二千年
「俺が『次元の悪魔』に取り込まれたことについてはセレンは知っていると思うけど」
「聞いたね、確かに」
俺の言及にセレンは頷く。
「つまり、その時の話には続き……あるいは嘘があるってこと?」
「そうだな。到底信じてもらえない話だと思ったからな」
「つまり、あれだろ? 異空間の中で修行したってことだろ?」
ギルジアが問い掛ける。そこで俺は頷き、
「その空間は、魔力以外に体の変化がなかった……そして俺は、色々と強くなるための知識はあった。才能がなかった俺でも、色々と知識を得ていたから、強くなった」
「修行により、ですか」
エルマが呟く、同時に首を傾げる。
「とはいえそれだけなら、決してあり得なくはないかと……異空間に取り込まれ無事なのですから、あなたの所業は奇跡と呼んで差し支えないと思いますが」
「そうだな、確かに奇跡だ。悪魔は俺が恐怖する姿を見るため異空間内に部屋を作り、観察していた。俺が能動的に悪魔のいる部屋に赴かなければ、戦うこともなかった。そういう奇跡的な条件があったから、俺は強くなれた」
「なるほど……その異空間で修行したことで、通常よりも強くなれたと?」
「いや、この場合違うな」
ギルジアは全てを理解したように、エルマへ言った。
「彼は才能がないと言った……しかし、肉体に変化がない……つまり、飢えなどで死ぬことがなかったから、限界まで修行したわけだ。この場合問題になるのは……長さだな」
「長さ?」
「異空間にいた時間……それが、彼の強さだ」
本当、この人はとんでもない考察力だな……俺が改めて覇王の能力について驚愕していると、セレンから質問が飛んだ。
「長さ……どれくらいなの?」
「逆に聞くけど、セレンは何年だと思う?」
「んー……飢えや渇きで死なない。その様子だと魔力以外の成長も老化もないってことでいい?」
「ああ」
「なら……十年、二十年くらい?」
「もしセレンが同じ立場になったら、そのくらいで俺と同じくらい強くなったかもしれないな。エルマさんや、ギルジアさんも同じだ」
俺は自身の胸に手を当てる。
「本当に才能がなかった……そして、次元の悪魔は異空間内では強大だった。倒すには、異空間を破るような剣術を見つけるしかなかった。だから、気が遠くなるほどの時間を消費した」
「何年だ?」
ギルジアは問い掛ける。彼は年数についても推察ができているのだろうか――
「――二千年」
その言葉で、エルマやセレンが息をのむ。けれど、ギルジアだけは腕を組み超然と俺の言葉を聞いていた。
「千年で強くなり、さらに千年で異空間を両断できる技法を得て、俺は次元の悪魔を倒して外に出た。結果として、外で二千年経過していたわけではなく、俺は強さを得て活動を始めた」
「そして今に至ると……なるほどなあ、経緯から考えれば、君は間違いなく異例中の異例だ。しかもその力は、魔王グラーギウスに関連するものときた」
と、ギルジアは突然笑い始めた。
「魔王としても予想外だろ。まさか自らが実験のために生み出した悪魔が、自らを倒すかもしれない牙を生み出すとは」
「……実験?」
「次元の悪魔という個体は知らなかったが、世界各地には魔王グラーギウスが生んだと思しき変わった特性を持つ悪魔がいる。君が出会ったのもその一つというわけだ」
そうなのか……どういう意図で生み出したのかわからないが、結果的に俺はそれを利用して強くなったと。
「魔王由来の効果により強くなったというのは……皮肉以外の何物でもないな」
「あの、一ついいですか?」
「ああ、どうした?」
「あまり驚かないんですね」
「そのくらいはやっていてもおかしくねえなあ、とは異空間の話を聞いて思ったからな」
彼は俺と出会った時に評価をしたわけだが、それが当たらずとも遠からずという感じだった。彼からすれば、そう違和感のない話なのかもしれない。
「……それと、精神性まで変化がなかったので、別に二千年経過したけど精神的には何もないんですよ」
と、俺は補足をする。
「なんというか、実際二千年修行をしたわけですが、誰かに否定されたら、そんな気もするくらいで」
「特殊な空間みたいだから、そんなこともあるさ。ところで、肝心の悪魔は倒したんだよな?」
「もしいたら、同じ事をするつもりですか?」
「さすがにしねえよ。加えて魔王が他にそういう個体を作っていないところをみると、あまり有用でなかったって評価だろうから、どちらにせよ次元云々について気にする必要はなさそうだな」
「……にわかに信じがたい話ですが」
と、エルマが俺へ告げる。
「先ほどの魔力を考えれば、尋常ならざる修行の結果であることはわかります」
「一応確認ですけど、報告とかしますか?」
「本音を言えば、そうした人物がいると国へ通達するのが筋だとは思います。しかし」
と、彼女はセレンやギルジアに視線を送り、
「……ひとまず、この場に留めておくことにしましょう」
「俺が言ったように、裏切り者がいる可能性を考慮して、だな?」
ギルジアからの鋭い問い掛け。それにエルマは首を縦に振り、
「少なくとも、騎士団や大臣の中にいないと断言は……できると言いたいのですが、覇王様からすれば怪しいということですよね」
「まあ、魔王グラーギウスだってこっちに対し無策というわけじゃないだろって話だ。過度な警戒をする必要はないが、人の出入りもあるし、何より奴は配下を人間として送り込んでいたこともある」
カイムの仲間だったレドやジャックもまた同じパターンだな。
「だから注意しておけって話だ。今後、勇者達の要望でさらに人を入れる可能性も出てくるだろうからな」
「……肝に銘じておきます」
エルマは納得した様子だった。これで話は終わり……かと思ったのだが、
「よし、タイミングもよさそうだから、ここで話をしておくか」
さらにギルジアは何かあるようだった。
「こっちから、一つ頼んでいいか?」
「私の権限の届く範囲であれば」
「大した話じゃない。ここにいる彼ら二人を間借りたい。場合によっては勇者達を試す時に二人がいないかもしれないんだが」
俺とセレンを? 何事かと眉をひそめるとギルジアは、
「ああ、もちろん二人が同意するならという前提条件はあるが」
「……こっちは、構いませんけど」
俺が返事をする。セレンも頷くとエルマは、
「その辺りについてはいくらでも説明できますし、構いません。それに、お二方の実力については明瞭になっていますし、私も報告はできるので問題も出ないでしょう」
「決まりだな」
ギルジアは笑みを浮かべ、俺とセレンへ視線を送った。




