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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第一章

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強襲

 報告を受けた直後、騎士ジウルードは駆け足で城壁の上にある通路へと向かった。俺もそれに追随し、城壁――魔王の本拠地がある北側の城壁へたどり着く。そこで、


「向こうから仕掛けてくるとは……」


 ジウルードは言葉をこぼす。まだ距離があって見えにくいが……黒い群衆が、土煙を巻き上げこちらに近づいていることがわかる。


「魔王は手勢を人間の社会にも送っているのは間違いなく、こちらの動きが知られるのは想定内だ。しかし、すぐさま迎え撃とうというのは……」

「あの軍勢、さすがに一朝一夕で準備をするのは無理では?」


 と、横から声が聞こえた。見ればセレンがいつのまにか立っている。


「数が数だし……」

「ああ、セレンの言うとおりだ。どこかで看破したということなのだろう」


 ジウルードはそう呟くと、近くにいた騎士へ指示を飛ばす。


「すぐさま戦闘準備を」

「は、はい!」

「あの調子ならば、およそ一時間でこちらへ到達するだろう。それよりも前に攻撃が来ることも否定できない……一分一秒を争う。すぐさま動け!」


 騎士は一礼して立ち去る。そして俺が黒い群衆を見据えていると、城内がにわかに騒ぎ始めた。


「籠城戦ですか?」

「さすがにそれは無理だ。町を囲う城壁全てに兵を配置するというのは、どうあがいても兵力が分散する。余すところなく四方を守るだけの軍……人数は多いが、少しでも壁を薄くすれば魔族はそこを狙って仕掛けてくるだろう」


 確かに……狡猾なやり口を考えれば、最初から防戦というのはいくらなんでも危険か。向こうとしてはやりたい放題になるからな。


「よって、野戦を仕掛けて食い止める。とはいえ、準備まで間に合うかどうか――」


 その時、馬のいななきが聞こえた。それは城内から……あるいは町からの方角ではない。

 見れば、黒い群衆に対し横手から騎馬隊がやってくる。数にしてはそれほど多くはないのだが、まるでこちらの準備が整うまで時間を稼ぐという風にも見えた。


「近隣の砦に入っていた騎士団が、駆けつけたか」


 ジウルードの言葉の後、さらに別の方角からも同じような騎馬隊が……動きを察知して、守るためにやってきたか。


「それこそ、時間稼ぎ……潰れ役だとわかった上で戦うか。とはいえ、あの戦力も魔王へ挑むためのものだ。ここで失っては厳しい戦いが待っている」


 そこで騎士がジウルードの近くへやってきた。何かしら報告を受けた後、彼は指示を出し騎士は立ち去る。


「……セレン、動いてもらえるか」

「もちろん」

「魔物は間違いなく猪突猛進で城壁まで近づくだろう。その勢いを止めなければ、こちらに勝ち目はない」


 ……戦術とかについてはさすがに詳しく学んでいない俺だが、なんとなくわかる。魔王側が先手を打ってきた時点でこの戦いに決定的な勝機を生み出している。これを狙ってやったのだとしたら魔王は相当な策士だ。


 ウィンベル王国側はこれに気づけたかどうかについてだが……難しかっただろうな。何せ、こちらがどのような動きをしても魔王は知らぬ存ぜぬという感じだったはず。実際に討伐軍を送ったこともこの国はあったはずだが、いずれも魔王は目の前にいるような軍勢を差し向けることはなかった。今回のことはまさしく例外中の例外。


 いや、もし魔王がウィンベル王国の中枢にある情報まで得ているとしたら、今回の作戦は危険だと思ったか? それなら、先手を打つのも理解できる。もしそうなら、情報戦においても魔王が上回っていたということになるわけだが――


