光の町
「セレンは……騎士だし国に帰るか」
魔王討伐後どうするか……俺の話が一段落したので、彼女へと話を振ってみる。とはいえ、結論は決まっているしそう話が広がるようなものでも――
「そうだね。でも、旅をするのも面白そうかな」
「おいおい……」
まさか騎士を辞めるのか? 疑問が口から出ようとした寸前、彼女は笑いながら答えた。
「魔王グラーギウスという存在が消えれば、ウィンベル王国としても敵がいなくなるわけで、騎士の価値も相対的に下がる。私のような人間だって出番が減るだろうし、今のうちに身の振り方を考えておいてもいいかな」
「ずいぶんと気が早いな。それに、魔王グラーギウスを倒したからといって魔物が消えたわけじゃない。まだまだセレンの活躍できる場所はあるさ」
それに……と、俺は一呼吸置いて、
「そもそも、セレンくらいの能力を持っている人間を、国が離すとは到底思えないけどな」
「そうかな?」
「名だたる勇者と共に戦う人間として呼ばれたくらいだぞ? いくら平和になって軍縮が進むとはいっても、さすがに軍隊がゼロになる、なんてことには絶対にならない。その中で特に秀でた人間くらいは、囲っておくのが普通だろ」
「話だけ聞くと、騎士として残ったら色んな仕事が舞い込んで激務になりそう」
……まあ、人が少なくなれば一人にのしかかる仕事量だって増えそうではあるけど。
「ま、戦いが終わったら考えようかな。でも、生活していくのを考えると騎士の方がいいんだよね」
「こんな戦いにまで加わったわけだし、報奨金とか出ないのか?」
「うーん、どうだろ。私はあくまでこの国に派遣されたという形で、ウィンベル王国はあんまり関与していないしなあ」
「そこは多少ゴネてもいいと思うんだよな……」
俺の言葉にセレンは笑いつつ、
「まあまあ、そこも戦いが終わってから考えるということで」
「そうだな……と、結局魔王云々に関わる話になっているな」
次に何を話そうか考えていると……セレンが何か言いたそうにしていることに気づいた。
「どうした?」
「あ、うん……その」
唐突に言葉が詰まる。眉をひそめていると、
「……アシルは」
「ああ、どうしたんだ?」
こちらを窺うような顔を示して……幾度か話そうか迷った節を見せ、
「ごめん、何でもない」
「いや、気になるんだけど」
「戦いが終わったら、話すかもしれない……ウィンベル王国のことじゃないよ。私が個人的に訊きたかったことだけど……」
「この場で尋ねてもいいんじゃないか?」
「そうだけど、止めとく」
彼女なりに何か考えがあるらしい。俺としては引き下がるセレンを説得するなんてできるはずもなく、ひとまず「わかった」と頷き会話は一度区切りがついた。
そこから食事を進め、店を出るという時に俺は一つ発言した。
「なあセレン、将来の展望とかあるか?」
「ん、どうしたの急に?」
「いや、根無し草で旅をするのはいいんだけど、俺自身手にした力を誰かに教えたりすることだってあるのかな、と。もし旅を終えてどこかの場所で落ち着くとしたら、そういう指導者という道があるのかな、とか思ったんだが」
「ずいぶんと気が早いなあ」
「そうかもしれないけどさ……魔王と戦った後、改めて考えるか」
結局、何か明確な答えがないまま俺達は外へ。
「午後はどうする?」
「まだ行っていない場所があるから、そっちを回りたいかなあ」
「ああ、いいよ。そういえば芸術に関する建物がたくさんある通りが近くにあったはず」
「お、それ良さそう。ちなみにアシルは、芸術とかに詳しい?」
「逆に質問するが、詳しそうに見えるか?」
「見えない」
即答だったので俺は苦笑し、文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが……結局やめた。
そこからは、町を歩きながら建物はどうだとか、人通りを見てどうだとか、雑談に興じた。ただ、引っかかった物言いをしていたセレンのことだけは気になったけど……美術館に辿り着いた時、その辺りのことは忘却してしまっていた。
俺達は昼からも町を巡り、満喫した。セレンは終始笑顔だったし、俺もなんだかんだで楽しかった。リフレッシュしたのは間違いなく、こうして出かけたことは良かったと思う。
そして、最後を締めくくるのは大通りからやや離れた公園。高台が存在しており、そこを上ると大通りを中心とした町並みが見えた。
「城壁の内側にこんな高台があるって面白いな」
「地形を利用して町を作った結果だって言ってた」
セレンが解説する。そこで俺は、
「誰かから聞いたのか?」
「エルマさんからね。町を巡って最後に訪れるのはここが良い、と勧められて」
なるほど……俺は町を見渡す。時刻は夕方を迎え、太陽が少しずつ沈んでいく。なおかつ光の色も徐々に茜色へと変化している。
そうした光に照らされた町は、とても綺麗だった。なおかつ大通りから発せられる音が風に乗ってここまで少しだけ聞こえてくる。
周囲に人影はなく、俺とセレンだけ。そこでふと彼女を見た。町を眺める横顔は、髪が風になびいていてまるで一枚の絵画のように美しかった。
茜色に照らされた彼女は……騎士でも、剣士でもなく、セレンという女性がそこに存在していた。それに少しどころじゃなくドキッとしつつも……どうにか感情が表に出ないようにした。
「……ねえ、アシル」
ふいに声を掛けてきた。もう少しタイミングが早かったら、間違いなく声がうわずっていただろう。
「どうした?」
「……私は、最初復讐のために剣を手に取った」
「それは聞いたな……でも今は違う」
「うん。騎士となって、色んな人達と出会って……私の力が、役に立てると知って、これからもずっと戦い続けようと思った」
俺は彼女の横顔を眺める。どこか物憂げで、可憐だった。
「魔王との戦いも、そうした決意を胸に戦っていた……それは今も変わっていないし、自分に何ができるのか。それを考え続けてる」
セレンは俺へ向き直る。何か……彼女が心の内を言う。だから俺は、真摯に向き合うために、彼女の瞳を見据え、じっと言葉を待った。




