魔王という存在
馬車による旅はとても穏やかで、俺達は観光する余裕さえあった。立ち寄った町も至って平和であり……それと共にエルディアト王国がどのような場所なのかを俺達は知ることになる。
俺が元々持っていた知識としては、他大陸で大きい国だというくらいのものだった。正直他国のことを調べる余裕がなかったと言えばそれまでかもしれないが……実際のところは、確かに俺の見解は合っていたけれど、それはほんの一端でしかない。
まずこの国は存在する大陸の覇権を担っている……広大な領地とその軍事力は、下手すると世界において群を抜いているとさえ言えるかもしれない。周辺諸国とは同盟を結び、大陸内で脅威は存在していない。また魔物に対する能力も相当高く、国内が極めて平和なのは圧倒的な軍事力が背景にあると考えていい。
そして大規模な軍勢の矛先は魔王に向けられているわけだが……その辺りについてはフティから話をしてもらった。
「――元々、魔王と名乗ることは特に権利があるわけではなく、魔族の中でもっとも強い存在が統治する……そうして魔王を自称するというような意味合いのようです」
馬車で次の宿場町へ向かっている最中、そのような話を俺は聞く。
「魔王グラーギウスもそうした魔族だったのですが……力が高いものだと認知され、他大陸に存在していた魔族達から魔王と呼ばれるようになった。とはいえ、それは崇めているというよりは魔王としての力がある……その程度の認識だったようです」
「過去に、魔王という存在は結構いたわけだが」
勇者ヴィオンがフティへ向け話し出す。
「そうした奴らも、同じような感じだったというわけか?」
「はい、まさしく」
「なるほどな……で、魔王グラーギウスについてはとりわけ、力が大きくてやばいという認識だと」
「はい。ウィンベル王国の近くに居を構えていた存在であったことから、私達は人間を派遣して活動していました。実を言うと魔王を自称するほどに力を持つ存在というのは、世界にそれなりにいます。力の高だけを考えるとグラーギウスよりも上回っている存在もいました。しかし」
「それよりも強くなった、と?」
俺が問い掛けるとフティは頷いた。
「はい。今までの魔王とは違う……ウィンベル王国に拠点を構えて何をしていたのか、詳細については不明瞭ですが……力を得ていたことだけは確かです」
「つまり、魔王になるために何かをしていたと」
「そうですね。だからこそ、エルディアト王国は警戒しています……魔王グラーギウスは、今までにないタイプ。成長する魔王ということです」
成長――俺の知識において、魔族というのは生まれた時からその力の大きさは決まっている。だからこそ、序列が最初から決まっているわけだが……魔王グラーギウスは、その常識を踏み越えたと。
「ウィンベル王国の領内で活動していたのは、成長するための手段を構築していたから……と、私達は考えています。あの場所に何があったのかは調査しているでしょうし、これから判明するかもしれませんが」
そこまで言うと、フティは俺達を全員一瞥した。
「本当にそんなことをしているのかについては、魔王グラーギウスの特異性からもある程度説得力のある仮説を立てることができます」
「特異性?」
問い返したのはセレン。俺としても疑問だが――
「魔王グラーギウスは、様々な特性を持たせた配下を生み出しました。配下に力を分け与えることは他の魔族もやっていますが、その配下が生み出した眷属が極めて特殊な能力を持っていた。代表的なのは『次元の悪魔』と呼ばれる存在でしょうか」
それは……俺が内心で驚く間に、フティは解説を続ける。
「配下の眷属がこういった能力を持つことは極めて異例です。しかしグラーギウスはそれをあっさりと実行している……なおかつ、人間に取り入って様々な活動をしている……ウィンベル王国を内側から崩すというだけでなく、何やらやっていた節もあります」
「やっていたとは?」
セレンがなおも問い掛けるとフティは首を左右に振った。
「それも後の調査でわかることでしょう……つまり、魔王グラーギウスは例外だらけの存在なのです。だからこそ、精鋭が集い戦う必要性がある」
「危険視しているわけだな……」
俺は小さく頷きながら思考する。次元の悪魔の存在……それが原因で俺という存在がいる以上、無関係とは言えないな。
自分がこの戦いに参加するのは半ば必然だったのかもしれない……と、ここでカイムが口を開いた。
「仲間だった魔族がいますが、おそらく彼らも――」
「ええ、それについても把握しています。彼らは魔王の指示を受けて活動をしていた。その詳細も、戦いが進めばわかるかもしれません」
カイムにとっても因縁があるからな……この戦いの中で、カイムの仲間だったレドやジャックと顔を合わせることになるのは間違いなさそうだ。
状況は克明に理解した。勇者や騎士が集う以上、これは人間にとって史上類を見ない戦いになるだろう。大戦争という形になるかどうかはわからないが、歴史に残るであろう戦いになることは、既に約束されている。
「……本当は、騎士ジウルードも参戦したかったよな」
と、ヴィオンが口を開く。するとセレンは首肯し、
「それは当然……でも、国のことを考えて残ることになった。私は託された以上、ジウルードさん達や他の騎士の分まで戦うだけ」
「無茶はするなよ」
と、俺は言ってみたのだが……当の彼女は小さく笑い、
「こんなとんでもない戦いで無茶しなかったら、いつ無茶するのって話じゃない?」
「それはそうかもしれないけれど……」
常に死がつきまとう戦いになりそうだ……その中で俺は、どう戦えばいいのか。
魔王グラーギウスの分身は瞬殺できた。膨大な魔力でさえも受け止めることができた。けれど本物はどうか。現存する魔族の中でもっとも力が高いのであれば……倒すことができれば俺の力は、天下にとどろくことになるだろう。
名声を得たいがために戦うわけではないけれど……俺の力が役に立つのならば、全力で戦わせてもらう……そうした決意を胸に秘めながら、俺は馬車に揺られ続けた。




