彼女の報酬
「アシルが言った通り、魔王グラーギウスを倒したとしても、全てが解決したわけじゃない。だから騎士として、今後も戦っていく……でも同時に、本当にそれでいいのかって思っている自分がいる」
「……どうして?」
「アシルは旅を続けるって言ったよね? そして自らの力を使って……人々を救い続けることになる」
「どこかで大暴れするなんて可能性だってあるぞ?」
「アシルがそんな風にする姿は想像できないけど?」
その言葉に俺は肩をすくめる。まあ実際、そんなことをする気もない。
力を手に入れれば……人によっては増長する。この国に招待された人間の中にも、その力で思う存分勇者として功績を残し、また同時に破天荒ぶりを発揮している人だっているだろう。けれど俺はそうしなかった。小心者のような性格が、二千年という修行を経ても変わらなかったという点も大きい。これは俺自身が極めて特殊な形で強くなったからだと理由付けはできる。
「とにかく、アシルは世界の色んな人を救い続ける……私さ、この場所に来て、自分が剣を振るう場所は他にあるのかもしれないって思い始めたの。ウィンベル王国の人にとっては申し訳ないけど――」
「いや、いいんじゃないか」
俺の言葉に、セレンは俺へと首を向けた。
「その、ひいき目に見たとしても、セレンは今回招待された人間の中で秀でた力を持っている……セレン自身がどう思っているかわからないけど、それは確かだ。だから、力を存分に発揮できる場所……それを探したりするっていうのも、選択肢としてはありだと思う」
「……騎士としての地位を捨てても?」
「これは俺の勝手な想像だけど……例えセレンが騎士を辞めても、間違いなくみんな笑顔で送り出してくれるさ。もちろん残念がる人だっているだろうけど、決して怨嗟の声が生まれることはない」
魔王との戦いに勝利し、凱旋し……その結果、見識を広げたいとして騎士を辞めても、快く受理してくれるだろう。引き留める人はいるだろうけど、セレンにとってそれが報酬であったとしたら、多くの人が納得してくれる。
「だからさ、その辺りのことで不安になる必要はない……大切なのは、セレンがどうしたいのか、だろ?」
「私が……」
「ウィンベル王国の人が……例えばの話、ジウルードさんとしてはどういう選択をするのであれ、セレンが後悔するようなことはして欲しくないと思うんじゃないか?」
これは間違いないと思う。セレンも同じ見解なのか、こちらの言葉に小さく頷いている。
「だから、セレンは悩んで最終的に自分が一番望んでいることを選べばいい。俺と同じで、セレンはどんな道を選んだとしても人々を救うために動くだろう。だから……ウィンベル王国の人は、祝福してくれるさ」
「……そう、かな」
返答しながら、セレンは景色を眺める。俺もまた町へ目を向けた。風が体を撫で、沈黙が生じる。とはいえそれは重苦しいものではなかった。
「……わかった」
やがて、セレンは呟いた。俺が視線を向けると、彼女と目が合う。
「私のしたいように……ってことか」
「そういうこと。答えは出たか?」
「一応、ね」
セレンは小さく笑みを浮かべ……やがて景色に対し背を向けた。
「そろそろ、帰ろっか」
「ああ」
彼女は一歩先へ進み、俺が後を追うべく歩こうとした……その時、少し強い風が吹いた。
体を撫でるのではなく、体を打つと表現するような風。反射的に立ち止まり、気づけばセレンもまた立ち止まって俺の方を向いていた。
「――どうし」
俺が問おうとした時、彼女の口が動いた。ただそれは、強い風が横から吹き抜けたため……そしてセレンの声自体がそれほど大きくなかったが故に、うまく聞き取れなかった。
けれど、それは……セレンは笑うと同時に俺に背を向け歩き出す。それに対し俺は追随し……城へと戻ることになった。
夜、俺は部屋の中椅子に座り一人窓を眺めていた……思い返すのは今日の出来事。リフレッシュしたし、何よりセレンの色々な表情を見れたのは楽しかった。
そして――と、ふいにノックの音が舞い込んだ。こんな夜更けに誰だと思いながら扉に近寄り返事をすると、
「俺だよ」
ギルジアの声だった。何かあったかと扉を開けて招き入れる。
「こんな時間に悪いな」
「何かあったのか?」
思考は魔王との戦いに戻っている。そこで彼は小さく笑みを浮かべ、
「今日はどうだった?」
「……何か言いたいのか?」
「いや、単純に楽しめたのかと」
「まあ、な」
最後にセレンは……頭をかきながら返答しつつ、
「心身共にリフレッシュしたさ……で、用件は?」
「明日中に、魔王との戦いに関する情報が公表される。その中で君については自由に動いてもらうことが決まった」
「自由に?」
「力の大きさに制御しきれないとか、そういう話じゃない。単純に君の力を十全に扱うためには、あえて指示しない方が良いと考えたみたいだ」
俺の力を、か……まあそれならそれでいいけど。
「セレンはどうするんだ?」
「そこについて相談したい。まあ基本、組んで動くことになるとは思う」
「……彼女の実力は相当だ。でも、俺が前へ前へと進めば、当然彼女に危険が迫るだろう」
「そうだな。とはいえ君も無茶をしようとは思わないだろ?」
「ああ」
即答だった。俺は確かに他者を圧倒できるだけの力は持っているが、魔王グラーギウスについてはわからない。よって、国と連携して対応するように動くつもりではいる。
「俺の考えについては国側も理解しているはずだ。つまり、遊撃ってことだろ?」
「そういうことになる」
「別にわざわざこんな時間に言いに来なくてもいいんじゃないか?」
「それで、一つ相談したいことがある」
「相談?」
「俺は明日から色々と準備に追われるからな」
なるほど、ギルジアの都合ってことか……俺は納得し頷くと、彼は口を開いた。
「といっても、そんな大した話じゃない。とある魔族……そいつの特徴を教えるから、そいつだけは俺に戦わせてくれってだけだ」
「何か……因縁があるのか?」
「ああ」
頷くギルジア……その瞳には、執念のようなものを感じ取り……俺は、少し興味を抱き口を開いた。




