始まり
ジウルードに案内された部屋は、大きめの客室だった。そこに、女性が一人いた。
「どうも」
魔法使いみたいなローブ姿の、黒髪女性だった。なんというか、捉えどころのない雰囲気を持っており、俺達は神妙な顔つきとなる。
「えっと……?」
「用件は手短に終わりますよ」
そう言って彼女は立ち上がる。
「私の名はフティ=ガーネット。エルディアト王国からの使者であり、また魔王について観察を行っていた監視員です」
「……監視員?」
「ええ」
俺はジウルードを見た。外国の人間が監視をするなんて、国が許可していないと思うのだが、
「……初耳なのだが」
「話していませんからね。あ、王族の方々には許可を取っているそうですよ。ただ、混乱するだろうから内密にとは伝えてあるそうです」
そりゃそうだろう……というか、騎士団長であるジウルードの通り越してそういうことをしているというのは、心象に悪いのではなかろうか。
「……何が目的だ?」
さすがにジウルードが尋ねた。そこで女性は笑みを浮かべ、
「魔王グラーギウス……あの存在は、ウィンベル王国以外にも脅威をもたらしています。そして魔王の活動を監視するために、私が派遣されました。我がエルディアト王国に対する影響などを見定めるために」
「……そうして活動しているということは、やむを得ない事情があったのだろう。とはいえ、無断で活動しているとなったら、騎士団としては良い顔をしないぞ」
「ええ、そうですね。それについて謝罪致します」
頭を下げるフティ。なんだかやりにくい……ここで彼女は顔を上げると笑みを消し、
「本題に入りましょう……そうですね、ここにいる皆様は、魔王グラーギウスを追おうとしていますか?」
「当然だ」
勇者ヴィオンが先んじて話す。次いでカイムもまた賛同する。
フティは俺のことを見た。こちらが頷くと彼女はにっこりと笑みを浮かべ、
「あなたのことは伺っていますよ。確か『魔王を破りし者』でしたか」
――そういえば、新たな異名が増えたんだった。結局魔王を打ち破ったあの力は何なのかとセレンとか、ジウルードとかに尋ねられたりはしていないのだが……俺が魔王を打倒したという事実は広まっているらしく、そういう異名が加わった。
「あなたの方はどうですか?」
「……そうだな、追っているのは確かだ」
フティはゆっくりと頷く。次いでジウルードへ首を向け、
「騎士団は……国外で活動する場合、さすがに騎士団長であるあなたは行けませんね?」
「ああ、部隊のこともある。魔王が戦争を仕掛けたことで大なり小なりダメージも被っているため、当面は内政に注力すべきだろう」
「では騎士団で誰か……人を派遣してくれと要請した場合、誰が来ますか?」
「その前提ならばセレンだ。というより、セレンには外へ出て活動してもらうつもりでいた」
ジウルードの言葉に、当のセレンは困惑するような顔を示す。
「ジウルードさん……!?」
「適任だろう。大臣などにも既に伝えているため、正式に通達が来る。君もそうしたいだろうからな。それに、情報を聞けばそちらへ無断で行ってしまいかねないからな。だったら、公的に動いてもらった方がいい」
セレンは言葉をなくす。図星だったらしい。
「騎士団についてはそのような形になるだろう。セレンは優秀な騎士だ。他の騎士の百倍は仕事をするぞ」
「彼女のことも把握しています。ならば心強いですね……では、そうですね。まずは魔王グラーギウスの行動について説明しましょう」
と、彼女は前置きをした。その口ぶりは――
「ただ私達にとっても、推測した部分が多いのはご了承ください……まず、王都へ攻撃を仕掛けたこと。これはあなた方が魔王討伐へ赴くカウンターとしては、非常に有効な攻撃方法でしたが……偽の魔王しかいないと判明した今では、何であのようなことをしたのか不可解でしょう」
「そうだな」
ジウルードは同意する。うん、確かに今では疑問点にしかならない。
「そこについての理由ですが……これは選別を行っていたのです」
「選別?」
「魔王グラーギウスは、他大陸にも拠点を構えています……ただ、その場合はグラーギウスの関連ではないという風にカモフラージュしている……しかし各拠点がかの魔王のものであると私達は調査で調べ、また同時に選別を行っていることを知りました」
「何の目的で?」
「弱肉強食……配下もまた精鋭のみを引き連れ、魔王グラーギウスはこの大陸を離れた。残った者達は、選ばれるために攻撃を仕掛けたのです。王都を落とすことができれば、認められると」
そんな理由で……などと考えるところだが、見捨てられたという状況であれば、ああして戦いを仕掛けるのも当然、なのだろうか?
「ともあれ、そういう経緯で彼らは襲撃しました……無論、魔王的にタイミングなどを見計らった上で、でしょう」
「当の魔王は?」
「現在、魔王グラーギウスはとある場所に居を構え、さらに他の拠点からも精鋭を招集し準備をしています」
「準備……?」
俺が聞き返すとフティは深々と頷いた。
「それこそ、魔王グラーギウスの本当の目的です……この世界にいる魔族達を束ね、支配下に置く……そしてその目的を、今まさに果たそうとしています」
「……そのために、ウィンベル王国に拠点を、というわけか?」
ジウルードが問うとフティは首肯し、
「この国にいた魔族などを取り込むために、拠点を置いていたのでしょう……ただし分身を置いていた以上、他に目的があるでしょうが……そして、私達エルディアト王国はその動きをいち早く察知し、世界中から勇者や騎士を招き寄せ、対抗するための軍勢を準備しています」
それはまさに――人間と魔族の総力戦、ということか。
「皆様の能力は、私も聞き及んでいます……ここにいる方々は一騎当千の強者ばかり。騎士ジウルードが帯同できないことは悔やまれますが……それ以外の方々、是非とも力をお貸しください」
その言葉と共にフティは頭を下げる。
返答は――必要なかった。全員が沈黙し、次の戦いに思いをはせる。
魔王との戦い……一つの終わりを迎えたが、これは始まりに過ぎなかった。いよいよ、本当の戦いが……待っているようだった。




