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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第二章

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彼女の剣閃

「くっ……!」


 エルマはギルジアの思わぬ反撃にたじろぎつつ……どうにか身をひねって対応した。ギルジアの攻撃により彼女の剣閃は空振りに終わり、双方とも距離をとった。

 特にエルマについてはかなり無理矢理移動をしたため、大きな隙が生じたのだが……ギルジアは一切追わなかった。余裕のつもりか、それとも――


「俺は、だな」


 と、ギルジアがエルマへ向け発言する。


「覇王などと言われ、もてはやされている……かどうかは知らんが、まあそれなりに名が売れているわけだ。で、そんな異名を持っていると突っかかってくるヤロウがごまんといるわけだ。俺はそれを返り討ちにし続けたわけだが……その結果、不敗伝説だの戦いに負けたことがないだの、噂が噂を呼んでとんでもなく話がでかくなった」


 やれやれ、といった様子でギルジアは語る。


「俺から言わせれば、そんなわけあるかと。魔物や魔族との戦いでそれこそいくらでも負けている。世界は広くて異名なんて何一つ持っていなくとも、とんでもない力を持っている人間もいてな。それに対し挑戦してあっさり負けたとかも多々ある。別に俺は、延々と勝ち続けてきたわけじゃあない」


 と、肩を軽く回りながらギルジアは言う。


「あー、つまり何だ。俺が言いたいのはここで負けたとしても別に構わんって話だ。そりゃあまあ、ここに集められた勇者達よりは強い……なんて自負はある。いくらでも挑戦は受けるが、負けて品位を下げたとしても俺は一切気にしないというわけだ」


 ここでギルジアはエルマへ剣の切っ先を向けた。


「だから、全力を出してもいいぜ?」

「……つまり、私の力が見たいと。その結果、負けても構わないと」

「そちらが上だっていう、単純な話でしかないからな」

「別に配慮をしていたつもりはありませんが……なるほど、確かに少しばかり、迷っていたのかもしれません」


 途端、空気が変わった。会議場で勇者へ告げていたように、硬質な気配をエルマはまとう。


「いいでしょう。ならば――覇王に応じるべく、力を出しましょう」


 どよめきが上がった。周囲の騎士や兵士はエルマへ注目する。反応を見るに、彼女の力について知っている人間は少ないのだろうか?

 ここまではあくまで剣術の延長線上だが、それ以外に……武具の力を生かした戦法というのがあるのか? 俺は疑問を抱きながら彼女を注視し――その時、彼女の姿がブレた気がした。


 これは、と悟った直後、彼女の姿はギルジアの眼前にあった。まるで瞬間移動……そんな風に感じさせるほどの動き。しかも音もなく……無論、転移ではないだろう。短距離転移という魔法は確かに存在するが、実行するには多大な魔力を消費するはず。それをしのぎを削る一対一の戦闘で使うというのは、非現実的だ。

 彼女の剣とギルジアの剣が激突する。甲高い金属音と共に今度こそ鍔迫り合いとなった。ここに至りギルジアも魔力を高める……ただ、俺はそこで違和感を覚えた。


 なんだろう……引っかかり、と言えばいいのか。力を発したとき、何か……剣を合わせる両者を見ながら俺は視界に捉えるものを精査する。俺の横には固唾をのんで見守るセレン。力が拮抗しているのか刃を交わすエルマとギルジア。そしてギルジアの後方に、彼の従者。

 それを確認した直後、エルマは動いた。それは身じろぎ程度の動作であったはずなのだが……気づけば、ギルジアの背後に回っていた。本当に転移したとしか思えない動作。だが、


「すげえ動きだが――」


 ギルジアは体を即座に反転させた。まるでエルマが動くタイミングを予想していたように。それにより立ち位置を反転させながら彼女の剣を受ける。

「戦術的にあまり褒められたものじゃないな。確かに俺は捉え切れていない……が、次にどう動いてくるか読める」

「経験と勘で応じているわけですか。しかしそれでは――私に追いつくことはできません」


 ヒュン、と風きり音がしたかと思うとエルマの体は再びギルジアの背後に回った。しかし彼はそれも即応した――が、ほんのわずかに対応が遅れた。

 ヒュンとさらに音が鳴る。おそらく最初と比べ移動速度が速くなっている。風系の魔法を利用し、移動していると推測できるが……それ以外は何一つわからない。


 そして――彼女の動きが激しくなる。一瞬でギルジアの横手に回ったかと思うと、今度は正面、背後、再び横――残像さえ見えそうなほどの速度で彼女がめまぐるしく移動を繰り返す。一方でギルジアはそれに応じている……端から見て脅威だ。どうやって察知しているのか、放たれるエルマの剣を全てたたき落としている。

 その速度がさらに増し、つんざくような金属音が広間を満たした。擬音で表現するならガガガガ、という破砕音にも似たものだ。俺はエルマの動きを見て、何か参考にできないかと思ったのだが……セレンの時と同じだ。何をしているのかおおよそ察しはつくが、形だけ真似してもああはならない。間違いなく、彼女の鍛錬の成果がなければ不可能な動きだ。


 なおかつエルマはまだ何か隠しているのか? 驚嘆するばかりだが、これだけで魔族を……ひいては魔王を倒せるとは思えない。


「これで終わりか!?」


 俺と同じ事を考えたのか、ギルジアが叫ぶ。エルマの動きに食らいつくギルジアもまた傑物……と、エルマはここで引き下がり距離を置いた。息一つ切らしていない彼女の姿に、騎士や兵士はさらなるどよめきを上げる。


「なるほど、そんな動き魔物では対処しきれない……が、魔族相手となったらどうなるかわからん。ましてや魔王は――」

「こちらも、それは認識していますよ」


 と、エルマはギルジアの言葉を予期していたように告げた。


「これは身体能力による全力……まだ、剣の力を出していません」

「この速度の上に、さらに剣の力か……持っている剣、他の騎士と同じに見えるんだが、何か特別なのか?」

「本命の剣は、普段宝物庫に封じられています。あまりに強力なので、下手に使えば城が無茶苦茶になりますからね。この剣は、それを擬似的に模倣した物……正直、私としてもドキドキしています」


 エルマが放つ魔力がさらに高まる……それと共に、彼女は言った。


「全力を戦う相手にぶつけること自体、初めてです。ギルジア様……そちらもまた全力を出すことを、推奨します――」


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