勝つために
――魔王グラーギウスを追って、今度の舞台はウィンベル王国とは別の場所……エルディアト王国へ移った。といってもそこが決戦の地というわけではなく、話によるとここからさらに移動を重ねるらしい。
「まずは、この地に勇者や騎士が集うことになりますので、彼らが全員到着してから、改めて話をしましょう」
案内役として同行したフティは俺達へ言う……場所は船の上。俺達は大陸を渡って港へ到着し、今まさに新たな土地に足を踏み入れようとしていた。
カモメの鳴き声が聞こえ、潮の香りが鼻腔をくすぐる……魔王を打倒するべく俺はフティの言葉に賛同して、ここまで来た。ちなみに同行者としてまずはセレン。ウィンベル王国の代表としてこの場に降り立った形になる。
次いで勇者ヴィオン……彼は仲間を伴うことなく、単独でここまでやってきた。仲間もいただろうと告げた際、一匹狼で行動することも多々あったからな、と笑いながら答えた。
そしてカイムもまたこの戦いに参加した……ただ、彼には明確に仲間がいた。俺が彼の仲間だった時に共にいた人物達。けれど、その仲間の姿はない。
「……カイム、本当に良かったのか?」
俺は確認するように問いかける。カイムの仲間は、彼の判断により解散ということになった。そして仲間の方も同意した。これからの戦いはさらに厳しくなる……どうやら偽魔王の力を目の当たりにして、心が折れた面もあったようだ。よって、カイムは一人になった。
「うん、これで良かったと思う」
そしてカイムの返答はこうだった……今更仲間と別れたことについて言及しても遅いのだが、本人が納得しているのであれば、俺としても何か言う必要はなかった。
「では、参りましょう」
そしてフティの案内に従って……俺達は船から下りて歩き出す。港町は盛況で、人の往来がずいぶんと多い。俺はウィンベル王国の王都で人混みは慣れているし、なんとも思わないけれど……活気のある声を聞いて、異国の地であることもあってなんだかワクワクしてくる。
「これからどこに行くんだ?」
ヴィオンがフティへ問いかける。そこで彼女は指を差した。
俺達の真正面には港町のメインストリート……その手前に馬車が停泊をしていた。
「あの馬車で王都まで。ここからおよそ三日ほどでしょうか」
「三日ねえ……」
「もうしばらく旅にお付き合いください」
「それはいいが……王都へ入って、そこからさらに準備をして……別所に行くわけだろ?」
「はい。敵の本拠地については転移魔法を用います」
「転移?」
「魔王グラーギウスの本拠地近くに、拠点となる場所があるのです」
「……危険じゃないか?」
「そこには我が国の精鋭が控えています。それに、魔王グラーギウスが攻め寄せてくる可能性は低いですし」
「低い? 何か根拠が?」
「本拠を構えたことで、魔王グラーギウスはそこから動こうとしていない……代わりに、魔族達がそこへ集結している。つまり、権威を見せているわけです。自分がここにいると……そして、人間達の行動などで動くことはないと示し、なおかつあえて魔族をその場所まで来させることで、自らが最強の存在であることを誇示している」
面子的なものか……まあ、魔族の中でという話であれば、相当にスケールの大きい面子なのだろう。
「とはいえ、勇者達が集ってすぐというわけでもありません」
「というと?」
「改めて、見定める必要性もある」
「俺達を試すってことか?」
「無論、集っていただいた方々の実力は相当なもの……人類における精鋭であることは疑いようもない話です。しかし、その中でも序列はある」
「つまり、今後戦っていく上で立ち位置を決めるってわけだな」
ヴィオンの言葉に俺は納得するように小さく頷く……人が集まる以上、それは隊などを組んで動く必要性が出る。となれば、多少なりとも役目を持つ必要性が出てくるだろう。
ただまあ、正直勇者とかが集まってもまともに集団行動できるかどうか怪しい……例えばの話、カイムのような人ばかりだったら他者と協調して動くことはできるだろうけど、ヴィオンのような人が多い場合は厄介だ。むしろヴィオンのようにとにかく前に出る性格の勇者は多い。となれば、身内でギャーギャーと騒ぐ可能性だってある。
それについて解決するために、何かしら見定めなければならないってことだろう……その中で俺はどう動くべきなのか。
「試すにしても、具体的な方法は?」
尋ねたのはセレン。声音は純然たる問い掛けといった様子で、例えば試すということについて不快感などを持っている雰囲気はない。
「それについては改めて説明しましょう」
それだけ。なんというか、この人もつかみ所がないのだが……俺は迎えの馬車へ目を向ける。
俺達を丁重に扱うためか、ずいぶんと豪華な馬車だった。歓待してくれているのはわかるし、期待を込められているのもわかるのだが……、
「これはあなたに聞いて答えられるものかわからないが」
と、俺は前置きをしてフティへ尋ねる。
「この戦い……勝てると思うか?」
「勝てるのではない、と今回の策を提示した方は仰っていました」
フティはどこか鋭い眼差しで告げる。
「その御方いわく……勝たなければならない、と」
「……ならない、か。それはそうだよな」
「ああ、違いない」
ヴィオンが応じる。その瞳もまた鋭く、ここからの戦いが非常に厳しいものになると予感しているようだった。
その中で、俺は……結局、ここに至るまで俺が強くなった理由については誰にも明かしていない。偽魔王を打倒した能力についても、セレン達が聞くことなどしていない。
なんというか、不思議な信頼関係で結ばれているように思う……まあ、俺が魔王と戦うという意思を示しているので、強くなった理由を知る必要性が薄れてしまったということなのかもしれないけど。
どうやって強くなったのか、と参考に聞かれても困るし、それならそれでいいけれど……実際、理由を聞いたらどう思うのだろうか。
なんだかその点について気になりつつ……俺はセレン達と共に、馬車へ乗り込むこととなった。




