戦う資格
「人一倍、鍛錬は欠かしませんでしたよ」
と、答えてみるのだが……ギルジアは「わかったわかった」と返答した。深く詮索する気はないらしい。
まあそもそも、強くなった背景とか他の勇者にしたらどうでも良いって感じなのかもしれないけど……なんだろう、今更「二千年の修行をしました」とか言っても、ふーんで返されそうな気もしてくる……会議場にいた勇者の中には、もっと波瀾万丈な経緯で強くなった人とかいそうだし。
「何にせよ、この場所にいるくらいに強くなったんだから、良かった……と、言えるのか?」
「強くなることは目的を達成するために必要なことだったので、俺は良かったと思います」
「そうか……この戦いに勝利すれば、魔族という種族との戦いに大きなくさびを打つことができる。頑張ろうじゃないか」
お茶を飲むギルジア。雰囲気的に酒とか似合いそうなんだけど……というか、お茶を飲み干したら酒樽とか出てきそうな気配すらある。
「……確認ですが」
ここで、ギルジアへエルマが話しかける。
「覇王様は、エルディアト王国に協力してくれるという解釈でよろしいのでしょうか?」
「異名で呼ばなくても構わないぜ……そして俺についてだが、基本的にはそのつもりだ。何か面倒事があったら遠慮なく相談させてもらう。ただ、一つだけ俺としても言っておくべきことがある」
「何でしょうか?」
「このエルディアト王国について、だ」
両手を左右に広げ、ギルジアはエルマへ語る。
「この国が、人類にとって最大規模の国家であることはわかる。過去、歴史にはこの国よりも広大な領土を保有していた国もあったわけだが、この国の軍事力はそうした歴史上の国とも引けを取らないだろう。しかしその上で、問い掛ける」
ここでギルジアは笑みを消した。エルマを通し――この国そのものに話すような口調で、
「あんたらは、魔王グラーギウスに対抗できる力を持ち、戦える資格があるのか?」
「……つまり、それを見定めたいと」
「その通りだ」
「……一つ、いいですか?」
俺は小さく手を上げる。そこでギルジアは再び笑みを見せ、
「何が言いたいのかはわかるが、言ってみな」
「魔王グラーギウスについて……何というか、あなたの言い回しはあの魔王のことを知っているような雰囲気ですが」
「そうだな……俺は、一度魔王グラーギウスと対峙したことがある。無論、ウィンベル王国にいた幻影ではなく、本物だ」
これは驚いた。まさか覇王――世界有数の実力者が、魔王グラーギウスを知っていたとは。
「奴は、ウィンベル王国以外にも様々な場所に顔を出していた……もっとも、これはほとんど知られていない事実だが、な。その辺りのことは、エルディアト王国へ来た際に、資料で渡したはずだが」
「まだ精査している段階です」
「ん、そうか。なら、俺の記述を見てどう反応するのか見させてもらうが……ともかく、俺は魔王と遭遇した。その力は……他の凡百の魔族とは比べものにならないものだった。それこそ、世界を支配するのは自分だと……そう主張できるだけの説得力があった」
俺やセレンは何も言わず、ギルジアの言葉に耳を傾ける。
「それは数年前の出来事だが……その時と比べても、魔王は強くなっているに違いない。俺が感じた上で言うが、魔王討伐は非常に厳しい。無論、対抗できなければ人類が滅ぶとさえ言えるほどだと考えているから、この戦いは全力でやらせてもらうが……その中で、この国に人類の存亡を賭けるだけの力があるのか」
「……仮に、ですが」
と、今度はセレンが口を開く。
「力がないとご判断された場合は、どうするんですか?」
「俺は俺なりに動くことにする。ただ、少なくともこの国から退散するようなことはない。入念な準備をしているだろうから、それを信じ戦いには出る。だから」
と、彼は再びエルマへ目を向ける。
「頼むから、失望させないでくれよ?」
「全力を尽くします」
ギルジアの声には迫力があり、対するエルマの声は凜とした芯の通ったものだった。戦いとはまた違う緊張感が、両者の間に流れる。
やがて……沈黙の後、ギルジアがふうと息をついた。
「とまあ、驚かすような言い方だが……現時点での見立てだが、反逆の魔族を引き入れているんだ。そう悪くはないぜ」
「ありがとうございます」
「残る懸念は勇者達だが……ちゃんと制御できなければ、それだけで瓦解するぞ」
「それはわかっています。可能な限り対策を講じていますので……」
なんというか、プレッシャーのかかる会話だな……俺達はあまり関係ないわけだが、それでも緊張するのでエルマの心境はいかほどか。
「そして、一番重要なことを質問したいんだが」
さらにギルジアは突っ込む。まだ何があるのかと思いきや、
「他ならぬ君の実力について、どのくらいなのかまったくわからない」
「私自身、具体的な功績を挙げるには少ないですからね」
「しかし、このエルディアト王国で魔王討伐の重要なポストを任されている」
「はい」
「なら……まず第一に、その実力を確認したいところだが」
つまり、模擬戦闘ってことか。エルマはどうするのか。
「……初日にこういう展開はあまり予想していませんでしたが、私は構いませんよ」
「なら、早速でどうだ?」
「良いでしょう」
「よし、それじゃあ……二人も来るだろ?」
ギルジアは俺やセレンへ話を向けてくる。
「当然、その力を見定める必要があるわけだ」
「それは、国側が用意するのでは?」
「だとしても、他ならぬ俺が気になっている」
……なんというか、基本は連携しなければと考えている彼であっても、戦闘に関してはずいぶんと我を出してくるな。まあ、これが勇者とか英雄の性なのかもしれないが。
それに、俺としても気になる……覇王と呼ばれる存在がどれほど強いのか。それを体感するチャンスだ。
「わかりました」
と、セレンが先んじて答える。こちらが合わせて頷くと、ギルジアはうんうんと頷き、
「その意気だ……それじゃあ、早速部屋を出て訓練場にでも行くか」
「場所はこちらで指定しても?」
疑問を告げたのはエルマ。ギルジアは無論とばかりに、
「ああ、それでいいぞ。どこか候補があるのか?」
「相手は覇王です。なら――私としても、しかるべき場所で戦いたい」
彼女の瞳は、闘志がしかと宿っていた。




