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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第二章

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覇王

 次に訪れた場所は、城の上階に存在する客室。エルマがノックをすると中から小柄な茶髪の女性が現れた。


「何かご用でしょうか?」

「ギルジア様にお会いしたいのですが」

「ああ、入ってくれ」

 部屋の中に響き渡るような声が。エルマが先んじて入室し、俺とセレンは後に続く形で部屋の中へ。

 室内は俺にあてがわれた屋敷の部屋よりも広く、以前ウィンベル王国で王城に滞在していた時のことを思い出せるくらいのもの。落ち着かないよなあ、などと考えつつ俺は男性へと近づいていく。


 その姿は……鎧は外しているのだが、それでもガッチリとした体格なのは一目でわかり、なおかつ短くまとまった黒髪がずいぶんと好印象に映る。その顔は強面気味ではあるのだが、こちらを出迎えるその顔は笑みが浮かんでおり、妙に愛嬌があるように感じられた。


「お、勇者達の話は終わったのか?」

「はい」

「大変だったろう……で、後ろの二人は?」


 彼が問い掛ける間に先ほどエルマと会話をしていた小柄な女性がギルジアの傍らに。そそくさという様子で歩く姿から、彼の従者なのだろうと予想はできる。


「ウィンベル王国からお越しになった方々です。名は――」


 と、エルマが簡潔に紹介するとギルジアは、


「そっちも遠路はるばるよく来たなあ……お互い頑張ろうじゃないか」


 なおも笑顔のまま俺達へ握手を求めてくる。それに応じると、迫力……というか、雰囲気に圧されそうになった。

 これが覇王……などと思っていると、当のギルジアは苦笑し始めた。


「まあなんだ。覇王なんて呼ばれ方をしているが、実像はこんなもんだぞ。今回他の奴らと同席しなかったのも、変に注目されてボロを出すと面倒だったからだ」

「面倒、というのは……?」


 俺が質問するとギルジアはやれやれといった様子で、


「俺の異名は、世界でいろんな奴が知っている。君らも知っているだろ。それだけ有名になると、名を売ろうと戦いを挑んでくる人間が現れる。もし会議場に俺がいたとしたら、狙いを定める人間だって出てきただろう」


 確かに……彼の言葉には説得力がある。実際、司会進行をしていたエルマにさえ好戦的な眼差しを向けていた人物がいた。覇王、と聞けば誰もが知るほどの有名人ともなれば、そういう人物にマークされる可能性は高い。


「勇者っていうは、基本的には自己中心的な人間だ」


 と、ギルジアはさらに続ける。


「もちろん仲間を大切にして他者を尊重する人間もいるが、今回集められた勇者の多くは唯我独尊を極めた人間が多い。より正確に言えば、実力により他者から認められ、自意識が肥大したとでも言うべきか」

「ずいぶんと、辛辣ですね」


 セレンが言及した。


「制御するのが難しい人が多いのは事実ですけど……」

「平時なら……それこそ、単なる魔物討伐とか魔族と戦うくらいなら、問題にはならんさ。相応の実力がある以上、尊大な態度でも許される。結果を残しているからな。だが、今回の仕事は……話に聞いた限りでもヤバい案件だ」


 他ならぬ覇王が言う……魔王グラーギウスとの戦いは危険であると。


「エルマさんはほら、会議の席上で言ったんだろ? 実力に自信があるのなら……魔王を討てる自信があるのなら、自由にしていいと」

「はい」

「そういう先走った人間が出てくるのは間違いなく……そういう人間から、やられていくだろうな」

「結束が必要だと」


 俺の言及にギルジアは深々と頷いた。


「そういうことだ。俺がいなかったのは、混乱を避ける狙いもあったんだが……いなくて正解だったみたいだな」


 語りながらギルジアは手でテーブルを指し示す。


「とりあえず、茶でも飲んでゆっくりしようぜ……と、椅子やカップが足らないな」

「持ってきます」


 従者の女性がパタパタと動き始める。そこから彼女が用意した椅子に座り、お茶を飲むことに。


「正直、俺はそんな有名になるようなことはしていないと思うんだがなあ」


 お茶を一口飲んだ後、ギルジアはそんな風に語った。


「たまたま、有名になるような事件に遭遇し、そこで運良く活躍できた……そりゃあ活躍できるだけの実力があったのは事実かもしれないが、だからといって世界でも有数の、なんて枕詞がつくようなレベルには至っていないと思うが」

「謙遜ですね」


 と、セレンが言う。彼女が言うのには理由がある……ギルジアがまとう空気感というか、気配は確かに歴戦の戦士を連想させるものだからだ。

 少なくとも、異名で呼ばれるだけの理由がある……先ほど会議室で集まった勇者達も相当な気配を漂わせていたが、目の前の彼については、その圧倒的な気配は他の勇者と比べても分厚い印象を受ける。


「そうか? 俺から言わせれば、君の方だって相当な力を持っている……対等くらいだと思うがなあ」


 セレンは何も言わずお茶を飲む。そして俺もまたカップに口をつけ、


「で、そっちは……なんというか、奇妙だな」


 俺のことを見ながらギルジアは言う。奇妙?


「何がですか?」

「空気感とか、そういうのが。普通、どんな風に鍛錬してきたのか、気配でなんとなくわかるもんなんだが……」


 と、彼はそこまで言うと女性陣へ視線を送った。


「両者はそれこそ、小さい頃から鍛練を積んできたって雰囲気だな」

「正解ですね」

「うん、当たり」


 エルマと、それに続いてセレンが応じる。


「だよなあ。幼少の頃から剣を振るとか、戦おうなんて意思を持っている人間は、他の人と腰の据え方とか、立ち振る舞いとかが違うんだよな。成り上がった人間や、あるいは死線をくぐり抜けてきた人間だって、それ相応の匂いが出るもんだ。でも、そっちの兄さんについては……それらとは違う」


 鋭い……というより、これはギルジアが積んできた戦歴に裏打ちされた観察眼だろうか。だとしたら、さすがというところか。


「例えるなら、そう……なんというか、戦っている年月が違うって雰囲気だな」


 しかも微妙に正解している……なるほど、本当にとんでもない存在というのは、空気感だけで人の特性すら推測できてしまうのか。妙なところで感心しつつ、俺は彼の言葉に応じることにした。


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