能力の根幹
魔物の動きは――正直言って、見ることができなかった。
来ることはわかっていたし、なおかつその動き方も感覚で理解できた。しかし、肉眼で捉えることは一切できず、魔物は間近まで迫っていた。
ここで俺はふと考える。軽やかなステップと瞬間移動のような動き……ただ、これを用いて攻撃はしてこない。凄まじい速度であれば、それを利用して体当たりもできるはず――
そう思った直後、俺は剣を振った。完璧な魔力収束と剣の振り。セレンもまた魔物の動きに食らいつき、剣戟を見舞っていた。
刹那、守護者は――回避に転じようとしたみたいだが、一歩遅かった。俺達の剣がまったく同じタイミングで入る。これにより魔物は奇声を上げ――再び、距離を置く。
「戦法は変えない……というより、変えられないと言えばいいか?」
「今までああして、標的を仕留めていた……それ以外のことをやる必要がなかった、ということだね」
セレンは俺の言葉に同調を示し、
「まだ力を引き上げるかな?」
「どれだけ魔力を収束させても、戦い方が同じだと……それに、セレン。あの魔物の能力についてだけど、おぼろげにわかった」
「ん? 何?」
「俺達に接近してくる能力についてだ。おそらく、ステップを踏んだ瞬間に、体を魔力に変換している」
一瞬で、肉体を魔力に変えられる……それがおそらく、世界樹の守護者が持つ能力の根幹だ。
「あれだけの速さがあるなら、その勢いで突進でもすればいい。あるいは、衝撃波を伴う攻撃とか、やり方はいくらでもあるが……それができないとしたら」
「なるほど、ね。肉体を魔力に変えているから、質量を伴った攻撃ができないってことか」
「そうだ。魔力の塊になっているため、瞬間移動みたく俺達に接近できる。けれど攻撃するためには、体を肉体に戻さなければならない」
「うん、アシルの説明なら筋は通るね……そして攻撃方法が一つだけなら、私達にとって決して難しい相手ではないけれど――」
魔物が大気から魔力を集める。俺達が刻んだ傷を回復している。
「アシル、ああやって負傷したらすぐに退避する。となったら、終わらないね」
「そうだな……ああいう能力もあって、今まで生き延びていたんだろ……となったら、俺達にできることは一つだ」
俺は魔力を静かに込める。先ほどと同様に『神魔一閃』ではあるのだが、
「一撃で仕留める。それ以外にない」
「アシル、何か手があるの?」
「単純に、今まで以上に……そして、あの魔物に通用する技を生み出す」
「今からってことか……なるほど、こういう目論見があの人にはあるのかもね」
セレンは何事が呟く。ギルジアのことを言っているのだろう。
彼自身、世界樹の守護者については初見であることは間違いない。だが、それでも色々と情報を漁り、もしかすると特性について気づいていたのかもしれない。その上で、俺達に戦い方を任せた。
単純な戦いだけでなく、敵の能力を見極めて応じるだけの能力――そうしたことを見るべく、俺達を誘ったのかもしれない。
「ちなみにセレンはどうする?」
「私? まあ、やれないことはないけれど……アシルみたいに純粋な力じゃないから、果たしてあの魔物に通用するかはわからないね」
「そうか……ともあれ、持てる力を引き出して――倒そう」
「うん」
守護者が傷を癒やす。そして先ほどよりもさらに魔力を高める。
どれだけ速くなろうとも、その特性を見極めた以上、俺達が攻撃を食らうことはない……が、これを何度も繰り返していたら、魔物がどう動くかわからなくなる。
最悪、戦法を変えてくるかもしれない。そうなる前に、仕留めるべき状況であることは間違いない。
俺は呼吸を整え、さらに魔力を高める。あの魔物に通用する、かつ最大限の力を振り絞った一撃……俺は昨夜、魔王との戦いに備えて検証したことを思い出す。その技術が目前の敵にも生かされようとしていた。
来る――そう知覚した時、魔物の姿が消えた。だから俺はありったけの力を刀身に集中させる。加え、それを世界樹の守護者に通用するような……あるいは、あの魔物に対して有効な力へと変える。
変える、といっても魔力の質を大きく変えるわけではない。これまで修行した経験から、ほんの少し変化させるだけで、特性を変えることができる。
だからこれで――魔物が眼前に出現する。相手も学習したか、すぐさま攻撃に移ろうとした様子だったが、それでもなお俺とセレンが上だった。
次の瞬間、俺とセレンの剣がまったく同じタイミングで魔物の胴体へ入った。そしてセレンは、剣を振る速度をさらに引き上げた――それは言わば威力を引き上げるのではなく、魔物の速度を上回るような、高速の連撃だった。
瞬きをする程度の時間で、彼女は幾筋もの剣戟を守護者の体へ刻み込んだ。悲鳴を上げる暇すらない。一方で俺は、渾身の剣戟を振り抜き――その胴体を、両断した。
言うなれば『幻魔一閃』か。魔王の眷属とは異なるような、極めて特殊な性能を誇る相手に応じ、色を変え倒す……そういう技を、俺はこの戦いで見いだした。
俺の一撃とセレンの連撃……両者が瞬く間に決まると、とうとう魔物は動きを止めた。正直、俺と彼女の剣、そのどれが致命傷になったかはわからない。けれど、少なくとも息の根を止めることには成功したようだった。
魔物がゆっくりと倒れ伏す……ズウン、と軽やかな動きに反しずいぶんと重い音を響かせ、地面に横たわった。
そして、その姿が消えていく……普通の魔物は肉体があるため本来滅びることはない。けれどこの魔物は……世界樹の魔力を受けて、肉体を捨てたということか。だからこそ、肉体と魔力を容易く変化できたと言えるだろう。
「……いやいや、さすがだな」
背後にいたギルジア達が近寄ってくる。
「魔物の特性から考えて、もう少し時間が掛かると思っていたが……あっさりの能力を看破し、倒したか」
「これで十分か?」
「ああ、こんな戦いを見せられたんじゃあ、むしろ俺の方が教えを請うレベルかもしれんな」
どこか嬉しそうに……自分よりも優れた存在であるとして、感服している。そこに嫉妬心などはカケラもないようだった。
「さあて、いよいよ世界樹とのご対面だ。あの魔物を倒した以上、もう障害はないだろ。ゆっくり進んで、目的を達成しようじゃないか――」




