その正体
沈黙の理由……それは、兵士や戦士へ攻撃を仕掛けている人物が、見知った存在であったためだ。俺は内心、場合によっては遭遇するのでは……そんな予感を抱いていたのだが、それが見事的中した形となった。
その相手は、
「レド……!? ジャック……!?」
答えはカイムの口から成された。彼の仲間であった人物。そのレドとジャックの二人が、交戦していたのだ。
手に握りしめるのは、明らかに黒い魔力を発する剣。ここで俺は彼らがどうやって行動したのかを理解する。根本的な話だ。魔王軍が襲撃するより前の時点で、町中へ潜入していたのだろう。
指名手配はされているが、さすがに都の人混みの中ではフードでも被っていれば兵士の目をごまかせる……いや、そもそも宿屋にでも潜伏していればそれで終わりだ。そして二人は魔王軍が攻撃するタイミングで動き出し、おそらく城壁の内側を混乱させて閉ざされた城門を開ける……そんな役目を言い渡されたに違いない。
しかし実際は俺達が攻撃を仕掛けたことで魔王軍は食い止められ、完全役目がなくなった。しかし、後方を混乱させればまだ膠着した戦場を盛り返せるのではないか……そういう目論見だったのだと予想できる。
「ここで、か」
ヴィオンが剣の切っ先を二人へ向ける。
「俺も事情は知っている。まさか魔王に寝返っていたとはな」
「……いや、待て」
俺は彼の言葉を止めた。そして俺は下馬すると、仲間達の前に出た。
「こんなところにいるってことは、少なくとも魔王の配下ってことでいいんだな?」
「ああ、そうだ」
笑みさえ浮かべながら応じるレド。そこで俺は、
「なら、あえて聞こうか……裏切ったのか? それとも、元々だったのか?」
問いかけの意味を理解できた人は、この戦場でどれほどいただろうか。その中でレドは意図を理解したらしく、
「なぜそんな改まって聞く必要がある? まあいい、答えるか。そんなもの」
と、レドは……さらにジャックもまた魔力を発する。
「最初からに決まっているだろう!」
噴出した気配は……まさしく魔族のそれだった。それでカイムも合点がいったらしく、
「まさか、元々魔族だったと……!?」
「人間に擬態にするなど、我らにとってみれば容易いことだ。勇者カイム……その実力から、利用できないかと考え仲間として監視していたが……まさか役立たずの貴様が、こんな戦場に立つとは思わなかったぞ」
「どうも」
挑発的な言動に俺は感情を込めず答える。相手が魔族であれば……容赦はしない。
ただ、俺としては引っかかることがあった。レドの気配……それは魔族であることを確信させるものではあるが、ほんの少しだけ違和感があった。
魔族と戦うのは今回の戦場で初めてなので、この違和感が正解であるかはわからないが、尋ねてみるか。
「……そして、偽物だな?」
「ほう?」
感心したように、レドは口の端をつり上げた。
「なるほど、こちらの予想以上に察しがいいな。その通りだ。私の能力は分体作成……自身と同じ姿を幾人も作り上げることができる。隣にいるジャックも似たような能力で、分体なら気配も上手くごまかせる。だからこそ、人間達の中に入り込み活動していたわけだ」
「本体は魔王のすみか、か?」
「ああ、そう思ってもらって構わない」
ヒュン、とレドは軽く素振りをする。
「ここで雌雄を決するというのは時期尚早ということだ……まあいい、十分暴れたし、帰るとするか」
「分体だからといって」
と、俺に続き言葉を発したのはセレンだ。
「逃がすと思う?」
「当然だな。まあ君達の能力なら瞬殺だろう。私も分体がやられても大したダメージにはならない。ただ、わかっているか? 私はつぶさに君達の戦いぶりを観察した。闘技場での戦いもそうだが、この戦場においても、だ。データは集まっている……次戦うとき、そちらが勝てればいいが」
セレンが仕掛ける。俺やヴィオン、さらにカイムもまた追随し、レドへ猛然と突き進む!
それに対しレド達は一切動かなかった。どのような結末をたどるのかわかっている以上、無駄な抵抗はしない……ということらしかった。
俺の剣がレドを捉え、セレンの刃がジャックへ直撃する。双方ともあっさりと消え失せ、戦いは俺達の勝利で終わった。
「……まだ、前哨戦ですらないってことか」
おそらくだが、こんな風に分体がいくらでもいるのだろう。それを思うと……俺をカイムのパーティーから追い出した経緯を含め、因縁めいたものを感じている。
そもそも奴らは何が目的でカイムのパーティーに入っていた? 勇者を始末するためなら一定の信頼を得たらさっさと始末すればいいだけの話だ。それをしなかったのはどういうことだ?
俺はカイムへ視線を送る。彼も同じようなことを考えているのか、視線はレド達がいた場所に向けられていた。
とはいえ……さすがにここで考え込むわけにはいかない。戦いはまだ続いているため、すぐに戦場に戻らないと。
「セレン、戻るか?」
「町の状況を確認してから。魔物も倒さないと」
彼女の言葉に俺は「そうだな」と同意し、
「なら、さっさと片付けよう」
俺の言葉にセレンは頷き、俺達は再び移動を開始したのだった。
その後、町にいた魔物を全て片付けて俺達は戦場へ舞い戻った。敵の動きは鈍りに鈍り、状況的にもはや奇襲については失敗したと言っていい状況。敵はまだ兵数は優位に立っていたため、それを頼りに突撃してくる可能性はあった。
しかし、さすがに後方の攪乱さえ通用しない状況では……そんな風に判断したのか、俺達が戻り魔族を一体倒した段階で、魔物達が退却を始めた。
俺達はそれに対し警戒しながら、ときの声を上げた……俺達の勝利。特にセレンの活躍があってこその、勝利だった。
歓声が聞こえる中、俺は馬上でセレンと互いに笑い合う。厳しい戦いではあったが、勝利したことで自信につながった……魔王との戦い。それに勝利できると。
とはいえ、レドやジャックといった存在もあるため、色々と懸念が存在するのは事実。しかし俺は……自分が握る剣を見据える。結局この戦いで真価を発揮することはなかった。だが次の戦いでは……魔族と交戦しても余裕で戦えることがわかった。その点を鑑みれば、魔王以外の存在は敵ではない――
そんな予感さえ感じさせるほど、今回の戦いは俺にとって衝撃的だった。そしてそれは大きな自信につながり……王都へ戻る最中、騎士ジウルードから連絡がきた。魔王討伐については、予定通り行うと。むしろこんな戦いがあったからこそ、やらなければならないと。
大きな戦いがあったとはいえ、いよいよ始まる……どのような戦いになるのか、俺は思いをはせることになったのだった。




