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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第二章

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全てを捨てた魔族

 エルディアト王国を訪れ、現時点まで裏切りの魔族については会ってもいなかった。これは別に拒否していたわけではなく、単に今まで接する機会がなかっただけ。

 俺はギルジアの助言を受け、魔族と会って話をすることになったのだが……彼は同行せず、代わりに俺とセレンが案内役の騎士エルマを伴い、城の端の方へと足を踏み入れていた。


「自分達が城の中心にいるのはまずいだろう、という配慮からです」


 城の端っこに魔族がいる理由をエルマはそう説明した。


「魔王を倒した時、彼らは人間と深く接するつもりのようですね」

「そうなのか……その、彼らはどういう経緯で――」

「この国にいる理由を含め、そこは当事者に尋ねるのが一番でしょう」


 エルマはそう答えると俺とセレンに笑みを浮かべた。


「先日の戦いを、どうやらのぞき見していたようで……あなたの実力については、しっかり認めています。魔王を倒せるかもしれない戦力である以上、相手も喋ってくれるでしょう」


 ――そんな説明を受けた後、俺とセレンは部屋に辿り着いた。エルマは「ではこれで」と告げるとこの場を立ち去る……俺達は互いに目を合わせた後、俺が代表してノックをする。


「どうぞ」


 穏やかな男性の声が返ってきた。意を決し扉を開けると……そこは、様々な機具が置かれている研究室のような場所だった。


「ようこそ、戦士アシル、騎士セレン」


 名は憶えているようだ……中へ入り相手の姿を確認する。

 腰まで届くくらい長い黒髪を持つ白衣の男性だった。どこか几帳面そうで、なおかつ潔癖そうな印象を受ける……魔族、と言われなければ絶対に気づかないくらい、姿形は人と同じだった。


「えっと……」

「まず、自己紹介をしよう」


 俺が口を開いた直後、それを遮るように相手は告げた。


「私の名はブルー……これは偽名だ。本名については正直名乗りたくはないし、その必要性もないな」

「……どういうことだ?」


 疑問に対しブルーは肩をすくめる。


「私はなんというか、それなりの家柄でね。一応魔族にも何々の一族みたいな存在がいて、私もそういう意味では名門……と呼べるか怪しいけれど、まあ名が通っている家柄だ」

「貴族みたいなものか?」

「そう解釈してくれて構わない。で、だ。もし魔王の居城へ向かい、私のことを知る者や、同じ姓名の存在と遭遇したら……これから交流するんだ。少しくらい、剣の動きが鈍るかもしれないだろ? それは避けたい」


 その言葉を聞いて、俺は全身に力を入れた。それは彼……魔族ブルーの覚悟を感じ取ったからだ。

 なぜか――つまり、彼の一族が魔王の拠点にいる。彼はそうした親類すらも捨て、全てを滅ぼす覚悟でここにいるのだ。


「ああ、他にも同胞がこの城内にいるんだけど、今は国の研究者と一緒で戻っては来ないかな。ま、戦いが始まれば顔を合わせることになるだろう」

「そうか……で、まず質問は――」

「なぜ私を含め、魔王を裏切った魔族がいるのか、だね?」


 ――おそらく、初対面の人間に例外なく問われたのだろう。彼はずいぶんと流ちょうに、話し始める。


「端的に言えば、魔王グラーギウスのやり方に賛同しなかったためだ」

「賛同……しなかった?」

「魔族は全て主君となる魔王に服従している……というわけじゃない。私は純粋に、あの魔王のやり方には同意できず、反旗を翻した」

「……それは、どういうものだ?」

「魔王はある時、宣言した。この世界に存在する全ての者を支配すると」

「魔王の悲願ってやつか」


 俺の言葉にブルーは小さく頷く。


「そうした説明は受けているようだね。ただ、その話には続きがある……悲願の過程で邪魔立てするものは根絶やしにしろと。反発する存在は、その全てを滅ぼせと」

「従わないのであれば殺せ、ってことか。人間同士の争いでもあり得ることだが……」

「確かに、この説明だけを受ければ……魔族は元々、神々と世界の覇権を争っていた。そして今は人間……支配権を奪うには戦う必要があったし、元々魔族と人間は反目していた以上、魔王の悲願そのものについては賛同する同胞は多かった。かくいう私もそうだ」

「でも、今は違う……」

「そうだね。では、なぜ考えが変わったのか……この辺りはエルマとかから聞いているのかい?」


 俺とセレンは首を左右に振る。それで彼は小さく頷き、


「わかった。おそらく私達魔族が自発的に話すことに任せたのだろう……私が裏切った理由は、魔王の悲願の対象は同胞も含まれていたからだ」

「同胞……つまり、迎合する存在以外は同胞ですら標的だったと」

「そうだ。魔王はそうしたことを実現できるだけの力を保有していた……いや、持ち前の成長性により、力を獲得したと言うべきだ。結果的に世界各地に存在していた魔王はそのほとんどが滅した。魔王を自称する個体はいるにはいるが、勢力は弱く魔王グラーギウスからは放置されたレベルだ」


 実質魔族を支配している……非常に厄介な事実だ。


「そして、今度は人間達に……それよりも前に、グラーギウスは様々な実験を行った。君達がウィンベル王国出身者というのは聞き及んでいる。そこでも色々とやっていた」

「ああ、それは俺やセレンが間近で見ている」

「人間について調べ、また人間に対抗する手段を確立する……魔族の方が実力はあるけれど、魔王グラーギウスは繁栄している人間を侮ったりはしていない。可能な限り調べ上げ、策を講じている……ただ、肝心の策は腹心にさえ話していない。全て魔王の腹の内だ」

「つまり魔族は、目的もわからず従っている?」

「そういうことになる……もっとも強大な力を持ち、それに比肩するだけのカリスマ性を持ち合わせていることから、理由はわからずとも侵略を繰り返す魔王に盲信する同胞は数多い。私の一族もその内の一つだった……けれど」

「何か、あったのか?」


 俺の質問にブルーは深々と頷いた。


「それこそ、裏切った理由……人間を滅する実験は多岐にわたった。その中には君達人間のいうところの、非人道的なものまで……そしてその対象に――同胞も含まれていた」

「まさか……本来、守るべき存在の魔族を……?」

「その事実が、人間側に与した理由だ」


 語るブルーの瞳は、強い決意を伴っていた。


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