楽な戦い方
俺達は改めて移動を開始した。その道中で、こちらをマークした魔物の気配がわかってくる。
霊峰の主とでも言えばいいのだろうか……姿形はまだ不明だが、刃を突き立てるような鋭い気配が俺達に伝わってくる。これほどの魔物がいて、なぜ今までロクな噂にならなかったのか……それは間違いなく、この魔物が賢いことに関係しているだろう。
「普通に戦うと面倒かもしれないな……」
「楽に勝てる方法が、ないわけじゃない」
俺の呟きに対し、ギルジアはそう答えた。
「俺達のことを威嚇したってことは、まだ距離のある状況で俺達の力量をある程度察知したってことだろう」
「まあ、そうだろうな……」
「しかしだ。さすがに力の底は把握できていない……もし君の力を完全にわかっていたなら、戦うのは得策ではないと考えて引っ込んでもおかしくない」
「……そこまで頭が回ると?」
「世界樹に張り付いている魔物だ。俺達以上の知能を持っていてもおかしくないんじゃないか?」
恩恵を一身に受けているのなら、あり得ないわけではないけど……。
「仮にそこまでの推察が成されていなかった場合においても、俺達の力については完璧に理解しているわけじゃない」
「その根拠は?」
「今まさに俺達に起こっていることだ」
ギルジアの説明に俺は眉をひそめたが……セレンは理解したらしく口を開いた。
「威嚇をしているね」
「正解だ。今回の魔物は狡猾だ。相手を選んで戦うだけの知能はある。力を把握しているなら、俺達へ向ける威嚇が徒労に終わるってことくらいはわかるはずだ」
「確かに……とすると、一番楽な戦い方は初撃で終わらせることか」
「そうだ。相手がこちらの力量を察するよりも先に全力で剣をたたき込む……上手くいくかはわからんが、運が良ければそれで終わる」
むしろ、そういう風に仕留めるために俺やセレンを同行させたって感じだろうか。
「俺でもそれはたぶんできるんだが、リスクがあるためやりたくない……冒険者がこんなことを言っているのは滑稽かもしれないが、魔王討伐のために無意味な怪我をしたくないって話だ」
「別に説明しなくてもいいけどさ……」
俺は真正面を見る。まだ魔物の姿はない。しかし進行方向から明らかに魔力が漂ってくる。
「この様子だと、魔物はお怒りかな」
「だろうなあ。世界樹を狙っていることは明白だし」
「……けど、今まで噂になっていなかったというくらい用心深いなら、俺達の目の前に現れたかどうかは微妙だったよな」
「いや、必ず出てくると思っていた」
「……何で?」
尋ねるとギルジアはポケットから何かを取り出した。
「こいつを持っているからな」
それはペンダント……そこにつけられていたのは、紫色の魔石だ。
「色々調べる内に、ここを訪れた冒険者……行方不明になった人間の多くに共通点があった」
「それが魔石?」
「ああ。魔物は賢いが、何やら特定の魔力に強く反応する……それがコイツだ」
「理由はわかるのか?」
「さすがにそれは不明だな。とはいえこの魔石は、非常に高純度な魔力を秘めた増幅器だ。冒険者が購入し、いざという時に魔法に利用してブーストする。一発限りではあるが、危機的状況でも応じることができる、強力な物だ」
「その魔石の魔力が、魔物を誘う?」
「行方不明の冒険者の中で、記録に残っている情報がいくらかあったんでな。霊峰を訪れる前の装備なんて記録もあった。この国のギルドはずいぶんと小まめだよな」
なるほど……共通点を見いだし、狙ってくるかもしれない物を持ち込んだと。
「もちろん、この魔石を所持していなかった冒険者も行方不明になっている……よって、あくまで魔物を誘う要因の一つに過ぎないが、上手くいったみたいだな。で、今の威嚇は魔石を所持しているが、俺達は警戒する……そのためにやった行動ってところだろ」
「状況は理解できたけど……どうして魔石を?」
「仕留められるのであれば、仕留めるべきだという判断だ。世界樹を好き放題荒らし回る人間が増える可能性もあるが、そこはエルディアト王国が管理すれば問題ないだろ。まあ天然の要害とも言うべき過酷な自然があるから、そう入り込む人間は少ないだろうが……で、俺がなぜこんなことをしたのかは実際のところ、かなりの人数犠牲者も出ているためだ。そういう不幸はさっさと解決するに限る……だろ?」
――ギルジアという人間は今までこうして色んなことに首を突っ込んだのかもしれない。その結果多くの人に認知され、やがて覇王と呼ばれるようになった……もしかして魔王グラーギウスとの遭遇も、関わった出来事の一つによるものかもしれない。
それと同時に、彼自身は彼が思い描く正義によって行動しているのがわかる。人間が多数いなくなっている。そして世界樹という存在の恩恵を……様々なことを考慮し、今回魔石という餌を用意してまで魔物を誘う気になった。
俺やセレンのことを確かめるという思惑もあるんだろうけど、どちらかというと元々魔物がいることを認知していて、俺達についてそれを利用しようと考えたってところだろう。
経緯などはわかった。で、肝心の魔物についてだが……、
「世界樹の近くまでいかないと、出現しないか?」
「かもしれないな」
「ま、それならそれでいい……周辺を警戒しながら、進もう」
「おう」
俺の言葉にギルジアは頷き、セレンやシェノンは黙ってついてくる。
気づけば、なんとなく連帯感のようなものも胸の内に生じ始めた。少なくとも覇王という存在は話がわかる人物で、力のある俺達を評価してくれる存在であることはわかった。その技量についても……。
ただそれ以上に、まだまだ底知れない雰囲気もある。どうして強いのかという説明はしてもらった。けれど、話していない何かを所持しているような……そんな気もする。
その実力はどうやら、シェノンの特性から考えて魔王討伐の時にしか見られないことかもしれないが……少なくとも彼の力は頼もしい。そんな風に感じながら、俺達は少しずつ世界樹へ近づくこととなった。




