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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第二章

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心を折る

「決戦、というわけだ……じゃあソルフ、始めるか」


 相手の言葉に応じたギルジア。そして彼は俺へ視線を向ける。

 こちらは……小さく頷き、足を一歩踏み出した。


 俺の動きにより、まずソルフが目を見開く。何をするつもりだ……という戸惑いが眼差しに乗せて俺へ注がれる。

 対するこちらはソルフと対峙して無言のまま剣を抜いた。その直後、周囲がざわつき始める。まさか、ギルジアではなく彼が――


「おい貴様、ふざけているのか?」


 ソルフが言う。俺ではなく、後方にいるギルジアへ向けられたものだ。当然ながら、彼にとって俺の存在など眼中にないだろう。


「いや、ふざけてなどいないが」


 しかしギルジアは事もなげに応じた。


「そもそも俺が出る、などと約束したわけでもない」

「貴様……」

「それに一つ、根本的に勘違いしていることがある」


 ギルジアは至極真剣に語る。それと共に、周囲の人々の声が止まった。


「ソルフ、この舞台にふさわしい人間は、それこそお前の勢力と国側の勢力……双方の最強が行うものだと考えているはずだ」

「当然だ。だからこそ――」


 口が止まる。ギルジアの言いたいことを理解したらしい。


「国側……その中でもっとも強い人間を用意したって話だ」


 周囲の人間が再びざわつき始めた。覇王の異名を持つギルジアではなく、彼が――おそらく俺の名すら知らない人間が大半だろう。勇者として功績を得てエルディアト王国に集っているが、その中で俺は有象無象の一人に違いない。


「……貴様が、か」


 ソルフは俺をにらむ。


「この神聖な舞台に立ったんだ。異名の一つくらいはあるんだろうな?」


 異名……そういえば色々ともらったわけだが、どれを言えば納得するのだろう。


「あー、それについてだが一つ的確なのがあるな」


 と、ギルジアが何事か言い出した。それにソルフは、


「何だ?」

「彼の仲間である彼女は『千の剣戟』という異名を持っているんだが」


 と、セレンを指さした。


「彼女によれば、彼……アシルは自分の十倍は強いらしい」


 そしてテキトーなことを言い出す。なおかつ引き合いに出されたセレンはそんなことはないみたいな顔をしている。もっともそれは、十倍以上だろうなどという雰囲気ではあるのだが、


「だからまあ、そうだな……色々と異名を持っているらしいし、あえて言うなら『万の異名を持つ英雄』といったところだな」


 十倍だから万ってこと? 論理が無茶苦茶である。

 周囲がなおもざわつく中でソルフだけが俺のことを見据え、推し量っている……こっちはどうすればいいのか少し悩んだ後、


「……まあ、よろしく」


 彼の剣が差し向けられた。俺は紙一重でかわし、剣を構える。


「対戦相手は俺でいいんだな?」

「この舞台に立ったこと、後悔させてやるぞ」


 烈気がみなぎった。俺を標的として、さっさと平らげてやろうという気概があった。

 だからこっちはそれに応じるべく剣へ静かに魔力を込める……それと同時に相手を見た。魔力の流れから、性質までを判断しようとする。


 刹那、始めという声が誰かから発せられた。直後、俺とソルフはまったく同時に足を踏み出し、互いに剣を見舞っていた。金属音が生じ、刃が交わり鍔迫り合いとなる。

 その間に、こちらは相手の能力を見極める……闘技場における戦いを参考に、技量などを読み取って倒す。そういう判断だ。


 戦い方についてはギルジアから特段レクチャーはされていない。ただ、一つだけ言われたことがある。


「ソルフの目が黒いうちには、いつまで経っても解決しないだろう。俺が戦っても、君が戦ってもソルフが諦めなければ終わらない」


 それに俺は同意した。おそらくこの戦いだって、普通に勝利するだけでは相手はあきらめない。


「だから、心を折る……勝つにはそれしかない」


 俺は剣を押し返す。次いで放たれたソルフの刃を、こちらはいなし反撃する。


 相手は一撃で倒せないと判断してか、さらに魔力を高め押しつぶそうとしてくる。それはさっさと片付け本命のギルジアと戦おうなどという雰囲気――彼がギルジアに対しどのような戦法で挑もうとしていたのかはわからない。ただ、少なくとも力で圧倒しようなんてやり方はしないだろう。国側の心理を読んでまで策を巡らせていた彼だ。ギルジアと相対したときは綿密な戦法が用意されていたに違いない。

 けれど予定が崩れ相手が俺になったが、ここで普通に剣の打ち合いで勝ったとしても何かと理由付けをするだろう。例えば剣筋が読まれていた。ギルジアが俺に戦法を教え、倒せるようにした……とか。国側としては例えそうだとしても負けたのだから矛を収めよ……と告げても、ソルフは納得しないはず。


 では、どうするのか……まずはソルフの全力を引き出す必要がある。

 俺は剣を受け流し、ごり押ししようとするソルフの目を見る。剣を弾き続けると、次第に向こうの目の色が変わり始めた。


 それは単純な力では無意味……どころか、剣筋を読まれている。むしろ、自分の魔力すら嗅ぎ取っている――


「そうか……模倣の能力か」


 ソルフは把握したように一つ呟くと、俺から大きく距離をとった。


「剣筋を一目見てトレースできる……というわけか。確かにそうであれば、単純な剣のやりとりでは勝てないな」


 ようやく……ここでソルフは俺に対し興味を抱いたようだった。今までは単にギルジアとの決戦を邪魔立てする存在を倒してやろうという感じだったが、目標を俺に切り替えた。


「しかしそんな猿真似で勝てると思っているのか?」

「これが俺の能力というわけじゃない」


 その言葉にソルフの眉が僅かに動く。


「これは純粋な手札勝負だ。どちらの手札が多くて、策が通用するか……そっちは、俺を倒せるだけのカードは持っているか?」

「ぬかせ!」


 ソルフが迫る。刀身に秘めた魔力は、これまでと明らかに違っている。

 とはいえ、その見極めは……世界樹の守護者と戦った経験を思い起こす。圧倒的な速度。それに応じるためには、今までの手法では難しかった。


 そこで培った経験が生きる……俺は瞬時に敵の戦法を理解する。魔力の挙動などを見極め、推測できる。もちろん、相手が想定外の動きをしてくることも考慮して……再び、剣を合わせた。


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