実を結ぶ訓練
俺達が休息する間にも戦場は刻々と変化していく。とはいえそれは悪化するものではなかった。むしろ騎士達の奮闘ぶりにより、最初と比べ有利に傾いていく。
戦場を遠くから見ていると、魔族を倒した効果によるものか、理路整然としていた最初の行軍と比べても、魔物の動きにばらつきがあるのがわかる。足並みが乱れたことにより、騎士達にも十分対抗できており、この時点で魔王軍の奇襲作戦は破綻した。
そして、態勢が整えば人間達が優勢になる……拮抗している状態から俺達が再び活動を開始すれば、勝てる……そんな感想も抱いた。
とはいえ、魔王側は策を持っている可能性を否定できない。周辺を警戒するため騎馬隊の隊長は斥候を周辺に放った。もし北からの侵攻以外に敵軍が来たのなら、すぐに察知できる……そういう敵が現れないとも限らないし、もしこの状況下で現れたのなら、間違いなく俺達の出番だ。
だからこちらは体に緊張感を持たせたまま、休憩する……だがそんな予兆もなく、騎士団が魔物を倒していく。数が多いため、均衡状態から優勢に傾けるには時間がかかりそうだが、これなら――
「騎士セレン!」
そこで、都から騎士が駆けつけてくる。何事かと彼女が視線を移した時、
「しゅ、襲撃です!」
襲撃……!? 内心で驚愕する間にセレンは聞き返す。
「どこに?」
「町中です! 幸い犠牲者は出ていませんが、負傷者が……」
「魔族が中に入った?」
「いえ、気配は……人間のものです。しかし、所持する武具からは魔物特有の気配が」
その言葉で、何が起こったのか理解できた。裏切り者……そういう人間が王都に存在していたのだ。
ならばどうするのか……セレンは戦場を見据え、さらに後方にある城壁へ視線を移した。前か、後ろか……どちらの選択をとるべきなのか――
「俺は、後方を気にするべきだと思う」
ここでセレンへ提言した。
「戦場は、少しずつ優位になっている。これで後方……足下が崩れたら状況が悪くなる。それに、目前の軍勢に対する援軍……それはまだ出現していないし、もし後方から現れても合流するまでに時間が必要なはずだ」
「さっさと後方を片付けて、ってわけだな」
勇者ヴィオンが告げる。俺は首肯し、
「騎士団の大半は動けないけど、俺達は幸運にも休憩中だった。なら――」
「そうだね」
セレンは頷き、俺達へ指示を飛ばす。
「一度後方へ戻り、敵を倒す……それでいい?」
俺達が全員頷くと、彼女は俺達に改めて指示を下す。そして改めて指示を出し、俺達は町へと馬を走らせた。
城門を抜け町中に入った瞬間、魔物を発見したため俺は馬上から両断する。魔物を中に入れたのではなく、おそらく召喚魔法の類い……それを察したセレンはすぐさま決断する。
「とにかく、首謀者を探す」
セレンの言葉に俺達は同意し、魔物を倒しながら進んでいく。町の人は避難を始めており、混乱はあるようだがひとまず問題はなさそうだった。
その中で、俺は幾度も魔物を発見し倒していく……とはいえ肝心の首謀者が見当たらない。魔物の存在はいるが、駆けつけた兵士によると人間がいるはずだが、
「道にいる人に聞いてみたが、冒険者風の男らしい」
カイムが告げる。冒険者……もし町中で攻撃をしている姿でなければ、溶け込めるか。
「俺達が来て隠れたって可能性もあるな」
その言葉にセレンは「そうだね」と賛同し、
「なら、気配を探るしかないね」
「気配?」
「報告した人が言っていたでしょ? 武具に魔族由来の気配がしたと。つまりそれだけ気配を発していたら、気づけそうじゃない?」
「騎士セレンの剣みたいに、鞘に収めたら気配が閉じるっていうなら面倒だな」
ヴィオンが言う。確かにそれはそうだが、敵が隠れている可能性があるのなら、
「探ってみるか、気配」
「ん、いけそう?」
セレンの疑問に俺は肩をすくめる。
「わからないけどな……俺はガルザという、魔族由来の武具を使っていた人間と交戦したことがある。もしかすると、感じ取れるかもしれない」
――接近しなければわからないほどの脆弱な気配だとしても、一度その力を体感している俺であれば、自身の能力を使って察知できるかもしれない……そんな風に考えて言ったのだが、
「なら、探しながら魔力による索敵お願いできる?」
「いいけど、あんまり期待しないでくれよ」
その言葉と共に移動を開始。道中で幾度も騎士や兵士と出会い情報をもらうが、やはり姿が見えなくなっているとのこと。
とはいえ魔物は手続けている……これは時間がかかるかもしれないと考えつつ、俺は気配を探ってみる。
数多ある人の気配の中から、異質なものを探す……かなりの難事であることは確かなのだが、俺はそれでも精査を試みる。
以前の俺ならば非常に厳しい状況だったに違いない。だが今は少し違う……というのも、この王都に入ってから色々と訓練したのだ。剣術については鈍らないようセレンと一緒にやっていたわけだが、自室では主に気配探知の強化にいそしんでいた。
元々、これから厳しい戦いがある以上、少しでも戦いを有利に進めたい……俺の能力ならば魔族でさえも倒せるとしても油断は禁物。相手だって攻め込まれる際に無策というわけではないだろう。だから敵の動きを察知し、罠を読むことができるように……味方の被害を防ぐという意味合いでも、必要だと感じたためだ。
その訓練が今、実を結ぼうとしている……周囲の気配を探り、俺は一つ確信した。
「セレン……いたぞ」
「どこに?」
「王城の近く……戦士達が集まっていた場所だ!」
そこを目指し……俺が言い終えるよりも先にセレンは馬を走らせた。残る俺達も追随し、王城へ向け突き進んでいく。
無論道中にいる魔物は全て倒し……そして到達しようとしていたまさにその時、目的地から爆音が聞こえてきた。交戦している……!
逸る気持ちを抑えながら俺は気配を探り続ける。まだ敵は動いていない。そして周囲には敵を取り囲むように兵士か戦士の気配がある。彼らが城への侵入を防いでくれたようだ。
そして、俺達は現場に到着した。倒れる兵士や戦士の姿を確認しながら馬を下り、目前に見える敵を見据え――
次の瞬間、相手もまた見返し……奇妙な沈黙が訪れた。




