偽りのない言葉
復讐――その単語を聞いた矢先、俺はしまったかなと感じた。けれどセレンは気にしていないようで、
「大丈夫。経緯は色んな人に話したし、慣れてるし」
「……なら、聞かせてもらうけど、出身地に魔物でも現れたのか?」
「現れたのは、魔族。そいつは……私の故郷である村を火の海にした」
遙かに壮絶だった。息を飲んでいると、彼女はクスリと笑い、
「これで私以外の人が全員、消えていたら……端から聞けばヒロイックな話だったんだろうけど」
「……無事だったのか?」
「死者は半数。私は幸運にも家族を含め難を逃れた……後で聞いたところによると、魔王の指示などではなく、魔族の憂さ晴らしだった。そんな理由で村を焼かれては、たまったものではないよね」
確かに……ただ彼女はどこか遠い目をする。
「一年に一度、家族で故郷の近くにある墓地まで訪れて祭礼をしているよ……ただ、村の方は捨てるしかなかった。土地が魔族の攻撃によって荒れ果ててしまったから。今、家族は町で暮らしてる」
「その中で、セレンは剣を握った?」
「そうだね。身一つで逃げて命からがら戻ってきた村は、例外なく全ての建物が黒焦げになっていた。それを見て、復讐を誓った。こんなことをした魔族を、必ず滅ぼすと」
そう言った後、彼女は店の窓から外を眺める。
「魔族を倒すには剣しかないと子どもなりに考えて、騎士になるべく剣術道場の門を叩いた。そこから取り憑かれたように剣を振り続けた。師匠が言うには、その目が怖かったと言ってた。やがて才覚が認められて、十才の時に私は騎士団に紹介された。そこから魔物を倒し続け……四年後、私はその魔族をこの手で滅した」
「倒したのか……!?」
「そうだね。それが三年前だから……そんなに昔の話でもないか」
――その過程で、彼女は恐ろしい程の成長を遂げたのだろう。でなければ、その年齢で騎士団の最強格にまで上り詰めることなんてできはしない。
「そこから先は、どうしようか悩んで……ジウルードさんの言葉を受けて、近衛騎士団として活動するようになった。時折、お忍びで外に出て活動しているけど」
「俺と出会ったのは、その旅の最中だったわけか」
「そうだね……自分の復讐を終えた後、なんというか私のような人を生まないようにしたいと思ったから」
そのためにわざわざ……近衛騎士団になったからこそ、外に出なくなったから暇を見つけて、ということだろうか?
「騎士ジウルードが近衛騎士団を薦めたのは理由があるのか?」
俺の疑問に対しセレンは小さく頷いた。
「なんというか……復讐を終えた直後、達成感とかがあって騎士団を辞めようと思ったんだ。でも、ジウルードさんとしては逃したくなかったから、仕事の多い近衛騎士団へ異動させたってこと。実際、めまぐるしいし」
「仕事をさせて、何か目標を見つけろとか、そういう意味合いもありそうだな」
「うん、間違いないね」
セレンは同意する……なんというか、生い立ちはかなり特殊な例ではあるのだが……、
「でも最終的に、人の役に立ちたい……魔王を討ち滅ぼし、平和な世の中にしたいって気持ちがあるわけだ」
「それは間違いないよ……アシルもそれは同じでいいんだよね?」
「ああ、そうだな……俺は、セレンみたいにヒロイックな話は一つもないけど、力を手にした以上は……それを役立てたいと思ってる」
ここは嘘偽りのない言葉であり、セレンも感心したようにしきりに頷いていた。
「突然、降ってわいたような力を得たのであれば、もっと尊大な感じになってもおかしくないけど、アシルはそうはなっていないね」
「まあ、な……俺の原点は勇者という存在に憧れてだから、なんというか無茶なことはしないように……って感じだな」
実際は、二千年という修行の成果なわけだが……だからといってそれを誇るようなこともしない。二千年という時間を使い強くなったというより、それだけの時間を浪費して、ようやく強くなった……そんな風に思えるからだ。
セレンを見て、それはさらに確信に変わった。彼女なら俺のやってきたことを、十年経たずして済ませられるとさえ思う。天才と俺は違う――けれど、別にひがんでいるわけでもないし、嫉妬という感情もない。どれだけ無茶苦茶な方法でも、俺は強くなれた。天才と肩を並べている。
「今回の作戦、成功すると思うか?」
俺は話の矛先を変えた。それと共に、この質問は意味がないかなと口にした後思った。
「可能な限りのことはしているよ」
それに対しセレンは律儀に応じる。
「もちろん、最悪の可能性もある……私達騎士団だけが犠牲になるくらいだったら、戦争である以上仕方がないと割り切れる。でも」
セレンは俺を見据えた。
「今回は冒険者や勇者の協力もある……絶対に負けられないし、犠牲を少なくしたい」
「ずいぶんと願いが多いな」
「騎士団は、命を賭して国を守る……そういう存在だけれど、あなた達は違うでしょ?」
「城の周辺にいた人間は、覚悟の上で来ていると思う……まあもし危機が訪れたら、逃げ出す人間だっているかもしれないけどさ」
「それならそれで仕方がないかな」
受け入れる、というわけか……ただ、その瞳の奥には覚悟のようなものが確かに存在していた。
たとえ一人になっても、自分は戦い抜く……そんな決意をしかと感じ取ることができる。
だから俺は、
「……少なくとも、俺は絶対に逃げないし、勝つまで魔王に立ち向かい続けることは約束するよ」
「別にそこまで言わなくてもいいのに」
苦笑するセレンに対し、俺は首を横に振る。
「いや、これは表明しておいた方がいいと思う……最後まで戦い抜くさ。騎士と一緒に」
「……わかった」
セレンは嬉しそうに告げる。先ほどの覚悟の表情から一転、本当に感謝しているのだとわかるような笑みだった。
「ねえアシル、たまにでいいから、王都に滞在中は剣の訓練とか付き合ってくれない?」
「俺で良ければ……でも、俺でいいのか?」
「うん」
コクコクと頷くセレン。なんだか気に入ってもらえたみたいだが……もしかすると、初めて遭遇し共に戦ったことで強く印象が残っているのかもしれない。
そこから俺とセレンはとりとめのない話を行いつつ、やってきた料理に舌鼓を打つ。彼女は薦める料理はおいしく、またここに来ても良いかなと思えるくらいだった。
その折、ふとセレンの顔が窓の外に向いていることに気づく。町を眺め、人々を守る……その意思を、改めて確認するような所作だった。
正直、俺は彼女のように人のためという意識は……勇者に憧れていた以上もちろんあるけれど、彼女ほど確固たるものではない。ただ、そういう信念が彼女をより強くさせているのでは……そんな風に思わせる。
俺もまた、魔王との戦いに挑むとき、そういう強い思いを抱くことができるのだろうか……いや、もしかすると戦いの途上でそういう風に思うのかもしれない。
魔王との戦い、どのようなものになるのか……俺は色々な想像をしながら、食事を楽しむ。ひとときの平和な時間……決戦前に、それを少しでもかみしめようとする。
しかし――こんな日常は、出陣を迎えるより前に、打ち砕かれることとなる。




