不思議な女性剣士
俺の攻撃により、ゴーレムは動きが止まってゆっくりと倒れ伏す。ズウン……と、洞窟内に土埃を巻き上げつつ盛大な音が生じた。そして傍らには助けた女性剣士。余計な手出しだっただろうかと思い視線を移すと、
「おおー」
パチパチパチ、と彼女が拍手をする。緊張感の欠片もないような所作である。
で、その姿なのだが……年齢は、俺と同程度か下くらいだろうか? 金髪を顔の左右にまとめ垂らしているのは確認できていたが、その顔立ちは……どこか幼さを残す、可憐な印象を受けるものだった。
形容すると美女とか美人というよりは美少女という表現が近い。剣士であるため、化粧っ気がまったくないにも関わらず肌は白くて瑞々しい。目鼻は整いなおかつ小さな唇が今は俺へ向け笑顔を見せる姿はとても魅力的だった。
容姿はともかくとして、髪型がやっぱり妙な印象を受ける。愛想を振りまくためにやっているようには……彼女の装備的にそうする要素がどこにもない。なんだか不思議だ。
体格は装備もあるので具体的なことは言えないが……これは女性らしい姿を覆い隠すために装備を身につけているのか。革鎧の上からでもわかる胸の膨らみに、戦士に見えないくらい腰が細い。身長はそれなりにあるため、普通の服を着たらとんでもなく映えるだろう。魅力というか雰囲気は完全に隠しきれていない。
この格好であっても、町を歩けば男性から声を掛けられること間違いなしだろうな……そうした感想を抱いた後、俺はなんとなく違和感を覚えた。それは別に目の前の女性が敵だとか、そういう悪い意味のものではなくて――
「ありがとう」
女性が声を上げる。耳にスッと入り染みこむようであり、何から何まで完璧だと俺は心の中で呟く。
「……放っておいても大丈夫だったよな?」
なんとなく尋ねてみると、彼女は小さく笑い、
「初めての敵だから、どんな動きをするかなーって思って」
出方を窺っていたというより、見定めていたってことか。俺は改めて彼女が握る剣を見た。鉄製で何の特徴もないのだが……腰に差しているもう一方の剣。そこからは、わずかに魔力を感じ取ることができた。
「わざわざ普通の剣で戦う必要ないんじゃないか?」
「まあまあ、様子見という感じだったし」
語っていることはたぶん本当だけど、なぜあんな風に戦っていたのかイマイチわからないな……と、思案する間に彼女は自己紹介をした。
「私はセレ=ミイン。あなたの名前は?」
「……アシル=ヴィードだ。呼び方はアシルでいい。さん付けとかもいらない」
「ん、わかった。なら私もセレでいいよ……えっと、他にお仲間は?」
「いないよ。そっちも一人みたいだな」
「うん。実力試しという感じで入り込んだんだけど……思った以上に進んじゃってたみたい」
再び笑う女性……セレ。なんだろう、ここまでいくと怪しむのも馬鹿馬鹿しい感じである。
少なくとも敵意はない。ただ一人でいることに加え、彼女の言動は妙……と、ここまで来て俺は彼女の姿で抱いた違和感の正体に気付いた。
彼女の装備……ごくごく一般的な剣士の旅装って感じなのだが、どれもこれも新調したやつだ。真新しく年季が入っていない。
唯一魔力を発する剣だけが年季の入っている物だ。うーん……例えば、どっかの流派に所属していた剣士が飛び出して冒険者デビューしたとか? なんだか無理矢理理由を考えているような気もするけど……。
まあいい、とりあえず話を進めよう。
「えっと、セレはまだ進む気でいるのか?」
「うん。そちらも進む気かな?」
「ああ。目当てはダンジョンの守護者じゃなくて財宝だけど」
実際のところ、それは誰かが吹聴した嘘なのか真実なのかは不明だが……もし本当なら当面の路銀を得るには十分だと思うし、それらがなくとも魔物から素材を得れば十分な旅費にはなるから、潜る価値はあった。
「それなら、同行してもいい?」
俺の言葉に対し、彼女は提案してきた。想定していなかった状況だけど……それならそれでいい。
「わかったが……何かヤバそうな気配があったら逃げるからな」
嘘である。ただ「悪魔まで倒すぞ」なんて告げても何言ってんだコイツみたいな感じになるのでやめておく。
というわけで、女性と行動する事になってしまったが……ま、こういうダンジョン探索もアリだろう。奇妙な遭遇を経て、俺はダンジョンの奥へと進み始めた。
さて、俺達は着々と下の階層へと進んでいくわけだが……セレについてさらに気になったことが出てきた。
魔物と幾度となく交戦し、彼女の戦いぶりを横で見ていたのだが、ずいぶんと慣れた様子だ。彼女いわく初めて見る魔物ばかりらしいのだが、それでも瞬時に動いて的確な対処を行っている。
これには二通りの解釈が存在する。一つは経験に裏打ちされた能力。初めて見る魔物であっても、その挙動で出方を察知することができる……らしい。これは剣の師匠の言だけど。
今の俺の場合は、能力により相手が行動に移すより先に剣戟を決めて片付けるか、能力の高さで強引に押し通るかの二択……魔物に対する知識はあるけど、実戦経験はこれからという段階なので、そういう風になっている。俺の場合は歪なケースだから例外だとして、彼女の場合はどうか。
魔物を見て直感的に動けるようになるには、それこそとんでもない数の敵と戦う必要がある。彼女の見た目からして、その可能性は低そうに見えるけど……もしそんな経験があるとすれば、幼少の頃から剣を握るくらいのことをしていそうだ。
二つ目は……このダンジョン、あるいはこの周辺に存在する魔物についてリサーチし、事前に情報を得ている。知識を基にして戦うというのは正当かつわかりやすい。
その情報源は、冒険者ギルドであったり、このダンジョンへ潜り込んだ経験者であったり……ただ、下層へ進むにつれて敵も変わっていく。あまりに特異な敵――次元の悪魔とかは異様な存在として話に出てくるが、例えば先ほど交戦したゴーレムの強化版みたいな敵であれば、似たタイプの敵として話題に上がるだけで、その特性までは明らかにならないのが普通である。
で、俺達はそんなゴーレムと交戦したのだが――
「ふっ!」
セレは的確にゴーレムへ剣を薙ぐ。先ほどとは異なり鉄の剣に魔力をまとわせている。彼女は所持する武器を強化して戦っているわけで……これは魔法ではない武術にある技法だ。
そしてゴーレムは関節などに攻撃を受けることによって拳の動きが鈍る。そこを突いてセレは――剣を頭部へ突き込んだ。
剣は正確に頭の中心へと穿たれ、見事魔力源を破壊することに成功。ゴーレムは倒れ伏した。
「よし、今度は倒せた」
笑顔で語るセレ。その顔に邪なものは見当たらない。
で、今の戦いぶりだが……似たゴーレムと戦ったという前提知識があるにしても、その動きは的確だった。知識だけを持っている場合ではこうも動くことはできないだろう。それに知識を生かすには相応の技量だって必要……結論としては、経験もあるし知識もあるということか。
ただやはり疑問がある。これほどの腕前なら、勇者として名を上げていてもおかしくないし、だったら俺の耳にも入っているはず。けれど――
「……あ、そうか」
一つだけ可能性を見出した。情報源と技量。その二つの疑問を解消する結論が。
幼少の頃から剣を握り、なおかつ知識も得られる……そういう風になり得る場所が一つだけ存在する。それは国の関係者――騎士団とかに所属している人間であれば、確かに可能性があるはずだった。