幻術の空間
ギルジアとその従者、さらにエルマと俺にセレン……合計五人は城内にいる訓練場を訪れた。普段教練で使っている場所なのは間違いないのだが……そこに、変わった物があった。
部屋自体は真四角の広い空間なのだが、その中央を中心として茶色い石材が使われている。他の場所は白い石材であり、なおかつその床には魔力が備わっていた。
「ほう、面白い物があるじゃないか」
ギルジアは一目見てそれが何である察した様子。
「なるほど、しかるべき場所か……どういうシチュエーションだ?」
「もちろん、こういう形です」
エルマが告げた直後、広間に変化が。突如周囲に魔力が満ちると、壁や床面が変わる。
いや……それはおそらく幻術の類い。しかしまるで転移したかのように……以前、闘技大会で戦っていた時のような、闘技場へ広間は変貌した。
「……魔力で、擬似的に場所を再現するのか」
セレンは呟きながら床を見る。先ほどあった茶色い石材がそうした効果を及ぼしているようだ。
「しかもこいつは単なる幻術じゃねえ」
と、セレンの言葉に続きギルジアが言った。
「魔力により床や壁を加工して、見た目通りのものを再現する……障害物の生成すらも魔力で自在だ。さすが、超大国。こんな設備を作るのに相当な費用が掛かるだろうに」
「魔王に挑む以上、やれることはやっておくだけです」
「あれか? 騎士達はあらゆる状況を想定して、この施設で訓練をしていると?」
「その通りです」
エルマは答えた後、剣を静かに抜いた。
「では、始めましょうか」
「おう、いいぜ」
ギルジアは応じて……俺とセレンは審判を務めるように彼らの横に立つ。
まず互いの武器を確認する。エルマは普通の長剣……見た目は他の騎士が身につけている物とそれほど変わらない。まとっている魔力が少し特殊な気もするけど、どういう効果なのかはセレンのように刀身から魔力が漏れているというわけではないため、今のところわからない。
一方でギルジアは……その剣は体格の良さからやや大ぶりではあるが、大剣というほどの分厚さはない。彼にあったサイズの長剣といったところか。その刀身からは何も感じないため、こちらも魔力は秘められている感じか。
互いは間合いから離れた位置で対峙し、双方が出方を窺っている……と、この間に何だ何だと兵士や騎士が見学に来る。幻術は効いているが外から出入りはできるらしく、思わぬ模擬戦闘に人々が集まってくる。
あまつさえ、先ほど解散したはずの勇者の姿も……目立って大丈夫なのかと思うところだが、エルマもギルジアも意に介していない。二人とも完全に戦闘モードに入っており、他のことには目もくれず、といった感じか。
その中で――先手をとったのは、エルマだった。一歩――たった一歩でギルジアへ間合いを詰めたかと思うと、その剣を容赦なく放った。
それは聞き手を封じるような軌道を描いているが……即座にギルジアは応戦。完全にエルマの剣を見切ったか、彼女の刃をあっさりと受けた。
ギィン! と、一つ甲高い金属音が訓練場に響く。周囲にいる騎士や勇者達は歓声一つ上げずに沈黙している。固唾をのんで見守ると言うべきだろうか。どちらが勝つのか……それをじっと注視している。
そしてエルマ達は、剣を互いに合わせたままで動きが止まる。鍔迫り合いという形ではない。エルマは剣を振りかぶった状態で、切り返し応戦しようという気配。一方でギルジアは剣を受けた状態で止まり、カウンターを狙うかタイミングを見計らって後退するか。
時間にして五秒ほどか……戦闘をする上でひどく長い時間を消費し、エルマが切り返した。ギルジアの刃に剣を振れさせながら滑らせ、受け流すようにして追撃を放った。狙いは喉元。完全に息の根を止めるような気配だった。
しかしギルジアはそれを見切り、エルマの剣を紙一重でかわした。ギリギリという様子ではない。まだまだ余裕はあるし、その程度の動きであれば、こんな風に当たる直前でもかわせる……そんな余裕さえ見え隠れする。
それに対しエルマは追撃しなかった。とはいえ攻撃が通用しなかったという落胆ではなく、ここまでの行動はギルジアの出方や、その動きを見切っていたということなのだろう。
「悠長だな、ずいぶん」
と、ギルジアはエルマへ告げる。
「こんな長い時間を掛けて相手を観察していたら、魔族は倒せないぞ?」
「承知しています。魔族や魔物との戦い方は別です……今回の相手は、世界に名をとどろかせる人物。であれば、何もわからず闇雲に戦うのは非礼だと感じただけです」
「なるほどな……で、俺の力の底は観察できたのか?」
「そこまでは解明していません……が」
エルマが構える。今度は間違いなく、ギルジアを倒す気概を含んでいる。
「少なくとも――その動きは察しました」
魔力が高まる。騎士達がどよめき、勇者達がどうなるのか注目する。
実績がないながらも、俺達勇者をまとめる役目を背負った彼女……セレンと同じように幼少の頃から剣を学んでいるタイプの人間。そして、その技量だけで今の立ち位置にまで上り詰めた……それだけ説得力のあるものが、今から見れるのか――
エルマが駆けた。すると、ギルジアが思わぬ動きをした。彼女が足を出したと同時、なんとギルジアもまた足を前に出した。
「攻めようとした時に、思わぬ攻撃を受けるのが一番面倒なんだぜ?」
まずい、と俺は心の中で呟く。エルマは床を蹴り勢いをつけてギルジアへ攻め込むはずだった。しかしギルジアが迫れば一転、逆に突撃が悪い方向に転がってしまう――
「知っていますよ」
だが彼女は極めて冷静だった。最初からわかっていたかのように、ギルジアの動きに合わせ体を動かした。視線をやや低くして、ギルジアが出した右足とは逆方向へ体を移し、すれ違いざまに斬ろうとする。
まるで、最初からギルジアがそう動くと予見していたかのように――とはいえ、ギルジアも黙っていない。
「なるほど、動きを悟るか」
刹那、ギルジアの魔力が膨らんだ。迎え撃とうとしていたのにそれよりもさらに早い手を打とうとしたエルマ。しかしそれを力で押しつぶすように――ギルジアの剣戟が、エルマへ驚くほどの速度で迫った。




