魔族の悲願
さて、旅がひたすら続いていくわけだが……その過程で、俺達は改めてフティから話を聞かされる。船旅の最中でもいくらか話をしていたのだが――
「魔王グラーギウス……というより、魔族の悲願というのをお話ししましょう」
「悲願?」
俺は思わず聞き返した。
馬車内は広く、俺はフティと向かい合って座っていた。その横には右隣にセレン、左隣にカイムがいて、ヴィオンはフティの横に座っている。
「はい。これは他ならぬ魔族……人間に与する魔族から得た情報なのですが、魔王グラーギウスを始め、魔王を自称する存在は、悲願を遂げるためにそう名乗るのだと語っていました」
「悲願……もそうだけど、人間に与する魔族というのは、魔王のやり方に反旗を翻した存在ってことか?」
「ええ……そうした存在がいたからこそ、今回の作戦を組み立てることができたのです」
「――それは、つまり」
セレンが声を発する。そこには僅かながら緊張が垣間見えた。
「はい。魔王グラーギウスの情報を含め、その多くは反逆した魔族達の協力があります。加え、今回の作戦を立案したのも魔族」
なるほど……魔王という存在について相当な情報を持っていることに加え、作戦立案についても……ただ、そうなると懸念が出てくる。
それについて言及しようかと思った矢先――フティが口を開く。
「魔王グラーギウスは謀略を得意とする。そのため、エルディアト王国に手を貸す魔族が実はスパイなのでは……と、疑う余地もあるでしょう」
俺が考えていたことをそのまま語るフティ。なるほど、既にその辺りのことは解決済みか。
「これについては、エルディアト王国が威信をかけて判断した、と主張しておきます。スパイである可能性はゼロです」
「相当な自信だな……」
「魔王のことを知ったとしても、我らは即座に信用したわけではありません。その過程には様々な出来事があった……その結果、私達は彼らを信用し、また彼らも私達に全幅の信頼を置いている。そうご認識いただければ」
紆余曲折あったと……まあそれはそうか。魔王グラーギウスが危険なことをやっていると主張しても、それが魔族であったなら安易に信用するとは考えにくい。
「そして反逆の魔族についてですが……近いうちに顔を合わせることになります。一見すると普通の人間にしか見えませんよ」
笑みさえ浮かべながらフティは語る……溶け込んでいる、というわけだ。そうするほどに魔族は人間社会に入り、魔王を倒そうと切磋琢磨していると。
「話を戻しましょう。魔王の悲願……それが何なのか。悲願を遂げるために魔王になるのですから、相当重いことなのだとわかります。では悲願とは……簡単に言えば、世界の支配です」
支配……人間と魔族は常に勢力圏を争っている。とはいえ人間は数が多いことに加え、文明技術を高めて発展してきた。それに対し魔族は絶対数が少なく、個の力は強いが成長性もなく発展性が低い。
その結果、現状では人間が野や山を切り開き国を作り、勢力圏を拡大させる一方で、魔族は勢力圏を拡大しているわけではなく維持し、人間に牙をむいているという構図になっている。
「とはいっても、ここで重要なのは支配……何をもってすれば世界を支配したことになるのか、です」
「人間を支配下に置く、とかじゃないのか?」
ヴィオンが問う。それにフティは首を左右に振った。
「それはあくまで、悲願の過程と言うべきものです」
「つまり、人を支配した先に何かがあると?」
「そういうことになりますね……順を追って説明しましょう。まずこの世界……人間が先進文明を築き上げている時、世界の覇権は神々が握っていた」
神々……とはいっても、俺達は直接見たことはない。というより――
「ここにいる皆様なら、わかっていると思います。過去に神々は存在した。けれど、今はいない……魔族との覇権を争い、その全てが滅び去りました」
滅んだ……だからこそ、現在は神々への信仰は存在しているが、姿はない。
「より正確に言えば、魔族との戦いに彼らは勝利した……けれど、魔族側が用意した策で滅んでしまった……毒、という表現が近いでしょう。魔族は一時絶滅寸前にまで至った。けれど最後の切り札により、彼らは自らを犠牲にしながら生き残る結果となった」
「そして少しずつ、数を増やしていった」
カイムが呟く。フティはすぐさま頷き、
「はい、しかし彼らが数を増やすよりも早く、恐ろしい速度で世界を支配する存在がいた。それこそ人間です」
「なるほどな、そういう事情ならば、悲願がどういうことなのか理解できる」
ヴィオンが言う。俺もまた理解し、
「つまり、神々との戦いに勝利した魔族は、いよいよ世界を統べる権利を手にした……と思っていたら、人間に横取りされたと」
「そのような解釈で良いと思います。支配、というのは様々なやり方があります。人間を支配下にすれば終わりなのか……神々と覇権を争った魔族達が、そこを目標と定めているわけではないでしょう」
フティはなおも語る。その声音は、ずいぶんと重い印象を受ける。
「魔族……魔王は全てを支配することが目的です。人間だけでなく、あらゆる動植物、自然……つまり森羅万象の全て。過去、神々は自らの力で竜巻を起こし、洪水を発生させるほどの力を持っていました。それを魔王が行うようにする……それこそ、世界の支配です」
「つまり、この世界の唯一神になろうとしているってことか」
「そうですね。私達の言葉にしたら神に成り代わろうとしている……それが、魔族の悲願と言うべきかもしれません」
想像以上に壮大な計画だ……なるほど、確かにそれが最終目標なのだとしたら、人間の支配なんて通過点でしかないな。
「ちなみに現在、その目標はどこまで進んでいるんだ?」
ヴィオンが問い掛ける。そこでフティは首を左右に振り、
「わかりません……が、魔王の計画が進めば、人間を支配しようとする日はそう遠くないかと思われます」
だからこそ、今この国は……俺は頭の中で情報を整理し、理解することとなった。




