勝負の賭け
見た目上、セレンがギルジアを追い込んでいるように見えるが……実際はその動きに戸惑い、対処方法を模索しているといった感じなのだろうと俺は察した。
そしてギルジアの体に変化……それと共に動きが鋭くなる。しかしセレンは負けじと剣で応じる。強力な悪魔さえも両断するその力で、なおも執拗に追いすがる。
というより、優位に立っている今の状況を手放したら負けると判断してのことだろう。それは間違いなく正解だった。ギルジアがなおもセレンの剣術に手を焼いている今しか、勝機はない。
しかし……ある時を境にセレンが押され始めた。形成が逆転し、彼女は大きく後退を余儀なくされた。
ギルジアは追わなかった。むしろ追撃すれば思わぬ反撃を受ける可能性を考慮したのかもしれない……とにかく、両者は間合いを外で相手の様子を窺うような形となり、
「……こんなところかな」
一つ呟きセレンは剣を鞘に収めた。
「ありがとうございました」
「もういいのか?」
「私の剣術が覇王に通用する。それだけわかれば十分です。これ以上戦っても、こちらがボロを出して終わりそうですし」
「そうかあ? そっちはまだまだ戦い方がありそうだけどな。今だって、劣勢になったと思わせてカウンター食らわしてやろうっていう魂胆だっただろ?」
セレンは何も言わなかったが……正解なのだろう。セレン自身、まだまだ戦えるはずだが、あんまり無理はせずやめたというのが顛末みたいだ。
で、当のセレンは俺へ目配せした。この流れだと俺にも来るよなあ。
「どうぞ」
ギルジアも乗ってくる。俺は一つ息をついた後、彼と対峙した。
「すまないが、そちらの武功とかはあまり知らないんだが」
「別に構いませんよ……そもそも、人に噂されるようになったのはつい最近ですし」
言いながら剣を構えるのだが……この時点で、なんとなく理解できてしまった。
なおかつ、ギルジアについては……何かしらトリックがある。とはいえ幻術で能力をごまかしているとかそういうことではない。おそらく後方にいる彼の従者が、何かをやっている。ただ周囲の人間は気づいていない……エルマやセレンすら気づいていない感じなので、この場で違和感を持っているのは俺だけかもしれない。
ただ、そのトリックの詳細についてはわからないけど……推測するとしたら、従者が魔力により強化しているといったところだろうか。とはいえ、そんな単純なものではないように思えるが……何かしらタネが存在し、彼は強い。
で、そんな彼に対して俺だが……うん、間違いない。
俺は――彼を瞬殺できる。
「そうだな、ちょいとそちらに興味があるから、賭けをしないか?」
ギルジアはセレン達にしなかった提案をしてくる。
「賭け……?」
「どうやら君は、俺の能力について何かを察しているらしい。といっても、何か違和感程度の感触みたいだが」
発言を受けて、周囲がざわつく。当の俺も内心驚いている。何も言っていないが気づいたのか。
いや、目線とかで察したのか。普通なら、人の目は覇王の異名を持つギルジアへ注ぐ。その中で俺は従者へ何度も視線を移していた。それを怪しんで……ただ、この推測が正解だとすると、エルマやセレンと戦う間も周囲のことは気に掛けていたことになる。とんでもない注意力だ。
「もし勝ったら、その辺りのことを教える……どうだ?」
「別に教えてもらいたいわけでは……」
「で、俺が勝ったら君のことを尋ねようか」
――つまりあれか、俺の能力について話せってことか。
なぜ俺にそこまで興味を持つのか……俺がまとう空気感のようなものに関心を抱いたのか。ともあれ、他の二人とは異なり俺は何かを賭けなきゃ行けないらしい。
今更そんな勝負は嫌だと背を向けるのもあんまりよろしくないだろうし……こちらが頷くとギルジアは大きく頷き、
「よし、それじゃあ……やるか」
剣を構える。騎士のように正道に近い感じなのだが、俺は応じることなく相手を注視する。
雰囲気からわかるのは、覇王という異名にふさわしいだけの能力を持っている……のは間違いない。ただ、俺としてはそれでもまだ相手になるかどうか微妙なところ。二千年という歳月の修行は、人間という枠を大きく飛び越えてしまったのが、人類最強の一角を目の前にしてわかってしまった。
とはいえ、セレンのように剣術で俺を圧倒した例もあるため、単純な力の大きさだけで評価をするのは早いか……ともあれ、純粋な力勝負になったら俺は確実に勝てる。ただ真実に辿り着かないまでも何かしら察しているギルジアであれば、力押しなんて仕掛けてこないだろう。技量勝負については……正直、わからない。
まあ、ひとまずそれに持ち込んでみるか……俺は足に力を込め、駆けた。真っ直ぐギルジアを見据えながら剣を薙ぐ。
相手はまず剣で受けた。金属音が広間に響き渡るが、エルマと戦って時ほどではない。
そこから俺とギルジアは数度剣を交わす。それは双方が探り合っているような感じであり、本気を出しているわけではない。俺は相手が放つ剣の魔力量を見極めて相殺するように動いているのだが、対するギルジアも従者が動く気配はなし。
周囲の人からすれば、物足りなく感じるかもしれない。エルマやセレンのように派手さはまったくない……ただ、ギルジアの様子は先の二人とは違っていた。俺を見定めるような……それでいて、むしろ自分が力の底を引き出してやると言いたげな様子。
「――ふむ、そうか」
突然、ギルジアは俺と距離を置いた。こちらは剣を構え直し、じっと相手を見据える。
「剣を合わせてみたが……なるほど」
「何がわかったんです?」
「いや、何もわからないことがわかった」
なんだそれ?
「より正確に言えば、君がどういう存在なのか……それを推し量る材料がない。剣を合わせれば何かわかるかと思ったが」
「俺はそこまで追求されるようなものは持ってないですよ」
「そうか?」
ギルジアは笑みを浮かべると同時に――剣に魔力を集める。とはいえそれはひどく静かなもので、さざ波とさえ形容するのも言い過ぎなくらい。
本当に、誰に見咎められることなく……対峙している俺だけが気づけるレベル。それと共に、従者が身じろぎした。おそらく――何か仕掛けた。
「どうする?」
主語のない問い掛け。俺は黙ったまま剣を構え……途端、ギルジアが前に出た。
その瞬間、俺はゾワリと背筋にくるものがあった。即座にギルジアを注視し――特に、魔力を収束させた剣に視線を注ぐ。
それと共に理解する――あれは――
「っ!」
反射的に俺は剣へ魔力を込め、迎え撃つ構えを見せた。




