鍛錬の果て
そこからは、気の遠くなるほどの時間を費やした。鍛錬を続け、魔力を高め、次元を斬るべく作業を繰り返す。これに答えがあるのかはわからない。だが、これを果たせなければ次元の悪魔を討つことはできない。
だから俺は、ひたすら剣を振り続けた。その間にも魔力について色々とわかってくる。どう魔力を扱えばどういう特性を得られるのか……まるで研究者だが、それを考える余裕も時間もあった。どうすれば次元というものを斬れるのか――それをひたすら考え、魔力を鍛え続けた。
そして、俺はとうとう答えを見出す――縦に一閃、壁を切る。直後、壁面に亀裂が入ったかと思うと、破片が飛び散り床へと落ちた。
俺は剣を振った状態で硬直する。ついに、やったのだ。俺はとうとう、異空間を……次元を斬ることに成功したのだ。
「……ははは……あははははは!」
床に寝転がって、笑い始める。同時に俺は日数をカウントする魔法を見やる。それが正しければ――俺は千年間、この作業に費やしたことになる。
つまり、この異空間に捕らわれて二千年が経過したのだ。相変わらず精神は異空間に捕らわれた時と変わっていないし、心が摩耗しているわけでもない。確かに二千年経過したはずだが、捕まったのがまるで昨日のことのように思える。異空間に取り込んだ悪魔による処置で、恐怖を味合わせるはずの効果が、俺に利をもたらした結果だった。
ゆっくりと起き上がる。剣を鞘に収めて、ある一点を見据える。それは次元の悪魔がいる部屋へ通じる扉。成すべき事は成した――そう確信し、俺は扉へと歩み寄る。
次いで、扉へ向け剣を振った。先ほどと同じように、次元を斬る力で――すると、扉はあっさりと斬れた。斜めに一閃されたことにより扉が二等分になり、奥側へと倒れ込んだ。
その奥に、二千年前とまったく変わらぬ姿をした悪魔がいた。その魔力は、紛れもなく二千年前と変わっていない。しかし刺すような気配は、今の俺にとってそよ風程度の感覚しかなかった。
あいつは、この場所で修行を開始したことをどう思ったのだろう。最初は無駄なあがきだと嘲笑していたかもしれない。しかし、強くなっていく俺を見て、何を感じたか。
悪魔が甲高い雄叫びを上げた。直後、俺へ向け容赦のない突撃を仕掛け、
「神魔、一閃――!」
こちらは剣戟を放った。的確に、完璧に魔力収束を果たした俺の斬撃は、悪魔へ吸い込まれるように直撃した。衝撃によって悪魔は後方へ吹き飛び、扉の先にある部屋の壁に激突する。
ギィ、ギィ……と、錆びた扉が開閉する時のような弱々しい声を悪魔は上げる。攻撃が効いていない……というより、自らの体もこの異空間と同じように守っているのだ。ならば、単純な力押しでは通用しない。
やはり倒すには、異空間を斬る能力が必要性だったわけだ。俺は一気に近づき、そして、
「――次元、一閃」
新たに習得した剣戟にそう名前をつけ、俺は悪魔へ振り下ろした。今度こそ悪魔の体に刃が入り、真っ二つとなる。
瞬間、悪魔は塵と化し消滅した。すると周囲の空間が歪み始める。変化は一瞬で、俺が呼吸を整えた時、目の前の景色は洞窟――取り込まれたダンジョンに戻っていた。
「帰還、だな」
まさか悪魔もやられるとは思ってもみなかっただろう……俺は近くにあった大きな岩へと近寄る。そしてヒュン、と軽く剣を薙いだ。
それにより、岩はあっさりと両断された。うん、二千年という途方もない歳月による修行は、俺の体に残ったままだ。
「なら、次は……」
もう一つの疑問を解決しよう。周囲を見回すと、俺のリュックがある。もう荷物もほとんど必要ないので、一度町に戻って整理をするべきだな。
で、俺は他に何かないかを探す――異空間に取り込まれていた俺だが、一つ疑問がある。それは現実世界でも同じ時間が経過しているのか? ということだ。
