実を結ぶ策
騎士ジウルードの話によると、十日後に王都であるエルベアへ集まって欲しいとのことで、次の目的地はそこになった。
移動のために馬車を用意すると言われたのだが、俺は首を左右に振り単独で王都へ向かうことに。その理由としては、旅の途上において闘技大会で得たものを確認したいためだった。
大会が終わった翌日、俺は町を去り王都エルベアへ向け旅を始めた。時折、俺の姿を見て声をかける人もいた。とりあえずそれに笑顔で対応するくらいには人から見られることも慣れた……が、まだまだかな。カイムとかセレンのように、人に囲まれてどうこうというのは経験値も足りなさそうな感じだ。
まあ、この辺りはおいおい慣れていけばいい……それで夜、野営することになり俺は大会で得た経験を改めて考察する。
「ふっ……!」
剣を振りながら、学んだ技法を身のうちに焼き付けていく……二千年の修行に加え、新たに多くの剣術を習得した。それを一つ一つかみ砕き、自らの糧とする……間違いなく俺は、一回り成長した。
問題はこれで魔王に勝てるかどうか……まあ国側も俺に協力してくれと言ったにしても、魔王を倒せなんて言うわけじゃないだろう。策をきちんと構築しているはずで……もし人間側の作戦がまったく通用しなかった場合――
「俺が自分の手で……なんて、さすがにうぬぼれすぎか……」
修行による高揚感でずいぶんと増長しているような気もする……いけないいけない、ひとまず深呼吸をして、考えを改める。
現状、騎士と連携をして魔王を打倒するために動くというのが、基本方針のはずだ。俺はそれに従い動くことにして、いざとなったら単独で動く、という感じに戦えばいいか。
ここでふと、カイムの仲間であったレドのことを考えた。彼らは魔族に与するものなのか、あるいは魔族なのか……どちらにせよ、魔王側が何かやっているのは間違いない。だからこそ、ウィンベル王国側も魔王討伐という決断をしたのかもしれない。
いや、それどころか魔王側の主導で戦争が起きる……などという可能性もあったのか?
「知らないところで、何かが始まろうとしていたのかもしれないな」
そうした中で俺が二千年なんていう無茶な修行で強くなったのは……もしこの力が役に立てるのであれば、遠慮なく剣を奮おう。
そんな風に決断をしながら、俺は鍛錬を続ける。まだ見ぬ魔族や魔王の思い描きながら、自分を律し魔力を高め続けた。
そうして俺は自らの足で王都エルベアへと入る。ベルハラと比べても圧倒的な人、人、人。それに少し気圧されながら俺は大通りをゆっくりと歩く。
そういえば、出発するまでの間はどうするのだろうか。城内に滞在するのか、それともどこか別の場所で待機させられるのか……などと気になる間に城へと辿り着いた。
門番へ話し掛けると、あちらへ行って欲しいと指示される。城の横手へ回る形で歩くのだが、その先に広場があり、俺と同じようにスカウトされた人間がいた。
受付らしきものがあったので、そちらへ尋ねると、奥にいる騎士へ話し掛けてくれと指示が。周囲の戦士達にそんな様子がないので、たぶん俺は特別扱いかな。勇者であるヴィオンとかカイムもそうだろう。
で、その途中で周囲からヒソヒソ話が聞こえてきた。うん、これは一体……と思って少し耳を澄ませてみると、
「ほう、『刃を喰らう者』も参戦か……当然といえば当然か」
「先ほど『雷光の勇者』も来ていたため、大会の上位者はこれで全員集まったことになるな」
「彼がアシル=ヴィードか。退魔の力を有している以上彼も当然参加する……その力を一度拝見したいものだ」
な、なんか噂されてる……!?
いやまあ、闘技大会四位――しかも騎士や勇者と対等に戦ったということを踏まえると、参加者以外が俺の話を聞いていてもおかしくはない。現在でも俺の名が戦士達に周知されているし……本来なら、どっしりと構えるか軽く聞き流すのが良いんだろうけど、いくら強くなったからといって俺のメンタルそのものは修行前とあんまり変わっていない。だから話をされることで少しばかり緊張してしまう。
ただこれからこんなことがたくさんあるだろうし、今のうちに慣れておかないと……大変そうだと感想を漏らした後、騎士へ話し掛ける。
「アシル=ヴィードさんですね。ではこちらへ。案内致します」
騎士が先導する形で、広場を抜ける。どうやら城の勝手口みたいな所へ連れて行かれて中へ。そこから廊下を歩くのだが……どこへ連れて行かれるんだ?
疑問ではあったのだが、騎士に尋ねるようなことはせずに黙ったまま……階段とか上がるし、どう考えても普通の場所じゃないな、これ。
大理石のような綺麗な床をひたすら歩き、俺はなんだか緊張してくる……やがて、辿り着いたのは一枚の扉。騎士がノックをして返事を聞いた直後、扉を開ける。中を見ると、
「待っていた」
騎士ジウルードの姿があった。他に誰もいなくて、
「あの……俺だけですか?」
「勇者カイムやヴィオンは昨日までに来訪していて、説明をしたよ」
なるほど……闘技の町で俺やカイム達三人が呼ばれて話をしたわけだが、あの場にいた面々は特別に場内へ招いたというわけだ。
「今回の作戦と、魔王に対する概要について話をしようと思う」
前置きに対し俺は小さく頷く。
魔王……俺も冒険者の端くれとして、多少の知識はある。名はグラーギウス。ウィンベル王国建国時から、度々攻撃を行うまさしく不倶戴天の敵だ。
「魔王の名はグラーギウス……奴は王都の北に位置する、ゼジア盆地……山に囲まれた盆地に地下迷宮を建造し、根城としている。盆地周辺にはウィンベル王国が建設した砦が存在し、現在も太陽騎士団が常駐し監視をしている」
「魔族や魔物達は、出てこないんですか?」
疑問に対しジウルードは頷いた。
「魔王周辺から魔族が出てくる場合もあるが、基本的には少数だ。そこから各地で拠点を作成し、行動する……君が踏み込んだダンジョンもその一つだ」
……ん? と、疑問に感じた。俺がダンジョンに入ったという情報は知っているにしても――
「ああ、その辺りを説明していなかったか。セレンから君のことは聞いている。彼女の無茶な行動についても」
バレバレじゃないか、と内心で思っていると、
「とはいえ、普段から無茶する人だからね。私も説得は諦めてしまったよ」
「いいんですか? それで?」
「止めても聞かないだろうからね」
苦笑するジウルード。なんというか、苦労しているんだな……。
「……事情はわかりました。ところで一つ質問が」
「どうぞ」
「騎士セレンについては、近衛騎士団とのことですが……今回の戦いに参加するんですか?」
「無論だ。私が近衛騎士団と交渉し、今回の戦いについては参戦してもらうことになっている」
……強力な悪魔と戦える能力を持つ以上、当然の話か。
「作戦だが、選りすぐりの騎士や勇者を伴い、地下迷宮へと踏み込む……幾度となく行った調査により、魔王周辺に幹部クラスの強力な魔族はいるが、大軍勢はいない。よって、精鋭中の精鋭を引き連れ、攻略を行う」
彼らは間違いなく、来たるべき日のために準備を重ねてきたのだろう。その策が実を結ぼうとしている……俺は何も言わず頷く。いよいよ始まるのだ、という気持ちが、心の中でわき上がっていた。