最大の障害
剣が完成したのは、異空間に捕らわれて五百年が経過した時だった。手にしたのは一本の長剣。鞘ごと作成したので余計に時間が掛かってしまったが、満足のいくものができた。
それを試すべく、俺は魔物を生み出した。魔力の仕込みを始めたのはおよそ百年前。感覚がもはやおかしくなっているのか、百年単位もあまり気にならなくなってしまった。
生み出されたのは漆黒の騎士。その魔力は、俺が今まで相まみえた魔物、魔族よりも遙かに強大。自分で生み出した存在だが、百年という歳月はおそらく魔王クラスにまで、その強さを引き上げた。
俺が剣を腰に差した瞬間、騎士は動く。手に持つ長剣から発露する魔力は、もし触れれば抵抗なく両断されるだろうと断定できるほど。だが俺は臆さず、まず左手をかざした。
「――穿て!」
放ったのは雷撃。五百年の成果……螺旋を描くように魔力が収束したかと思うと、突撃する騎士に直撃し、その体を吹き飛ばした。
破裂音が異空間にこだまし、騎士の体が硬直する。しかし相手はまだ健在。持っている刃で俺を始末できるのも何一つ変わらない。
そこで俺は剣の柄を握り抜刀する構えをとり、呼吸を整えた――俺は本に載っていたもの以外にオリジナルの技を一つ作成した。といってもやることは魔力を込め、敵へ放つだけ。
何かの本に、技は名を付けることで特別になり、威力などが上昇すると書かれていた。今からやるのはまさしくそれだ。
漆黒の騎士が再び突撃する。そして俺は、
「――神魔一閃」
声を発した直後、鞘から剣を抜き放ち、騎士の斜め下から頭部へ駆け上がるような剣戟を放つ。騎士は即座に応戦し、剣を差し向けた。俺の剣を受け流し、反撃で仕留めようとう算段だった。
だが、その目論見は外れる――騎士の剣と俺の剣が触れる。すると、騎士の刃が何の抵抗もなく両断。その体に俺の斬撃が駆け抜けた。
そうして……騎士はあっさりと消滅する。百年という歳月を経た存在であっても、容易く滅する……攻撃能力においては、多くの人を凌駕したと言っても良さそうだ。
「だが……まだだな」
俺は断定する。先ほどの敵、もし刃が俺に届けば死んでもおかしくはなかった。さらに言えば、毒や麻痺といった体が動けなくなる攻撃。加え精神的な部分に干渉する魔法については無力だ。
それに対抗するためには今まで以上に魔力を確固たるものとする必要がある……人は基本、防御は鎧などに頼りさらに魔力を体にまとうことでダメージを減らす。これを魔力結界と呼ぶのだが、それを使えば今の俺なら大抵の攻撃を防ぐことはできる。
毒や麻痺も物理的な攻撃を弾く魔力結界なら……と思うのだが、魔王クラスとなったら話は別だろう。精神系魔法も同じだ。よって魔力結界を強化し、なおかつ剣以外の装備品を作成して防御を盤石のものとする……これで決まりだな。
とはいえ、三百年掛かってようやく剣一本である。衣服などに時間をどれほど掛けるのか……もっともやる気には満ちていた。よって、俺は早速作業に着手したのだった。
百年後、魔力結界の完成を見た。とはいえまだ防具は完成していないため、完璧には程遠い。魔王の攻撃……いや、この世界のあらゆる攻撃を防げるだけの力を――と、話が壮大になっているのだが……この空間で修行を続ければ果たせるかもしれないため、だからこそやり遂げようという所存だった。
無論、剣術や魔法の鍛錬も忘れない。魔力の器はさらに大きくなる……ただここで懸念も。内に抱える魔力が膨らんだため、それが気配に多少なりとも露出しているようだ。ならば、自分の気配を極限まで隠せるように処置をする必要がある。
さらに百年で、俺はある事実に気付いた。魔力の器を大きくするだけでなく、器に入る魔力の質も変えることによって、さらに成長の余地があると。何百年も修行していてようやく気付いた……いや、質を根本から変えるということ自体、常識的に考えられない。ある種、人間が築いてきた法則への挑戦だった。
