全てを捨てた魔族
エルディアト王国を訪れ、現時点まで裏切りの魔族については会ってもいなかった。これは別に拒否していたわけではなく、単に今まで接する機会がなかっただけ。
俺はギルジアの助言を受け、魔族と会って話をすることになったのだが……彼は同行せず、代わりに俺とセレンが案内役の騎士エルマを伴い、城の端の方へと足を踏み入れていた。
「自分達が城の中心にいるのはまずいだろう、という配慮からです」
城の端っこに魔族がいる理由をエルマはそう説明した。
「魔王を倒した時、彼らは人間と深く接するつもりのようですね」
「そうなのか……その、彼らはどういう経緯で――」
「この国にいる理由を含め、そこは当事者に尋ねるのが一番でしょう」
エルマはそう答えると俺とセレンに笑みを浮かべた。
「先日の戦いを、どうやらのぞき見していたようで……あなたの実力については、しっかり認めています。魔王を倒せるかもしれない戦力である以上、相手も喋ってくれるでしょう」
――そんな説明を受けた後、俺とセレンは部屋に辿り着いた。エルマは「ではこれで」と告げるとこの場を立ち去る……俺達は互いに目を合わせた後、俺が代表してノックをする。
「どうぞ」
穏やかな男性の声が返ってきた。意を決し扉を開けると……そこは、様々な機具が置かれている研究室のような場所だった。
「ようこそ、戦士アシル、騎士セレン」
名は憶えているようだ……中へ入り相手の姿を確認する。
腰まで届くくらい長い黒髪を持つ白衣の男性だった。どこか几帳面そうで、なおかつ潔癖そうな印象を受ける……魔族、と言われなければ絶対に気づかないくらい、姿形は人と同じだった。
「えっと……」
「まず、自己紹介をしよう」
俺が口を開いた直後、それを遮るように相手は告げた。
「私の名はブルー……これは偽名だ。本名については正直名乗りたくはないし、その必要性もないな」
「……どういうことだ?」
疑問に対しブルーは肩をすくめる。
「私はなんというか、それなりの家柄でね。一応魔族にも何々の一族みたいな存在がいて、私もそういう意味では名門……と呼べるか怪しいけれど、まあ名が通っている家柄だ」
「貴族みたいなものか?」
「そう解釈してくれて構わない。で、だ。もし魔王の居城へ向かい、私のことを知る者や、同じ姓名の存在と遭遇したら……これから交流するんだ。少しくらい、剣の動きが鈍るかもしれないだろ? それは避けたい」
その言葉を聞いて、俺は全身に力を入れた。それは彼……魔族ブルーの覚悟を感じ取ったからだ。
なぜか――つまり、彼の一族が魔王の拠点にいる。彼はそうした親類すらも捨て、全てを滅ぼす覚悟でここにいるのだ。
「ああ、他にも同胞がこの城内にいるんだけど、今は国の研究者と一緒で戻っては来ないかな。ま、戦いが始まれば顔を合わせることになるだろう」
「そうか……で、まず質問は――」
「なぜ私を含め、魔王を裏切った魔族がいるのか、だね?」
――おそらく、初対面の人間に例外なく問われたのだろう。彼はずいぶんと流ちょうに、話し始める。
「端的に言えば、魔王グラーギウスのやり方に賛同しなかったためだ」
「賛同……しなかった?」
「魔族は全て主君となる魔王に服従している……というわけじゃない。私は純粋に、あの魔王のやり方には同意できず、反旗を翻した」
「……それは、どういうものだ?」
「魔王はある時、宣言した。この世界に存在する全ての者を支配すると」
「魔王の悲願ってやつか」
俺の言葉にブルーは小さく頷く。
「そうした説明は受けているようだね。ただ、その話には続きがある……悲願の過程で邪魔立てするものは根絶やしにしろと。反発する存在は、その全てを滅ぼせと」
「従わないのであれば殺せ、ってことか。人間同士の争いでもあり得ることだが……」
「確かに、この説明だけを受ければ……魔族は元々、神々と世界の覇権を争っていた。そして今は人間……支配権を奪うには戦う必要があったし、元々魔族と人間は反目していた以上、魔王の悲願そのものについては賛同する同胞は多かった。かくいう私もそうだ」
「でも、今は違う……」
「そうだね。では、なぜ考えが変わったのか……この辺りはエルマとかから聞いているのかい?」
俺とセレンは首を左右に振る。それで彼は小さく頷き、
「わかった。おそらく私達魔族が自発的に話すことに任せたのだろう……私が裏切った理由は、魔王の悲願の対象は同胞も含まれていたからだ」
「同胞……つまり、迎合する存在以外は同胞ですら標的だったと」
「そうだ。魔王はそうしたことを実現できるだけの力を保有していた……いや、持ち前の成長性により、力を獲得したと言うべきだ。結果的に世界各地に存在していた魔王はそのほとんどが滅した。魔王を自称する個体はいるにはいるが、勢力は弱く魔王グラーギウスからは放置されたレベルだ」
実質魔族を支配している……非常に厄介な事実だ。
「そして、今度は人間達に……それよりも前に、グラーギウスは様々な実験を行った。君達がウィンベル王国出身者というのは聞き及んでいる。そこでも色々とやっていた」
「ああ、それは俺やセレンが間近で見ている」
「人間について調べ、また人間に対抗する手段を確立する……魔族の方が実力はあるけれど、魔王グラーギウスは繁栄している人間を侮ったりはしていない。可能な限り調べ上げ、策を講じている……ただ、肝心の策は腹心にさえ話していない。全て魔王の腹の内だ」
「つまり魔族は、目的もわからず従っている?」
「そういうことになる……もっとも強大な力を持ち、それに比肩するだけのカリスマ性を持ち合わせていることから、理由はわからずとも侵略を繰り返す魔王に盲信する同胞は数多い。私の一族もその内の一つだった……けれど」
「何か、あったのか?」
俺の質問にブルーは深々と頷いた。
「それこそ、裏切った理由……人間を滅する実験は多岐にわたった。その中には君達人間のいうところの、非人道的なものまで……そしてその対象に――同胞も含まれていた」
「まさか……本来、守るべき存在の魔族を……?」
「その事実が、人間側に与した理由だ」
語るブルーの瞳は、強い決意を伴っていた。




