排除すべき対象
俺はソルフの剣戟を完璧に防ぎながら、少しずつ魔力を高めていく……最初から全力を発揮すれば、ソルフは警戒して動きを止める可能性もある。そうなったら仕切り直しとか、あるいは何か適当な理由をつけて戦いを中断するとか……そういう可能性は限りなく低いとしても、俺としてはここで勝負を終わらせたい。よって、別の手を使うことにする。
ソルフは俺の動きに対し苛立ちを見せている様子だった。無理もない。そもそもギルジアと戦うために策を講じてきたはずなのに、蓋を開けてみれば俺と戦いなおかつ苦戦している。これでは陣営に引き込んだ勇者達に顔向けもできないはずだ。
俺は一瞬だけ彼の陣営に所属する勇者達へ視線を移す。彼らがどういう理由で彼と共に行動するのかわからないが、少なくともエルディアト王国に不満を持つ人間であることは間違いないだろう。その彼らはギルジアの策に乗ったわけで……もし彼が負ければ微妙な立場に晒される。国側としては上手いこと対処できるような策は用意していると思うのだが……そんな勇者達は、ソルフが苦戦していることで雲行きが怪しいことは察しているらしく、硬い表情を見せていた。
そして、他ならぬソルフもまた硬い表情を示す中でさらに攻勢に出る。ここで引けば臆したと見られる。それは勇者を超える存在を目指す者として、絶対に受け入れることはできない……そんな風に考えているようだ。
とはいえ、そんな前のめりの動きが状況をさらに悪くさせる……俺が剣を弾き返した。向こうは間違いなく全力だった。しかし、俺はそれを容易く防ぐ。
ソルフが訝しげな視線を送ってきた瞬間、俺から攻勢に出た。間合いを詰め、一閃される俺の剣。相手はそれを防いだが――そこから、俺の一方的な攻めが始まった。
「ぐ、おっ……!」
ソルフは呻く。周囲の人にもはっきりわかるほどの、俺の攻圧倒。仮にソルフから反撃を食らっても問題ない……大樹がしっかりと大地へ根を張るように、安定している攻め。
こちらの攻撃にもはや軽口をたたく余裕すらなく、ソルフはどうにか防ぎ続ける。しかしこのままではまずいと判断したのだろう。か細く、針穴に糸を通すようなわずかな隙を狙って反撃に転じた。
無論それは容易くたたき落とせるものだが……こちらの動きを見極め正確に攻撃してくる技術は、まさしく本物だ。願うなら、この技術を魔王との戦いで生かしてもらえれば良かったはずだが――
『そういえば、ソルフに勝利したら彼はどうするんだ?』
俺はふと、戦いが始まる前にギルジアと会話したことを思い出す。この作戦については、段取りを決めたにしろ、ソルフや彼の取り巻きに関する処遇はまったく決めていない。そもそも取り巻きについてはエルディアト王国側が対処するだけだし、ソルフについては――
『俺達は心を折るべく戦う』
ギルジアの言葉は……酷薄なほど明瞭だった。
『だから……どういう結末なのかは、想像すればわかるだろ?』
俺はさらに剣を振る。勢いを増し、反撃の糸口すら完全に封鎖する。ここに至りソルフは必死の形相で俺に応じていた。そこにギルジアと戦おうなどという気持ちは存在していない。この苦境を脱するべく、全力を尽くす……そういう意図がはっきりとあった。
だから俺は、それに応じるべく剣を振る。ただ、最後の最後まで追い込みはしない。例えば武器破壊についても可能だ。もう少し魔力の出力を上げたら彼の剣は容易く壊せる……ソルフが使用している剣は上等なものであるのは間違いないが、さすがに俺の武器とは比較にならない。けれど俺は剣を壊すことはない。
なおかつ、ソルフに隙を見いだすことはできるがまだ仕留めない……やがてソルフは賭に出た。一瞬だけ魔力を引き上げ、俺の剣戟を半ば無理矢理弾き飛ばす。俺はすぐに彼に剣を差し向けたが、こちらの剣の軌道をするりと抜け、後退することに成功した。
そして俺をにらみつけるソルフ。肩で息をしている時点で、防戦に死力を尽くしていたことがわかる。周囲の人はざわつき始め、俺の方に注目する人間も多い。
さて、勇者を超える存在という目標を考えれば、この状況は大層面白くないはずだ。では、次は何をするのか――
「……それは、天性のものか?」
ソルフからの問い掛けだった。それを聞いてどうするのかと思いつつ、
「いや、違うな……ま、俺の能力に関わるものだから、さすがに話す気はないな。ただ、騎士エルマは知っている。少なくとも俺のことについては、エルディアト王国側は認めている」
――ここで、横手から騎士エルマが出現し俺に向け幾度となく頷いた。彼女も俺の言葉を認めた形。それによって、周囲の人の話し声も大きくなる。
「そっちが俺の能力についてどう思ったか知らないけど、少なくとも俺自身はまだまだだと考えているし、魔王を討つためにさらに精進する必要があると思っている。足りない部分はいくらでもある。だから、国と連携し魔王を討つ……そういう風に考えている」
ギリッ、と音が聞こえるほどソルフは奥歯をかみしめる。間違いなく怒りの表情だった。ただそれは、俺に対するものというよりは、俺を倒せる実力がない自分に向けているように見受けられる。
いや、これはむしろ……考えている間に、ソルフはさらに俺から距離をとった。
「……ここで負ければ全てが無意味となる。ならば、使うしかあるまい」
言葉と同時、ソルフは懐から何か取り出した。
「切り札か?」
「さあ、どうかな」
軽口をたたきつつも笑みは見せない。俺を侮るような気持ちはまったく存在せず、排除すべき対象としてしっかり認識した様子。
となれば、間違いなく次の攻防は決定的なものとなる……勝負が決まるまであと少し。ここまで追い込んで使う策である以上、次の作戦は間違いなくソルフにとって最後のものになる。
俺はソルフが取り出した物を見て……次に何が起こるか予想をしつつ、剣を構えた。同時、ソルフが再び動き出した。




