その役目
『――ハハ、ハハハハハハハハハ!』
それは明瞭な哄笑だった。俺達を嘲り、馬鹿にするような魔王の声。
『そういう問いかけをする時点で、貴様達は既に負けている……なぜそれを理解しない?』
「何?」
『確かに貴様達からすれば、この私が本物か偽物かは重要だろう。長年の悲願……それを果たしに来たのだから。ならばその返答をしようか。簡単な話だ。貴様達はそもそも、この魔王という存在の本物を見たことがあるのか?』
何……!? 剣を構えたまま俺は魔王を注視する。
『ここまで言えば理解できるだろう? 貴様らは……戦う前に魔王という存在を少しでも知っておくべきだったな!』
つまり、そもそもここに本物の魔王はいなかった……この展開はさすがに予想していなかったか、ジウルードが苦虫を噛みつぶしたような顔を示す。
『そして、貴様らに言っておこう……今存在する我が分身。この存在だけで、貴様達を倒すには十分だと』
魔王が魔力を高めた。その量は今までとは比べものにならないほどで、この大広間を震わせるほどだった。
俺は呼吸を整え、思考する。目の前にいる魔王が偽物であることはわかったが……ならばなぜ、わざわざ大軍勢を寄越したのか? 配下の数を維持する意味でも、あんな戦力を投入するなんて必要性はなかったはずだ。
そしてレドやジャックについては……様々な疑問が存在する中、魔王に拮抗するような魔力が生じる。魔王の分身であっても強大な存在に対し、ウィンベル王国の策が発動しようとしていた。
『ようやくか』
そして偽魔王は悠然と呟いた。
『ならば教えてやろう……貴様達とこの魔王の差を』
刹那、人間側の魔法が発動した。魔法陣が生じると共に、巨大な光の剣が生まれる。
それはこの大広間に存在する魔力さえ取り込み、巨大となっていく。俺達は即座に退避した。けれど魔王は動かない……いや、動けないと言うべきか。
『ふん』
それに対し魔王は嘲るような声を発した。魔王の足下、そこに光の鎖が生じていた。魔法発動と同時に動きを縫い止めるものであり、魔王が回避することを防ぐためのもの。しかし、目の前の魔王はそんなことをする素振りすら見せず、
『来るがいい、そして理解しろ』
魔法が放たれる。周囲は閃光に包まれ、視界にはただ真っ白い世界しか映らなくなった。
それと同時に轟音が響いた。凄まじい魔力が俺の真正面に生じ、一時偽魔王の魔力でさえ、消失するほどだった。
瞬間的に、膨大な魔力が発生しこれなら――という期待感さえ生まれた。しかし、
『――渾身の魔法だな』
魔王の声が、はっきりと聞こえた。それと同時、急速に魔力がしぼんでいく。
何が……と思っている間に、魔力が途切れ魔王が姿を現した。
『だが、通用しない……わかったか? 貴様達は、我が体に……単なる分身であるこの体にすら、勝てないということだ』
圧倒的な力。それを目の当たりにして魔術師達が呻く。絶対的な力……俺達に認識させると共に、さらに魔力を高める。
『さて、この辺りにしておこうか。終わりにしよう。この場所にいる歴戦の戦士達……それにほんのわずかながら敬意を表し、一撃で終わらせてやろう』
宣言と共に魔王が魔力を高めていく。言葉通り、その魔力はこれまでと比べ恐ろしい量……まさしく全てを終わらせる力だった。
その瞬間、俺は理解できた。この場所で……力を発揮すること。それこそ、俺の役目だと。
「退避……!」
ジウルードが叫ぶ。けれど彼自身、それが手遅れであることは理解できていたはずだ。セレンが少しでも俺や勇者をかばうべく動き、勇者やその仲間は自分の身を守ろうと動き出した。
その中で俺は……足を前に出した。誰もがジウルードの指示に従おうとする中で、俺だけが攻撃の気配を見せた。
それに偽魔王は気づいたらしく、気配がわずかに動いた。けれどこちらは足を止めない。それと共に、静かに魔力を高める。
圧倒的な力を持つ剣を振り下ろされれば、それだけでこの大広間が崩壊するだろう。だから相手の剣を受け止め、なおかつそれを上回るだけの力で相殺する……目前の力は、俺にとっても驚異的だと言えるほどのもの。だが、やり遂げてみせる……そう決意し、俺は魔王へ迫った。
一方で相手はまだ剣に魔力を収束させたまま。俺ごと両断して終わりにさせようとする動き。だから俺は、ギリギリまで力を隠す。瞬間的に魔力を爆発させ、相殺できるだけの威力を出す。
『――せめてもの抵抗か。だが、終わりだ』
魔王が剣を振り下ろす。圧倒的な力の中で、俺はそれでも立ち向かい、
「――神魔一閃」
剣同士が激突しそうなその瞬間、俺は魔力を解放した。
それと共に、魔王の気配が如実に変わる。その力は何だ――言葉にしないにしても、そう訴えかけていることがはっきりとわかった。
俺は心の中で、こちらが思い知らせてやる……そんな気概の下、とうとう俺と偽魔王の剣が、激突した。
魔力が、弾け、拡散し、この大広間を駆け抜ける。突風すら生じ衝撃が俺の体へ襲いかかってくる。だがその全てを俺は耐えきり、偽魔王の剣とぶつかり続ける。
同時、風が吹き抜ける轟音が聞こえた。それは剣がぶつかると真上に上昇し、まるで竜巻のように俺達を取り囲み、渦を巻いた。魔力同士がぶつかり、相殺しきれなかった余波がそういう形で現れたのだ。一時魔力と閃光が俺達を包んだことで、まるで世界に俺と偽魔王しか残っていない……そんな錯覚さえ抱くほどだった。
だが、そんな状況も数分で終わる……魔力がしぼみ始め、勢いをなくし周囲の状況が克明になる。
まず、騎士や勇者は無事だった。今は俺の後方にいて戦いの推移を見守っている。次いで目の前にいる偽の魔王……俺の剣によりたたき込もうとしていた必殺の斬撃は不発に終わった。それだけでなく、剣を放つより前と比べ、その力もずいぶん減っている。
「なるほど、偽物の器に魔力を入れ込んで、力の大半を今の一撃に注いだ……後はもう、出がらしといったところか」
『……何者だ、貴様』
さすがに今の攻撃を防ぐとは思っていなかったらしい。少なからず動揺を隠せずそう問いかけた。
だから俺は――こう答えた。
「そうだな、あんたの配下が生んだ……化け物だよ」
直後、俺は決めるべく剣に力を込めた。