「戦士アシル」


 ジウルードが俺へ呼びかける。


「セレンと共に、出陣してもらえないだろうか?」


 ――俺はすぐさま頷いた。待機を命じられても戦うつもりでいたくらいだ。

 こういう状況である以上、俺も全力で応じるべきだろう。セレンが移動を開始し、それに追随する形でこちらも歩き出す。


「セレン、具体的にどうするんだ?」

「まずは何より、騎馬隊と合流する」


 彼女の顔は引き締まり、緊急事態の中で最善を尽くそうという気概を発している。なら俺もそれに殉じる……ジウルードから託されたこともある。けれどそれ以上に、無理をしそうな彼女を止める役割を……あるいは、突撃する彼女と共に、戦ってやろうという気持ちが強かった。

 俺達は城内から馬を拝借して、城を出る。町中は混乱しているが、警備を担当する兵士達がどうにか統制をとっている。ギリギリの状況で不安もあるが、構ってはいられない。


 セレンの先導に従って俺は馬を走らせる。町を囲う城壁の門から外に出ると、セレンはさらに馬を飛ばす。俺はどうにか手綱を操作してそれに食らいつき……やがて、布陣しようとする騎馬隊へと合流した。


「……騎士セレン!」


 隊長らしき男性騎士が声を上げる。彼女はそちらへ近寄り、


「城内の方はまだ時間がかかると思うけれど」

「承知の上だ。だからこそ私達が来た。誰かが食い止めなければ、あれが町へなだれ込んでくる」


 この時点で黒い群衆は相当近くなっている。様々な見た目の魔物が整然と進む様は、不気味を通り越して恐怖以外の何ものでもなかった。


「とにかく、指揮をする魔族を倒さなければ……騎士セレン、いけるか?」

「もちろん」


 彼女は腰の剣を抜く。魔力が発露し、その圧倒的な気配に周囲にいる兵士や騎士からはどよめきが上がった。


「魔族を倒し、魔物の動きを鈍らせればいいんだね?」

「ああ。とはいえ、かなり無茶な戦法だ。下手するとあなたが――」

「誰かが無理を通さないといけない。こんな状況だったら」

「そうだな」


 俺は同意し、剣を抜く。鉄製の剣ではない。俺が自ら作り上げた、セレンにしか見せたことのない最強の剣だ。


「俺も付き合うよ」

「アシル、いいの?」

「むしろ誰かがそばにいないと、馬を潰しても突撃しそうだからな」


 その言葉に他の騎士は小さく頷く。彼女の強引さは、有名らしいな。


「で、セレン。どうする? 先陣を切るかそれとも援護してもらいながら動くのか?」

「もちろん、先頭を走って戦うよ」


 即断即決だった。ならば俺もそれに従うまでだ。


「……騎士セレン、あなたは魔王との戦いにおける切り札の一人だ」


 そして騎士隊長は彼女へ告げる。


「あなたもまた、なくてはならない存在だ……無茶をするのは間違いないが、その中で引き際だけは考えて欲しい」


 彼女がその言葉に頷くと、騎士隊長は部下へ指示を飛ばす。俺のことは何も言及しなかったが……彼女の雰囲気から、戦力になれると察したのかな?


「アシル、いいの?」


 そして彼女が問いかけてくるわけだが、


「ここまで来て今更だな」

「まだ引き返せるから……」

「どこまでも付き合うよ。まだ魔王との決戦にさえなっていないのに、死なれたら困るだろ?」

「……そうだね。なら、頑張ってもらうよ」

「ああ、任せろ」


 戦場で、危機的状況ではあったが俺達は互いに笑い合った――さて、あまりにも予想外な展開だが、魔王との戦いが始まった。

 最初の戦いから非常に厳しいわけだが……俺は剣を強く握りしめる。


 これならこれでいい――存分に、暴れさせてもらおうじゃないか。


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― 新着の感想 ―
[一言] >「……騎士セレン!」 > 隊長らしき男性棋士が声を上げる。彼女はそちらへ近寄り、 こ、ここは誤字なんでしょうけど………↑のヤツ、将棋指しが騎士団に混ざってることになりますよなってますやん…
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