天才
先んじて仕掛けたのは俺だが、セレンの技量ならば、天地がひっくり返ってもこれで終わるはずがない――こちらの剣戟を彼女は容易く受け止める……が、感触が普通とは違った。ふわり、とまるで風が当たったかのように柔らかい。最初に戦ったスダンという戦士が風をまとわせる技法を用いていたが、それとは違う……異質な手応えに少し驚く。
直後、セレンが反撃に転じた。こちらの剣をいとも容易く弾き返した後、刃が迫ってくる――!
「お、っと……!」
俺は無理矢理引き戻した剣で防いだ。そこへセレンが執拗に追撃を掛ける。渾身の一振りに対し俺は剣を盾にして応じるのだが……刃同士が噛み合った瞬間、変な手応えだった。先ほどと同様に柔らかいものでも切っているような……刹那、彼女の剣がこちらの剣をまたも弾いてみせる。
そこで、俺はなんとなく理解できた。魔力の練り上げ方などを操作して、こちらが反撃できないよう、手応えとか感触を変えている。単なる風ならこちらが同じような技法で相殺すればいいだけだが、そんな単純なものではない。
俺が彼女の剣を押し返そうとしたら、タイミングをずらして俺の力が緩んだ瞬間に反撃する。動きを悟らせないような……そんな戦い方だった。
「なるほどな……!」
納得した声と共に俺は剣を振るう。彼女がどう応じるのか、さすがにタイミングまで完璧に把握できるわけではない。だから俺は力を入れ直して押し込もうとするのだが……彼女の方は受けなかった。剣同士が触れた矢先、彼女は自分の剣を滑らせるようにして受け流し、横手に回って俺の肩に狙いを定める。
即座に対応するが……防戦一方である。今まで出会ってきた騎士とは明らかに戦い方が違った。正道からは大きく外れ、かといって邪道というわけでもない。俺のやり方に対応し、戦法を構築しているのだ。
ならば……少し距離を取り、様子を窺う構えを見せる。呼吸を整え相手を見据える。
それと同時に、俺は一つ気付いたことがある。さっきの戦い方……何をしているのかはおおよそ理解できたが、それを真似しようとすると……さすがに無理だと判断する。動作の真似はできる。しかしどういう風に使えばいいのかという、方法がわからない。戦い方が奇抜すぎて、そこまで想像が回らないのだ。
むしろ何も考えず戦法を模倣したら、逆にそれを利用して……などという可能性も考えられる。
異名の『千の剣戟』は、無数にある戦法に畏怖につけられたものだろう……俺が模倣しても次の戦法がある。さらに単純に真似しただけでも意味がない。これまでの騎士や戦士は、全て既存の剣術とか武術とか、そういう枠の中に存在していた。けれど彼女はその外にいる……たぶん彼女が編み出した技法だろう。
となれば、単純に真似るだけでは逆効果……これは彼女と同じ人生を歩んでいなければ、扱えないもの。
なるほどと、俺は納得した――これが天才ってことなのか。
セレンが仕掛ける。俺は剣を構え迎え撃つ腹づもりを決める。
勝つ方法としては二つ。防戦しつつ彼女の剣戟をコピーし続け、打ち砕く。これは俺が大会でやって来た手法だが、彼女の技法は数がとんでもないだろう。技と技を組み合わせて使用することを考えれば、千どころか無数と呼んで差し支えない数に上るかもしれない。しかも今のように迂闊に真似できないものまで存在するのであれば、通用しない。というよりさすがにキツイ。
ならばもう一つの戦法……力によるゴリ押ししかない。勇者ヴィオンは間違いなくこの方法で勝利した。技術ではおそらく敵わない……と思わせるだけの気配を漂わせる彼女に対し、純粋な力だけで対抗した。彼女は本来の武器ではないこともあって、武器が壊されて敗北した。
