異質な特性
魔物……他の魔物とは一線を画する存在であるため、世界樹の守護者としよう。その守護者が再び足を動かした時、眼前まで迫っていた。
音もなく、こちらが反応するよりも先に動くわけだが……二度目であったため、俺とセレンは対応できた。彼女は回避するだけだったが、俺は相手の動きを見極め反撃する余力があった。
斬撃が、守護者の体へ向けたたき込まれた――が、感触が異様だった。獣の皮膚に食い込むような感覚が最初はあったのだが、そこから先は違っていた。
俺は構わず剣を振り抜く。刃先から伝わってくるのは固い、柔らかい、素通りするような空虚感……そういったものが混ざったものだった。振り抜く間に様々な感触が伝わってきたと言えばいいだろうか? とにかく、今まで戦ってきた魔物とは明らかに異質だった。
「変な……手応えだな!」
剣を振りきったが守護者は傷一つ負っていない。まるで俺の攻撃などなかったかのように、涼しい顔をしている。
とはいえ反撃を受けたことで警戒したのか、守護者は大きく逃げた。再び離れたわけだが……その動きから距離を詰めるのも一瞬。油断はできない。
「アシル、効いている感じではないね」
「手応えも無茶苦茶だ。あれは本当に魔物か?」
そんなことを疑いたくなるくらいに、異様な感触だった。
「正直、生物を斬っているような感じじゃないぞ」
「そういうことなら、実際にそうなのかも」
「何?」
「魔物というのは、基本的に生物の影響により生まれるか、魔族に作られるかだけど……あの魔物はそれらとは少し違うってこと」
「違うというのは――」
再び魔物が来る。今度はセレンも動きを見切ったらしく、相手が攻撃するより先に剣戟を決めた。
「っ……」
そして手応えから戸惑った様子が伝わってくる……再び魔物との距離が空く。なんというか、様子を窺っているような感じだな。
「さっきの話の続きだけど」
セレンが俺へさらに告げる。
「たぶんあの魔物は世界樹の影響によって作られたんじゃないかな」
「世界樹……ということは、正真正銘世界樹を守るために?」
「ううん、さすがにそのレベルではないよ。世界樹は霊脈から魔力を吸っているわけだけど、その過程で魔物に変容する魔力があった……結果、普通の魔物や生物とは違った異質な存在となった」
「……そういうことなら、あの変な感触も納得はいくけど。それじゃあどうする?」
「ああいう手合いの場合、首を切るとか心臓を砕くとかではない、別の何かによって滅びるとは思う。でも一番いいのは……魔力を消し飛ばして滅することかな」
「そこまで……見た目と中身は別物と考えていいんだな?」
「うん。生物なんかを参考にしているわけではなくて、動物のガワだけ借りた中身は別物。だから、体の中心の胸部とか、感覚器官の集中場所である顔なんかではない、別の場所に核となる魔力があるかもしれない」
なるほど……セレンの言うとおり、あれは生物と形容できるような存在ではないのだろう。であれば異様な手応えも納得いく。
では、弱点はどこなのか。魔力によって形作られている以上、当然ながら核となるものが存在するはずだ。それを見極め砕くことができれば……あるいは、セレンの言う通り力によって粉砕するか――
そこまで考えた時、守護者は鳴いた。雄叫びでも威嚇でもないその声は、何かを呼んでいるようにも聞こえたが……周囲に魔物の気配はない。
「今のは……」
「待って」
俺が呟こうとした矢先、セレンが言った。その間に変化が。守護者の周囲に、魔力が生じ始める。
それはどうやら大気中に存在する魔力を集めている……まさか、あの魔物は魔力を操れるのか。
「おそらくあれは、強化魔法みたいなものだな」
後方からギルジアの声が聞こえた。
「魔物にとって魔力というのは、言ってみれば餌だ。人間でいうところの食事……だがあいつの場合、それ以外にも用途がある」
「武装するってことか」
「そういうことだな。さて、ただでさえ面倒そうな敵なのに、さらに輪を掛けて手強くなる……冒険者が行方不明になるのも理解できる」
守護者の姿が明確に変わった。体躯が大きくなるといった効果ではなく、体毛の色が白から黒に変わった。
怒っているようにも見えるし、また俺達を本気で倒そうという殺気にも受け取れる……速度も増しているだろう。さて、どうなるか――
守護者が身じろぎした。それと共に俺とセレンは同時に左右に逃れた。
次の瞬間、守護者が俺達の立っていた場所に現れた。軽やかな跳躍による体当たりだが、おそらく直撃したらとんでもない距離すっ飛んでいくことになるだろう。
俺は即座に反撃。足を狙って一閃したが、胴を薙いだ時のようにおかしな感触だったが、両断することに成功する。
斬ったのは右後ろ足。これで動きが鈍ってくれればと思ったのだが、守護者は即座に足を再生させた。
「斬れてもそこから再生能力をどうにかしないといけないか」
俺は呟きながら剣に魔力を込める。この段階まで『神魔一閃』は使っていない。というより、目の前の相手に対し、問題が生じているためだ。
守護者は俺達が反応できるギリギリの速度で攻撃してくる。これほど速いと、剣の動きが少しでも鈍ると当たらない可能性がある。一番使い慣れている『神魔一閃』はほとんど隙のない斬撃なのだが、今回の相手だとほんのわずかに動きが遅い……それにより、当たらない可能性がある。
攻撃を食らいながら溜めて反撃するという手も使えるのだが……体当たりをまともに食らってどうなるかわからない。ノーダメージだとは思うのだが、吹き飛ばされればかなりまずいことになる。
現時点においてこっちの切り札を封じられてしまったわけだが……それでもやりようはある。というより、やってみせるという気概だった。
「セレン、どうする?」
「こっちは援護に回るよ。まずはアシルの剣で倒せるか確認したい」
つまり、弱点などを探さずとも、力押しで倒せるかどうかってことだ。俺は頷き、
「わかった。なら、援護を頼む」
セレンは首肯。それと同時に俺は剣に魔力を込める。
静かに、なおかつ動きが鈍らないよう魔力の込め方を変える……敵の動きを警戒しての収束であるため、いつもより時間は掛かっている。とはいえ、集中さえできれば決して難しくはない。
その時、守護者が動く……そして眼前に現れたと同時、俺は剣の魔力を解放した。




