敵陣突破
俺とセレンが馬で騎士達の前に立った時、後方からさらに馬のいななきが聞こえてきた。
振り返れば勇者ヴィオンに加えカイム……加えて彼の仲間が馬に乗ってこちらへ来ていた。
「お、戦士アシルもいるじゃないか」
「……そっちも騎士ジウルードから指示が?」
「いや、さすがに動かないとまずいだろ、という判断さ」
――この辺りは、さすが勇者と言うべきか。ちなみに、ヴィオンの周囲に仲間の姿はない。
「仲間はいないのか?」
「俺の? 飛び出した時に近くに誰もいなかったからな。まあ今頃慌てているかもしれないが、後詰めは任せるさ」
それでいいのか……対するカイムはこちらに微笑を見せた後、
「とにかく、まずはここで踏ん張らないと」
「そうだな――」
目を魔物達へ向ける。いよいよ迫りつつある大軍勢。真正面から全てを滅するような真似はさすがに厳しい。けれど、
「アシル、覚悟はいい?」
「ああ」
セレンの言葉に即答した直後、彼女は一度大きく深呼吸をした。そして、
「……突撃!」
セレンが声を発した直後、俺達は馬を走らせ――攻撃を開始する。魔物達はそれに呼応するかのように声を張り上げ、俺達を牽制する。
だが、騎士を含め誰一人手綱を緩めることはなかった……俺は剣を握り直す。馬上からの攻撃であるため普段とは勝手が違うけれど……いける、と内心で呟く。
そして魔物が眼前に迫り――俺は剣を、一閃する!
セレンが攻撃を開始するよりも一手先に動いたため、先陣を切ったのは俺だった。そして剣を通して魔力が刃先から流れ――それが衝撃波となって、目の前の敵を一挙に吹き飛ばす!
ザアア――形容するならそうした音が発せられ、目の前にいた魔物が消えていく。攻撃に耐えた魔物も吹き飛ぶことで後方を巻き添えにして隊列が崩れる。さらに言えば、こちらの剣戟がずいぶんと威力のあるものであったためか、動きを止める魔物もいた。
直後、好機と悟ったかセレンが叫ぶ。
「一気に仕掛ける!」
俺の刃に続きセレンが仕掛けた。魔力を発露する剣から俺と同じような刃が切っ先から生まれ、それが魔物を切り払っていく。そこで俺は少し魔力の込め方を変えた。剣に光を集め、それを切っ先から伸ばす……剣の長さを変えるような形だ。
刀身を光の剣が包み、俺はそれを一閃する。周囲にいた魔物が例外なく両断され、威力が十分であると理解できる。
これなら――とはいえ、魔物は後続から突き進んでくる。俺達が進撃を阻んでいる場所はあくまで一部分。騎馬隊は魔物の隊列全てをカバーできるわけではなく、いずれ左右から魔物が押し寄せて囲まれるだろう。
それを覆すにはどうすればいいか――俺は呼吸を整える。答えは一つしかなさそうだ。
「セレン、どうするんだ?」
「魔族へ強襲する」
即決だった。彼女もまたつぶさに戦況は理解しており、前線でただがむしゃらに戦い続けるだけでは負けると悟っている。
「付き合うけど……さすがに他の騎士なんかはついてこれないだろ?」
「少人数でひとまず、あの魔族を倒す」
セレンは剣の切っ先を真正面へ向ける。その先にいたのは、黒いマントをはためかせる、貴族風の格好をした男性魔族。ぞくりとするような美形だが、それが逆にこの戦場ではずいぶん浮いている。
「この距離からでも魔力の高さが窺える。おそらくアイツが、前線指揮官」
「まずはアイツを仕留めてどうなるか、ってことか」
数が数だけにそれだけで進軍を止めるなんてことは無理だろうけど、変化が起こる可能性はある。
「なら、善は急げだな」
「俺達も行くぜ」
ヴィオンに加え、カイムとその仲間も近寄ってくる。そこでセレンは頷き、
「隊長! ここは任せるから!」
言葉と共にセレンが馬を走らせる。俺達が吹き飛ばした場所を入り口に、魔族へ突撃を開始する。
こちらはほんの少数――精鋭ではあるが、魔物の軍勢に突撃するにはさすがに厳しい……かもしれない。けれど、
俺は剣を構え、先ほどよりも強く一閃した。魔力の刃が刃先を通して戦場を駆け抜ける。それだけで、目前にいた魔物達が一挙に消えていく。それを幾度か繰り返し――魔族への道を切り開く。
「はあっ!」
勇者ヴィオンも負けじと雷光を迸らせる。閃光が戦場を駆け抜け、魔物が黒く焼け焦げる。対するカイムも光の剣を幾筋も飛ばし、魔物を倒していく。その動きを見てか、魔族もとうとう動き始めた。戦力を減らされるより先に、俺達を仕留めようという魂胆だ。
「セレン、魔族はどうする?」
「私が」
「なら俺達は露払いだな」
「むしろ魔物を全滅させる勢いで倒すぜ」
俺の言葉に続きヴィオンが言う。同意するようにこちらが頷くと同時、魔族がいよいよ近づいてくる。
そこで俺は再び剣を切り払い、魔物を滅していく。数は多いがそれでも一振りで消えていくため、今のところまったく問題になっていない。
むしろ、魔物の強度としてはそれほどでもないか……? 俺が強いからという理由もありそうだが、この調子ならこの軍勢も蹴散らせる……? いや、さすがにそこまではないか。
ともあれ、目標の魔族に近づきつつある――その時、セレンがさらに馬の速度を上げた。
あれはおそらく、一撃で仕留めるべく……それを理解すると同時、俺は彼女に追随しながら剣を振り雑魚を蹴散らしていく。ヴィオンやカイムも意図を察したようで、俺が剣を振る場所とは異なる位置へ攻撃を仕掛けた。
そして魔族がいよいよセレンの眼前へ――けれど彼女は馬を走らせ、止まることはなかった。相手の魔族は何か魔法を行使しようとしたらしいが――意味を成さなかった。
電光石火の剣戟で、馬上から彼女は魔族へ剣を振り下ろす。それを相手は避けることもなく直撃し――
「――ガアアアアッ!」
悲鳴のような声を上げ、吹き飛んだ。いつのまにかセレンが握る剣からは多大な魔力が発露し、それが魔物達も警戒させたか、動きを止める個体まであった。
同時、セレンは魔族へ追撃を仕掛ける。倒れそうになる体をどうにか立て直し、相手は反撃に移ろうとしたようだが……それよりも先に彼女の剣が脳天に突き刺さり、魔族は何もできないまま死滅した。