で、俺だが……技をコピーし続けるだけで勝てるような雰囲気ではない。それにこの策を実行するのであれば持久戦になるが……俺の体力はもつけど剣がもたない。
一方で後者の方法も同じく剣が……つまり今握っている剣で勝とうというのは厳しいのだが、
「――はああっ!」
声を張り上げ、反撃に転じる。彼女の動きなどを全て把握して攻撃に転用はできないが、それでも持ちうる力で対応する。セレンはそれを真正面から受けた。ここから、俺と彼女の応酬が始まった。
それは――剣が幾度も激突し、闘技場を響かせる。数秒で恐ろしい回数打ち合う、激しい戦いだった。文字通り、目にも留まらぬ速さ……観戦する人々の中で知覚できたのは一握りだろう。それでも凄まじい戦いであることは認識できたか、観客は沸き立ち俺達へ向け声を張る。
剣を振るうごとに攻守が逆転するような戦いだった。こちらが剣を叩き落とし反撃する。それをセレンは防ぎ、いなし刃を差し向ける。しかも一撃ごとに魔力を少しずつ変化させ、こちらに動きや手の内をわからないようにしている。
それに対し俺は瞬間的な動きで……つまり身体能力で対抗する。技術ではなく能力を引き出して応じているわけだ。もしいつも使っている自分の剣であったら、躊躇いもなく力を引き出していただろう。
二千年という修行を経てなお、辿り着かない技術の領域がある……この大会で俺は様々な技法を吸収し、確実に強くなった。だが、目の前の相手はそれを上回る……こういう人物こそ、悪魔を滅し魔王を討つ存在なのかもしれない。
とはいえ、高速の剣戟をいつまでも続けるのは……俺は刃を振るセレンの首筋に汗がつたうのを確認した。体力の限界はまだまだ先だろうけど、俺の身体能力に合わせて攻撃を仕掛けているため、消耗が早いのだろう。ただ彼女の限界が来るよりも前にこちらの剣がもたないかもしれない。
技術による剣であるため、俺の剣は耐えられている。しかし剣が噛み合う衝撃は重く、セレンは汗を流しながら威力も少しずつ高めているのがわかる……瞬間的に剣の魔力を高めて押し込むか? いや、彼女なら瞬間的に俺がどれだけ魔力を注いでいるのかわかるだろう。ならこの策は通用しない。
結局俺としては、持ちうる武器の範囲内でセレンと打ち合い、長期戦に持ち込んで隙を見せたときに決める……くらいしか手段がない。それがわかった瞬間、ゾクリとなった。恐怖ではない。次元の悪魔を一蹴できる力に対し、彼女は純粋に培った技で完璧に応じている……その事実に驚愕し、また同時にただただすごいと心の内で感嘆の声を漏らした。
彼女のその剣に、どれだけ応じられるのか……そんな風に考えていた矢先、ピシリと、剣先にヒビが入った。
予想よりもずっと早く、剣が――セレンはすかさずそこに狙いを定める。流れるような動作。好機を見つけたら即座に反応できる嗅覚。俺はさせまいと剣筋を変えて応戦するが……どういう原理か、彼女は確実にそこへ剣を叩き込み続けた。とんでもない精度に笑いがこみ上げてきそうだった。
そして、限界がやってくる――パアン、と乾いた音が闘技場に響き、俺の剣が砕けた。刀身は半分から先がなくなり、後退を余儀なくされる。そこでセレンは追った。武器が壊れても、何か仕掛けてくるかもしれない……瞳は警戒の色を見せているが、仮に魔法剣を生み出すにしても時間を要するはず――そういう推測なのだ。
それは正解であり――俺が次の行動に移るより先に、彼女の剣が首筋へ突きつけられた。
「……俺の、負けだな」
途端、会場が沸騰し実況は勝者としてセレンの名を読み上げる。こうして俺の戦績は四位……連続で武器破壊による敗北という、変わった形で終わりを告げたのだった。




