とある騎士の戦う理由
町中に多少の被害が出たことで、王城内も混乱が生じたわけだが、それに構わずジウルードは準備を進める。数日以内に改めて出陣するとの報告を受けた。
俺や勇者達の実力も高く、魔王を打倒できる手立てが存在する……そんな風に今回の戦いで認識したのは理解できるし、敵も戦力を大きくそがれたことを考えると千載一遇のチャンスであることは間違いない。だが、こちらだって多少なりとも混乱している。その上で準備を進めるのだから、ジウルードは相当苦労しているはずだ。
けれど、そんなそぶりを見せることなく町の混乱を収め、なおかつ陣容を整えていく……それはもはや、執念の一言だった。彼自身、どれだけ今回の魔王討伐に賭けているのか……それを、改めて思い知らされた。
「――ジウルードさんは、この戦いに賭ける思いが強いから」
そのことを訓練の際、セレンに話したらそんな答えが返ってきた。
「それこそ、命を捧げる覚悟で……」
「ずいぶんと思い詰めているな……」
「それだけ、魔王に対する感情が強いって事だよ」
セレンの言葉には重さと、何よりジウルードの身を案ずる感情が含まれていた。
「私がこうして騎士として活動できているのは、あの人のおかげ……だから、絶対に死んで欲しくない」
「恩人だから、か?」
「そうだね。あの人は……目の前にいる人を全て救おうとする。それは間違いなく、誰よりも犠牲となった人を見てきたから」
なるほどな……だからこそ乾坤一擲のこの戦いに賭けているということか。
「それに……」
と、セレンは言葉を切った。何かあるのかと疑問を告げようとしたのだが、
「ここからは、ジウルードさんの個人的な話になるから、やめとくよ」
「……そっか」
気になったが、彼女も安易に喋ってはいけないと考えたのだろう。俺は頷き、会話を終えることとなった。
セレンと話をしたことについては、世間話の一環だったのでさして気にとめていなかった。けれど、その答えは……他ならぬジウルード本人から聞くことになる。
「ああ、確かに私は相当入れ込んでいるな。この決戦に対して」
出陣する数日前……魔王軍の奇襲があったため、作戦の変更について話を聞いていた時、セレンに言われたことを彼に話してみた。
「それは騎士セレンの言うとおりだ。誰よりも多くの犠牲者を見てきたから……とはいえ、だ。そこには私情も含まれている」
「私情……?」
「ああ」
頷いたジウルード。さすがにこれ以上話を聞くわけにはいかないだろうと思い、尋ねることはしなかったのだが、
「私は……魔族との戦いにより、婚約者を失った」
動きが完全に止まった。どういう経緯で――などと告げることもなく、彼は話し続ける。
「彼女は宮廷魔術師であり、とても腕のいい人物だった。魔術師の長になることはできなかったが、それでも魔物の討伐には従軍し、私達は背中を預けるような間柄だった」
「その中で、婚約を?」
「私達が、というよりは互いの家がそういう風に動いたと言えば良いだろうか」
貴族のしがらみってやつか。
「私とその女性は常に近くにいたため、確かに信頼という関係で結ばれてはいた。けれどさすがに婚約などというのは……とはいえ、双方に気がないとわかって今度は彼女の妹に話が回ってしまった。そこで彼女は……それはさすがに不憫だと、自分が婚約者になると表明したんだ」
「不憫って……」
騎士団長の婚約者になれるのであれば、相当なものだと思うのだが――
「私の身分的なものではなく、生死に関わることだ」
「……どこかで、あなたは死んでしまうと?」
「魔族との戦いは命懸けだ。もちろん生き延びて退役した人も多くいる。けれど、私は騎士団長でありながら最前線で戦い続けた……それは間違いなく、いつか死ぬであろうと予見できるものだ。彼女は……それがわかっていた」
戦場でどれほど苛烈な戦いであるかをわかっていたから、あえて自分が婚約者にということか。
「正直なところ、最初私も彼女も婚約者らしいことはほとんどなかったよ。形だけの付き合いで、仕事中に双方が意識することもなかった。しかし、それも次第に変わっていった……私は一度だけ、彼女にプレゼントを贈ったことがある。喜ぶ姿を見て、これで良かったと思った」
そこまで語った後、ジウルードは窓の外を見た。
「その十日後……魔族と交戦し、彼女は亡くなった」
俺は沈黙する……いや、押し黙るしかない。
「別に彼女が油断していたわけでもない。私とのやりとりがなくとも、同じ結末だったように思える……その死をきっかけに、彼女の家系も変化があった。より具体的に言えば、彼女の妹だ」
「どうなったんですか?」
「彼女の死から一年後、妹が私と婚約すると宣言した。その結果、私と彼女は婚約している状況だが……おそらく、私を見かねてのことだろう。彼女の死から一年、取り憑かれたように私は魔物と戦い続けていたからな」
「心配してのことですか」
「あなたには帰る場所がある……姉の墓と、私を守るために生きてくれと。そんな風に発破をかけられたよ。彼女もなんとなく理解できているのだろう。婚約を表明し会いに行った時、その表情は、まるで姉のように精悍だった」
――姉の代わりになることはできないが、苦楽をともにしようという決心だろうか。
「妹の方は、亡くなってから婚約した理由を察したらしい……色々と複雑な経緯ではあるが、彼女は今も屋敷にいて、私の帰りを待っている……しかし今の私としては――」
「あなたの考えはわかりますよ」
俺は彼の言葉を遮るように、口を開いた。
「でも、一つ言わせてください……あなたはこの戦いで死ぬべきではない」
「わかっているさ……もちろん死ぬ気はない。しかし、そうすることでしか成しえない相手であることもまた、事実だ」
「けれど、生きるために最善を尽くす……そうすることはできるはず」
ジウルードは黙って頷いた。少なくとも、自ら死を選ぶようなことはないと思うが、いざとなれば彼は自分の身を犠牲にして、などという可能性はありそうだ。
彼もまた、セレンと同じように……とはいえ、俺はそんな彼を守るだけの力はある。
異名を持つ最強の騎士に対し考えるようなことではないかもしれないが……内心で苦笑しつつ、俺はジウルードへ話をしてくれた礼を述べるのだった。