勇者の誕生
シェノンがギルジアへ魔法を使っているとのことだが、他ならぬ彼女の動作もほんのわずか。相当な練度があると考えていい。
「騎士エルマを含め、騎士は気づかなかった。あの場にいた勇者達も同じだろう。しかし、どうやら君は気づいた」
そしてギルジアは俺へ言う。そこでこっちは、
「あくまで、違和感程度ですけどね」
「それでも魔族すら気づかなかったそれを……というわけだ。視線で何か感づいていることはわかっていた。そして対峙して……ああなるほどと納得した」
「俺の力を……把握したと?」
「別に全てを理解したわけじゃあない。だが、目の前にして相当な力を身の内に秘めていると察した。この魔法による恩恵なのか、俺は他者の魔力とか視線とか気配にかなり敏感でなあ。力の量や質についてもかなりの精度でわかる。だが、君の場合は……底が見えなかった」
ギルジアは魔力を閉じる。部屋に一時静寂が訪れ、
「そして戦ってみて確信に変わった。俺の斬撃、結構な魔力を収束させたが、それを見切って相殺した。端から見れば地味な戦いに見えただろう。派手さはまったくなかったし、そこの二人と戦っていた時の方がよっぽど本気を出していたと見られただろう。だが、一番驚愕したのは君との戦いだ」
……相当、俺に対し評価してくれているようだ。それと同時に、俺は数いる勇者の中で特に秀でた存在が認める以上、気合いを入れ直さなければ、と思う。
「で、どうだ? 話す気になったか?」
「……信じてもらえないと思いますが」
「それは俺が決める。まあなんというか、頓狂な理由なのはわかるぜ。その力……人の身では絶対に成しえない領域に踏み込んでいる」
と、ギルジアは手招きするようなジェスチャーをして、
「その力の一端、見せてもらっても?」
「……わかりました」
俺は一度深呼吸をする。別段隠しているわけではないし、そもそも信用してもらえないから話をしなかったという面もあるのだが……なんだかこういうシチュエーションになると少し緊張するな。
まず、ゆっくりと魔力を高める。静かに、誰にも気取られないように……悪魔に捕らわれていた異空間でも、似たようなことをしていた。自らの力を認識するため、呼吸を繰り返し、五体に巡る魔力を知覚する。
そして――それを一気に体外へと出す。それはほんの一瞬。ドクンと鼓動がなるくらいの時間。そこから一度閉じて、張り詰めた空気の中……俺はゆっくり、静かに魔力を発露する。
それを少しずつ大きくして……ギリギリ、と刃がかみ合うような音が聞こえた気がした。とはいえそれは錯覚。膨大な魔力が発生すると、幻聴とか幻覚が生じる場合がある。今回の場合はきっとそれだ。
そしてギルジアは……間違っていたと言わんばかりに頷いている。さらに魔力を引き上げる。俺の魔力が空間を満たし、ギルジアは口の端に笑みを浮かべる。それはまるで……勇者の誕生を目の前で見ているような雰囲気だった。
俺はさらに魔力を高める。自分で止めるべきか、それとも言われるまでこのままなのか、と思ったその時、
「ストップ」
制止がかかった。俺は瞬間的に魔力を閉じる。
「すまん、それ以上やると結界が壊れる」
「……魔力遮断の結界が?」
「密閉空間にしているから、一定以上の魔力が溜まると破裂するんだよ」
「なるほど……」
俺は納得しつつ、エルマとセレンの方を見た。エルマはまずこちらを見て硬直していた。信じられないというよりは、どうやってそんな力を……という感じだった。
セレンについては妙に納得しているのかしきりに頷いていた。幻影とはいえ魔王グラーギウスを倒せたのだ。そのくらいの力はあって当然だろう、みたいな感じである。
「……確認ですけど」
と、俺は頭をかきながら告げる。
「このこと、公表するつもりですか?」
「あー、そうだな……そちらの不都合なら黙っているが、嫌なのか?」
「別に隠し立てしているわけではないですけど、いきなり功績の少ない俺を前に出したら軋轢が生じませんか?」
「説明すれば大丈夫だとは思うが……いや、ここは隠しておくことか」
「それは、なぜ?」
問い掛けにギルジアはエルマを見て、口を開く。
「……騎士エルマがいる手前、あんまり言いたくはないが……警戒してだな」
「魔王に内通している者がいると?」
「そういうことだ。魔王グラーギウス……それがどれだけヤバいのか、俺ですら想像しかできない。誰もが推測の上で戦おうとしているわけだ。なおかつ敵は馬鹿じゃない。こちらの情報をとろうとするだろう。だったら、何かしら隠し球くらいは持っておくべきだろ」
それが俺……なのはどうなのか。内心の疑問をよそに、エルマがギルジアへ告げる。
「発言そのものは否定しません。無論、こちらには魔王に秘匿しておくべき情報はありますし、相応の対策は立てていますが……」
「俺は直接魔王グラーギウスを見ているが故の警戒だ。それで納得してもらえないか?」
「……わかりました。あなたが言うのであれば」
決まったらしい。俺としては別段気にしてはないので、
「俺は国の方針に従いますよ」
「では、覇王様の助言もありますし、戦士アシルの件についてはこの場に留めておくということで」
「この場に裏切り者がいなければこれで話は終了だな」
またずいぶんと棘のある言い方を……エルマはそこで苦笑し、
「私については信じて頂くしかありませんね……ともあれ、戦士アシルについては私も興味があります。どのようにその力を?」
……改めて思うのだが、説明する場合はほんの少し話すだけで事足りるんだよな。
「えっと……まあなんというか、自分で言うのもあれだけど無茶苦茶というか」
「そんなものこの場にいる全員がわかっているから心配するな」
ギルジアかが言う。まあそれもそうか。
「あー、そうだな……ギルジアさんは『次元の悪魔』という存在は知っていますか?」
「次元?」
「魔王グラーギウスが生み出した……あるいは、その眷属が生んだ悪魔なんですが」
「んー、聞いたことがあるようなないような……」
「人間を次元に取り込み、食らう悪魔ですね」
と、エルマが補足する。彼女は知っているのか。
「直接その個体を見たことはありませんが、確かあなた達の国で得た情報の中に詳細がありました」
「ああ、なるほど……そういう経緯で情報を。で、俺はその悪魔に取り込まれたんだけど。そこは異空間で、物理法則などが大きく異なっていた」
「……はあー、なるほどな」
と、ギルジアは納得したように呟いた。




