樹の守護者
「世界樹を守る者……例えば、精霊の類いとかいそうな気もするが、そもそも世界樹というのは何かに保護されるような存在じゃないからな。まあ他の大陸では世界樹を管理しているなんてケースもあるみたいだが」
「この国ではそんなこともなさそうだな」
「霊峰自体魔物も多く、誰も手出しできなかったっていうのが答えだろう。情報をあさってみたが、ここにある世界樹には精霊の類いも存在していないらしい」
「つまり、精霊も寄りつかないほど過酷な環境だと?」
「そういうこと。魔力はあれど、それだけでは駄目らしいな」
過酷な立地だからこそ、誰からも保護されずまた同時に魔力を蓄え続けたってことか。
もし何者かの保護を受けていたなら、そうした者達が世界樹から魔力という恩恵を受けているはず。それはつまり世界樹から力を拝借しているということ……この場所にある世界樹は、そういうことが一切ないと。
「だから目をつけたってことか」
セレンが納得の声を上げると、ギルジアは深々と頷いた。
「その通り。ま、険しい場所だからこそ得られるものも多い……枝を手に入れたら、大切に使わないとなあ」
「……膨大な魔力を抱えているなら、加工にも時間が掛からないか?」
「その辺りはシェノンの領分だな。まあ、魔王との決戦までには間に合うだろ」
楽観的に告げるギルジア。ふむ、二人がやっている技法については隠している以上、誰かを頼って武具を加工することは難しい。しかも世界樹の枝という非常に強力なものとくれば……大変そうだが、シェノンならば問題ないと。信頼しているのがわかる。
他の人が枝を持って帰って武具を作成するとかは、難しいだろうな。そう遠くない内に決戦が始まることを考えれば、加工するより先に魔王の待つ場所へ赴きそうだ。彼らだからできると解釈した方がいい。
「よし、休憩終わりだな」
ギルジアは軽くのびをした。魔物の対処はここまで彼がほとんどやってきたが、そろそろ交代かな?
「俺が前に出ようか?」
「あー、そうだな――」
返答しようとした矢先のことだった。
オオオ――どこからか声が聞こえた。いや、それは果たして声だったのか微妙ではあるのだが……。
「……風の音か?」
「いや、俺には声に聞こえたぞ」
「私も同じく」
ギルジアに続いてセレンも同調する。
「魔物、でいいんだよね?」
「ああ。世界樹を保護するような人物はいないが、湧き上がる魔力を享受している魔物はいる」
「つまりそれが、実質世界樹の守護者かな?」
「ということになるな……そういう魔物がいたからこそ、ここまで誰も手出しできなかったって解釈もできるな」
ギルジアはそう述べると、肩を軽く回し始める。
「ここにはどうやら、ヤバい魔物がいる。それもとびっきりの奴だ」
「ヤバい……?」
「ただ、騎士エルマが枝を取りに行くことをあっさりと賛同しただろ? つまり、エルディアト王国も気づいていない」
「気づいていないって……」
「実は都へ入る前に色々と調べたんだが……ここにある世界樹の枝については、それなりに出回っている。とはいえ枝の中でもかなり細かったり、そんなに強力なやつじゃない。ただ流通はしている……だからこそ、エルディアト王国の人間は、自然は険しいが採取は難しくないと考えている」
「真実は違うのか?」
「例えば学者とか、そういう人間が護衛と一緒に世界樹を調査するために動くようなケースはあっさりと調べられる。世界樹へ到達するまでの魔物を対処すればいいだけだからそう難しくない。魔物よけでも使えばいいはずだ。ただ、もしかすると……枝の中でもとりわけ強力なやつを持ち帰ろうとしたら、魔物ににらまれるかもしれない」
ここでギルジアは俺とセレンを見た。
「枝をとろうとして山に入った冒険者もいたらしいが、調べた限りその多くが行方不明になっていた。まあ自然環境が厳しいため遭難したのだろうと誰もが推測していたが……俺は違うと断言する」
「魔物に襲われた、と?」
「そうだ。世界樹から不相応な力を得ようとした者に対し……魔物が襲いかかってくる」
エルディアト王国にバレないよう、狡猾に……とくれば、厄介な敵であるとわかる。
「もしかすると、一定以上の魔力を保有する人間を狙って食っていたのかもしれない。どちらにせよ、ここにいる世界樹の守護者は、幸運にも国に発見されずに済んでいた」
「でも、俺達は……」
「まあ確実に目をつけられたな」
さっきの声は威嚇というわけだ……けれど、ここまで来て帰るわけにはいかない。
「当然俺達は――」
「前進だ。何のためにここまで来たと思ってる? それに、だ。どうして君を連れてきたのかわかるだろ?」
「……そっち単独で良かったんじゃないか?」
「俺はどうにかなるにしても、シェノンが危ない」
ギルジアは傍らにいる従者へ目を移す。
「実はシェノンには魔族相手に通用する強力な防御魔法を常時発動させ、なおかつ防御に関する道具を持たせている。それこそ、高位魔族の攻撃に易々と耐えられるような品だ」
「シェノンさんが強さの秘訣なら、当然だと思うけど」
「ただしこれには欠点がある。魔物……魔族由来の悪魔や眷属であったなら通用するが、自然に存在している魔物にはほとんど効き目がない」
なるほど、退魔性能に特化している道具というわけか。
「だから魔王討伐に赴く場合はよしにしても、今回みたいにどういう魔物かわからないような相手にはリスクが伴う。無論、シェノン自身鍛錬は欠かしていないし、俺の移動に楽々ついてこれたことを踏まえると、実力のほどはわかるはずだ」
俺とセレンは同時に頷く。見た目通りの魔法使いではあるが、その魔力強化は流石の一言。ギルジアが前に出ている以上、活躍するケースは少ないのかもしれないが、単なる支援役に留まらない力を持っているのは間違いない。
「しかし、今回収集した情報から考えて、ヤバそうな魔物がいる……というわけで、だ。二人にはそれを倒してもらいたい」
「それが、俺達を試すって意味合いか?」
「そんなところだ……とはいえ、そちらの実力通りなら、あっさり倒せる魔物だとは思うが」
……仮にそうだとしても俺は油断とかしないけどな。内心の言葉を読み取ったのか、ギルジアは俺に笑みを浮かべるのだった。




