについては決まっていた。
「……ウィンベル王国は、常に魔王という脅威にさらされ続けてきた」
「ああ」
「そういう国の出身者だから、言うけど……ギルジアの言う通り、排除しなければならない敵だ」
「そうか……確かに、そういう考えを抱いている人間が大半だし、至極当然だろう」
「ギルジアは……違うのか? 故郷を焼かれたのに?」
「――半分、俺のせいでもあるからな」
さらに重い話になった。俺が沈黙するとギルジアは再度笑う。
「いいぜ、話そうか」
「お茶でも持ってくるか?」
「必要ない。時間も掛からないさ……さすがに聞いたことないだろうから具体的な名称は省くが、俺は結構な田舎出身でね。辺境の王国のドがつくほどの田舎……そこが俺の故郷だった」
俺はただ、彼の話を聞き続けるしかない。
「で、その故郷は……言ってみれば魔族のすみかに近かった」
「近かった?」
「山一つ向こう、というレベルだな。ド田舎だから当然常駐する騎士なんてのがいるわけもない。精々魔族が動いていないかを確認する自警団を若い人間が組織していたくらいだ。でも、奇跡的に俺達は平穏に暮らしていた……そうやってその村は、何代にもわたってその地に根を下ろしていたわけだ」
「なぜ……魔族は攻撃をしなかった?」
「聞いた話によると、契約があったらしい」
「契約?」
「魔族側は、村を狙わない。そして村側は拠点のある周辺に立ち入らない……村を作った人間がそういう風に魔族と契約を行った。あいつらは契約というものに律儀だからな。それによって、平和だったわけだ」
――俺は修行によって強くなったわけだが、それは次元の悪魔によるルールの裏をかく形だった。ある種俺と悪魔とで契約が交わされ、そのルールに基づいて異空間が形成されていたと考えることができる。
おそらくギルジアの話はそういう類いのものだろう……どういう経緯で契約をしたか不明だし、それでよく村を存続できたと思うところだが――
「俺自身、村で過ごしていた時はなんとも思わなかったさ。魔族がいるという話だって、確かに見るけどあれが人間を滅ぼす存在と同じなのかと疑うくらいだった」
「……でも、それは一変してしまった」
「そうだ。きっかけは、俺が出会ったとある魔族だ」
魔族と……こちらが沈黙すると、ギルジアは話し始める。
「俺と同年齢くらいの子供の魔族だった。森の中を散策していた時、偶然出会って交流した。同年代の子供がいなかったから、俺としては気兼ねなく話ができる良い友人だった」
「その友人が……?」
「そういうことだ。経緯を説明すると、だ。そいつは普段から強くなりたいと考えていた。魔族が住まう拠点で鍛練を重ね、いずれ拠点の主になると。そこにいた魔族は、元々征服欲なんてものが希薄だったんだろうな。自らの居城を守り、領域を確保するばかりで侵略はしなかった。魔族の詳細についてはあまりわかっていないが、もしかすると魔族間の戦争により辺境に追いやられた存在だったのかもしれん」
「平和主義者かどうかはわからないけど、少なくとも人間を襲うようなことはしなかったと」
「そういうことだ……状況が一変したのは、友人の魔族が拠点の主となった時からだ。もっと世界を見たい……そう思った友人は、外界とコンタクトをとった。そして出会ったわけだ……魔王グラーギウスと」
俺は黙し、ギルジアを見据える。いよいよ話はクライマックスに差し掛かった。
「そこからは、あっという間の出来事……だったな。おそらくグラーギウスは友人の魔族と契約を交わし、周辺にある人里を容赦なく叩き潰した。その中には当然、俺の故郷も含まれていた」
「……話を聞くに、魔族である友人の暴走だろ? 半分自分のせいだと言ったけど――」
「力を手にしたいという願望を、友人ははばかることなく口にしていた。それに俺も同調した。拠点の主となり、やがて魔族として名を残す――それはつまり、人間社会への攻撃を意味する。俺という存在はいたが、結局奴は力を手に入れることを選んだ。その選択に対し、俺の言葉が多少なりとも寄与したのは疑いようのない事実だ」
……簡潔に語っているが、間違いなく相当な苦悩が存在している。ギルジアがどこか自嘲的に笑っているのを見て、俺はそんな風に思った。
「だから、自分自身で決着を……そう考えたわけだ。理解してもらえたか?」
「あ、ああ……けど、いつ出てくるかわからない。どうやって――」
「確実に戦えるようにするか、だな? そんな難しい話じゃないさ。さっきも言った通り特徴を教えるから、現れたり見つけたりしたら俺へ優先的に情報を提供して欲しいというわけだ」
「わかった……」
俺は頷く。というより、そういう風に答えることしかできなかった。
きっと、ギルジアはこの戦いに相当入れ込んでいる……魔王グラーギウスと対峙していることもそうだが、他に理由がある……俺としても交流を重ね、彼の要求を受け入れる考えではある。よって、
「伝える手段を構築しておく必要性があるかな?」
「そこまでしなくてもいいぜ?」
「いや、やらせて欲しい……でも、危険だと思ったら割って入るぞ。大切な戦力であり、魔王との戦いにおいて重要な人間だからな」
「ま、その辺りはさすがに仕方がないよな」
笑うギルジア……その顔には、どこか寂しさのようなものが、確かに存在していた。




