厄介な旅
一体何をやるのか……と疑問に思う間に、ギルジアから説明が入った。
「魔王グラーギウスとの戦いは、熾烈を極めるだろう。で、俺としては今以上にレベルアップをしたい。ただそれは俺の能力を向上させるとかではなく、シェノンの技量についてレベルアップをしたいわけだ」
彼女が戦術の肝であるなら、強化したいのは納得できる。
「具体的に言うと武具の強化などだ。ただ肝心の素材が手元にない」
「それを見つけると?」
「ああ。実を言うと目星はつけてあるんだが……霊峰と呼ばれるシャーベイルの奥地にある世界樹からとれる枝だ」
世界樹……そう呼ばれるのは、魔力の集積点である霊脈の上に存在する木々のことだ。育った葉や枝にはとんでもない魔力が存在し、治療薬や武器にすることができる。
「強力な魔物も出るし、誰かと一緒に行けたら万全だと思ったんだが、ちょうど良いところに最高の戦力がいたからな」
「そういうことなら……」
俺とセレンは快諾。エルマも了承し、その後食事を一緒にとった。そこからの会話内容は雑談で、身の上話などを聞かせてくれた。
そうして食事の後解散して、俺達は屋敷に戻る。道中で俺のことについてセレンへ尋ねたのだが、
「最初は驚いたけど……なんというか、そこまで突拍子もないことだから、あれほどの戦功が……って考えたら、納得できたけど」
「そんな簡単に?」
「アシルは自分がやってきたことをあまり認識してないみたいだね」
どういうこと? などと思ったがセレンはクスリと笑っただけで詳細は教えてくれなかった。
屋敷へ戻ると、カイムとヴィオンは既に帰宅していた。話によると、他の勇者と一緒に合同で訓練するらしい。
こっちの出来事は……さすがに俺のことについて話はしなかったが、ギルジアとのやりとりについて説明すると、
「早速覇王と肩を並べて……か。さすがだな」
妙に納得したようにヴィオンは告げた。
「いいんじゃないか? 少なくとも覇王は友好的で、俺達は国と上手く付き合っていきたいし、その方針には合致している」
「そうだな……」
「俺は俺達で上手くやってみるさ。幸い俺達と同じように国と連携して、という見解を持つ勇者もいるからな。そういう人物を上手く引っ張って、連携をとっていこう。そちらは覇王と親交を深めて盤石の態勢を作ってくれ」
ということで、俺とセレン、ヴィオンとカイムとで分かれて行動することになった。
そして数日後、俺とセレンは旅支度を調えてギルジアやシェノンと合流する。
「さあて、行くか」
全員が旅装なわけだが……移動は最寄りの町まで馬車を使う。移動だけで往復七日くらいはかかる距離なので、確かに勇者達を試す場には参加できないかもしれないな。
「道中の魔物とかは発見したら倒していこうか。ま、この国は平和だろうし、大丈夫だろうけどな」
「……さすがに山に入ったら違いますよね」
俺の言葉にギルジアは「だろうな」と返答し、
「あー、それといつまでも敬語はいいぜ。そもそも覇王なんて肩書持ってる俺よりそっちの方が強いんだからもっと構えてろよ」
「さすがに……それは……」
「そうか? まあいいや。とにかく、普段通りでいいぜ」
なんというか、面倒見の良い兄貴って感じだな……俺とセレンは承諾し、旅は進んでいくわけだが、
「……それじゃあ率直な意見を聞かせて欲しいんだが」
俺が口を開くとギルジアは頷き、
「おう、何でもいいぜ」
「魔王グラーギウスとの戦い、どうなると思う?」
「単純な魔王討伐ということなら、俺達に十分勝算があると思っている。奴は自らの力によって、魔族を支配し始めた。そして戦力を集結させている……そこへ俺達が向かうわけだが、それだけなら俺達は勝てるさ」
「引っかかる物言いだな」
「もちろんだ。魔王グラーギウス……どんな策略が潜んでいるかわからないというのが正直なところだ。そもそも、奴は俺達が来ることを見越しているわけだ」
と、肩をすくめながらギルジアは話す。
「にもかかわらず、こちらのことは放置している」
「つまり、俺達を倒せるだけの何かがあると?」
「あるいは、理由があって放置している」
「理由……そんなこと、あり得るのか?」
「俺は可能性としてはあると思っている」
根拠は――などと尋ねても勘とか返ってきそうではあった。けれどそうだとしても、ギルジアが放つ言葉には説得力があった。
「正直なところ、この国がやっていることについては俺自身評価している」
と、ギルジアはなおも俺とセレンへ話す。
「勇者達を集め、統制しようとしていることは驚嘆すべきだし、また同時にこれだけの人材を集められたこと自体、とんでもないことだ。おそらく魔王を討つための最善策だと考えてもいい。だが、魔王グラーギウスはそれをはね除ける力があるかもしれん」
「その中で、俺は……」
「君の実力については、魔力の多寡だけでも相当なものだと認識はしている。とはいえ、だ。単純に魔力の量だけで判断するのは早い」
つまり、この旅は俺を試す意味合いがあるということ……むしろ国側が用意する試練的なものと比べ、こちらの方が遙かに厄介である。
「ま、シェノンの結界内で放った力に足るだけの剣術を持っているなら、十分すぎるくらいだ。俺としては君の実力に乗っかって戦いたいところだ」
「……それで倒せるなら、それでも構わないけどな」
こちらの返答にギルジアは口笛を鳴らす。
「ただ、俺の力が通用しなかった場合のことは想定していてくれよ」
「わかっているさ。想定しているからこそ、今回旅をしている」
なるほど……俺はギルジアの瞳を見る。その奥には確かに闘争心のようなものがあった。
俺の能力に触発されて、という感じだろうか。こちらの力量に嫉妬しているとか、負の感情は一切ない。むしろどう並び立ってやろうかなんて気概に満ちあふれている。
ギルジアは俺のことを認めてくれた……他ならぬ覇王が認めたということは非常に大きいが、招かれた勇者達が全員彼のように物わかりがいいわけではないだろう。
俺を中心に据えるなら、軋轢が生じることは確実なので、それをどう解決するのか……これはこれで非常に難題だと感じながら、旅を続けることとなった。