それに対しこの異空間で修行してきたからこそ、どうすればいいか、わかる。よって防具作成に加え、修行を進めさらに質も変えていく……やることは多い。さらに時間が過ぎるのが早く感じた。
次の百年は、驚くほど早くやって来た。防具については着々と完成している。さらに魔力の質を変えたことで、量も力も向上した。練り上げた魔力で剣を振れば、今まで以上の威力が出せる。さらに器を大きく、質を高める……修行はそれに費やされた。
そうして訪れた次の百年で武具はおおよそ完成。この時期、俺はあらゆる環境で戦えるような修行を施していた。魔法で異空間を水没させ、水中で自在に戦えるように。あるいは凄まじい重力の下で問題なく剣を振れるよう負荷を掛けて――そんな状況を想定するなど、一体何と戦う気なのだというツッコミもあるだろう。だが、考えが止まらなかった。魔王――果ては世界中のあらゆる脅威と戦えるように、俺はひたすら修練を繰り返した。
そして――異空間に閉じ込められて、千年という歳月を迎えた。記念日というには微妙なところではあったが、最後に作成していた防具も完成した。
防具は鎧ではなく、衣服……といっても硬い感触の物で、見た目的にも動きやすさを重視。青を基調としているのは俺の趣味で、腰に剣を差して、左手の手首には腕輪が一つ。さらに首にはペンダントが一つと、足にはブーツ。
これらを全て、一から自分で作り出した。俺が魔力を加えずとも存続しうる武具達。肌着も含めて自分で作ったのだから、なんというかやり過ぎではある。
で、これらの武具だが、魔力で一時的に分解できるようにした……というのも、奪われたり手元にない状態になってしまったら面倒だと思ったためだ。自分の意思で魔力として取り込み、また戻すことができる……こうした特性を持たせるのに時間が掛かった部分もある。まあこれで盗難の心配もないし、敵に奪われても遠隔で分解すれば手元に戻せるので、これで良し。
武具も完成し、もはや次元の悪魔を倒すことも……少なくとも逃げることは楽勝だろう。とはいえ、やられる確率がゼロとは言えない。確実なことを言うのであれば、次元の悪魔の攻撃さえも通用しない防御力と、絶対無敵のこの空間内で倒せるだけの攻撃力が必要だ。
防御については、さらに研鑽を積んで魔力結界の強化……これは地道ではあるが、それを続けるしかない。では攻撃面はどうか。ここについては明瞭な目標が存在する。
「――ふっ!」
俺は異空間の壁を斬る。千年という歳月で強くなり、魔力を込めた斬撃については極まった感があるわけだが……壁に傷一つつかない。
この空間は特殊であり、次元の悪魔が絶対に逃がさないように生み出したもの。これを打破するためには、それこそ異空間――次元を斬るという能力が必要だ。
それは言わば、次元の悪魔が生み出した絶対的な法則……異空間の理を打ち破ることを意味する。それは純粋な力とはまったく違うものが必要になる。
現時点で俺は、様々な存在を打倒できる力を得たはず。しかし、この異空間の支配者。次元を打ち破ることはできていない。
よって今から、本格的に悪魔を打倒するための修行を始める。千年経って、ようやくである。
「それに、どれだけ時間が掛かるかわからないけどな……」
そうこぼしては見たが、口の端には笑みが浮かんでいた。おそらく今まで以上の難事業だろう。しかし、力を手にした俺ならできる……そんな根拠のない自信が体の内にあった。
ならば突っ走るのみ……修行を再開。魔力を鍛えながら俺は次元を斬るべく鍛錬を始める。この空間における最大の障害へ向かって、真正面からぶつかっていった。