異空間内は特殊だったので、さすがに現実世界で同じ時間が経っているとは考えにくいのだが、確認しておく必要があった……で、すぐに答えを見つけた。
少し離れた場所に、短剣が一本落ちていた。その形状に見覚えがある。これは俺と一緒にダンジョンへ入った仲間の一人が使っていた物だ。拾い上げて確認するとご丁寧に名前が書かれており、その仲間の物で間違いなかった。逃げる拍子に落としてしまったらしい。
現実世界で二千年も経過していたら、こんな物が無事に残っているはずがない。なおかつ、放置されることで砂埃が付着しているわけでもない。よって、現実では時間がほとんど経過していないと考えるべきか。精々五分程度だろう。
「……それじゃあ」
俺はリュックを手に取りつつ元来た道へ戻ることにする。まずは町に戻って準備をしよう。そう考え、俺は歩き始めた。
帰る道中で、俺は仲間に入れてもらったリーダーのことを考えた。俺を身代わりにして仲間を助ける……彼はそういう風にダンジョンを潜っていたのだろう。だからこそ俺の耳にも黒い噂が入ってきた。
であれば、もの申したいところだけど……町へ戻ったら探してみるか? 今の俺なら、突っかかっても対処できるし――
「被害を出さないためにも、対処しておくべきかな」
とはいえ、俺が忠告しても応じてくれるとは思えない……あーだこーだと内心で悩んでいる間に、外に出た。ちなみに道中で出会った魔物も律儀に倒したのだが……このダンジョンにいる敵は、全て瞬殺できた。
外は夕焼けが綺麗な時刻だった。二千年ぶりに見た太陽なのだが……別に感動もなかった。現実時間でダンジョンへ入り込んだのが、朝方。たぶん時間にして半日くらいだろうか。俺はその間に二千年が挟まっているはずなのだが、今日の朝見たのだし感動もないか、などと考える。
「精神が疲弊していないのが幸いだな……」
町へ戻るべく歩き出す。周辺に元仲間達の気配はない。どうやら町まで退散している様子。
よって俺は真っ直ぐ帰ってくる。町の名はシノス。近くに悪魔がいるダンジョンがあるためか、城壁を備えた大きな町だ。
なぜダンジョンの近くに町があるのか――これが因果関係が逆で、元々宿場町として存在していたこのシノスの近くに、魔族が拠点を置いたのだ。魔王が侵攻するために準備をするというのがもっぱらの噂。
そこで国側は即座に部隊を派遣し、作業員を動員して城壁を築いた。そして戦いが始まり……勇者や成り上がるために冒険者も多数訪れるようになり、町は宿場町から交易の中心になるくらいに人が増えた、といった感じだ。
やがてとある勇者が魔族討伐に成功したが、その代わりに悪魔がダンジョンの支配者になった。よって、まだダンジョンは存続している……そんな町の歴史から、ダンジョンとシノスの町は切っても切れない関係になっているのだが……と、俺はここで自分の格好を確認する。
「急に格好が変わった感じになるよな」
自分の魔力で練り上げた武具を身につけているからな……さすがに装備を一新しているのは変に思われるかもしれない。まあ力がバレたらバレたで良いのだが……いや、現時点であんまり目立つようなことはしたくないなあ。
いずれ力が認められて……というのなら良いのだが、さすがに「次元の悪魔による異空間で二千年修行しました」とか荒唐無稽にも程がある。ホラを吹くにしてももう少しマシなものを選べと言われかねない内容である。
さすがに無茶苦茶なやり方で強くなっているので、この力を世間に出すより先に、名を売っておいた方が良いだろう……というかそれをやっておかないと、下手すると異常者として敵視される恐れがある。
ということで、まずは極力目立たないように……見た目を誤魔化す手段についてはいくらでも持っているので、俺は冒険者として活動していた見た目を幻術で作成。その足で冒険者ギルドへ向かうことにした。