世界の中心
「……は?」
出陣が近くなったその日、俺は相変わらず同じように朝、剣を振っているとセレンが話しかけてきた。
「せっかく異国に来ているわけだし、どうかなーと」
そして話しかけてきたセレンはそんなことを言う……こちらは彼女を見返すばかり。
朝、俺達は訓練場を訪れて剣を振るようにしていた。戦場で共に戦う以上、一緒に活動して呼吸を合わせられるようにするのは必須だったし、訓練もその一環だったわけだが、そんな折、彼女は俺に出かけないかと誘ってきたのだ。
「一日くらい……という意見もあるし、アシルの場合は無駄にはできないなんて思うかもしれないけど、おおよそ新たな技術も修練したし、この辺りで一息つかない? と誘ってみるのだけれど」
唐突で俺はキョトンとしてしまったのだが……まあ、確かに毎日毎日魔王に挑むために剣を振るだけでは張り合いがないかもしれない。セレンの言うことはもっともではある。
「ああ、いいんじゃないか?」
と、近くを通りがかったギルジアなんかが俺達の会話に割って入ってくる。
「出陣まで十日もない。それまでに可能な限り技術を体に馴染ませたいのはわかるが……休めるときに休んでおいた方がいいのも事実だ。今日くらいはどうだ?」
……俺は少し考える。ここに来て、確かに剣を振り続けることで疲れが溜まっているのも事実だった。二千年の修行によりどれだけ動いても疲れない体にはなっているが、それでも根を詰めたことによりパフォーマンスが落ちているのも事実。おそらく決戦が差し迫っているという余裕のなさも、拍車を掛けていることだろう。
むしろここで気分をリフレッシュさせた方が、後々良いかもしれない……と結論付け、俺は彼女の提案に乗っかることにした。
セレンはそれに対し嬉しそうに笑い、俺達は支度のために部屋へと戻る。なぜかギルジアが部屋にやってきて俺にいくらか服を押しつけた。旅装じゃなくて普通の格好をしろということらしい。
まあそれはそれでいいか……と、俺は渡された服に着替え、城を出る。門の付近でセレンは待っていた。
「やっほー」
彼女もまた着替えており、一般的な……スカートとか履いている姿をいまだかつて見たことがなかったので、なんというか、俺は一目見て動きを止めてしまった。
「む、何? そのあまりにも似合わないみたいな感じの視線は?」
「いや……単純に騎士姿ばっかり見ていたからな」
俺はそう返答するのがやっとだった。
改めてみると、髪色や髪型なども相まって非常に綺麗だった。正直、普通の衣服に着替えた姿は到底騎士には見えない。実は天才的な剣の使い手である……などと言われても嘘だと言われてしまうくらいの姿だ。
「さて、セレン。プランはあるのか?」
「騎士エルマから色々と聞いたからね」
まさかの。思わぬ人選で驚いていると、彼女は苦笑した。
「この国に入って一番親しくなったエルディアト王国の女性が彼女だったからね」
「ああ、なるほど……参考になったのか?」
「ま、色々と」
エルマもエルマで結構普通とは違うわけだが……まあいいや。ここで話をしていても始まらない。
俺はセレンに任せて町へ繰り出すことに……正直、予定にはなかったし観光という予定もなかったから、少し新鮮だ。
で、俺が町へ入って思ったことは……今まで訪れてきた町とは、大きく違っていた。エルディアト王国の武力を考えれば、それに伴う繁栄がある……ここは間違いなく他とは違う。そんなことを確信させる人通りと、大通りの姿だった。
「これが、現在の世界におけるもっとも栄えた町か……」
「ま、そういうことだね……城の誰かが言ってたよ。エルディアト王国こそ、世界の中心だって。その言葉については議論の余地はあるだろうけど、そう人々に言わせるほど、この国が栄えているのはわかる」
俺はセレンの言葉に頷いた。世界の中心……それを自負しているからこその、魔王討伐だろうか。
その辺りのことがなんとなく疑問に及んだので尋ねようか迷ったのだが……さすがに戦いの話だしなあと心の中で呟く。すると、
「あ、何か話したい感じ?」
「わかるのか?」
「魔王のことでしょ? 私は別にいいよ」
セレンは言ったので、俺はちょっと申し訳ないと思いつつも、
「じゃあ遠慮なく……魔王に挑むだけの力があることはわかる。でも、それをこの国が率先してやるというのは、誰が言い出したんだろうな? セレンは何か聞いているか?」
「王様が最終決定を下した、みたいな話はあったけどね……裏切った魔族が訪れたこと。そして、世界各地で魔王グラーギウスが暗躍しているという情報を、手にしていたこと。色々な要因があって、ならば自分達が――と、決断したって感じかな」
「魔王に支配されれば国が終わるから、戦おうというのはなんとなく理解はできるんだが、具体的な実害がまだあるわけじゃないだろ。むしろ本当に魔王が攻めてくるのか……と、疑う人だっていたはずだ。でもこの国の人は……」
俺は周囲を見回す。俺なりに城の人などとも接しているし、仲間のヴィオンやカイムからも話を聞いているが、どうやらこの国の人はエルディアト王国が魔王討伐へ挑むということを賛同している。
もちろん反対者だっているだろうけど、意見の大勢が戦うという答えだ……ここまで意思を統一させていることは、よくよく考えればとんでもない話だ。
「……ま、そこは王様とかが上手くやったんじゃない?」
セレンは言う。それで話が終わるのかと思うところではあるのだが……まあ疑問だからと言って答えはさすがに出ない。
「でも、アシルの言う通り異例な形ではあると思う」
ただ、セレンは俺の言葉に賛同した。
「何か裏がある……なんて言い方はあんまり良くないかもしれないけど、もしかするとこの戦いは最初から……」
「……セレン?」
「……さすがに、考えすぎかな。でも、なんというか不思議な部分が多いのは事実」
セレンは歯切れの悪い言葉を残した後、一度手をパンと叩いた。
「さて、魔王の話はいったん終わりにしない?」
「……そうだな」
俺はそこで思考を切り替える。そしてセレンと共に、大通りの中をゆっくりと進み始めた。




