旅の価値
カイムの俊敏さはヴィオンに届くものではなかったが、それでも彼と相対できるのではと錯覚するほど……剣術などに組み込まれる歩法により、見かけ以上に接近が早い。
俺は回避ではなく真正面から彼の剣を受ける選択をする。直後、刃が触れた切っ先にわずかだがヒビが入った。彼の全力を抑え込むには、やはり普通の剣では限界があるか……!
単なるヒビなので、それほど痛手にはならないはずだが……ならばと、俺は切り返す。しかしカイムは執拗に追いすがる。好機と見てあえて攻め立てるつもりのようだ。
それに対抗するべく俺は剣をかざす。幾度も剣同士がぶつかり合い、金属音が闘技場内に響き渡る。歓声に負けぬほどの音であり、ともすれば耳の奥に入り平衡感覚を狂わせる勢いだ。
だが俺とカイムは剣の激突をやめなかった……しかし、俺は問題なくとも剣については限界が近づいている。彼の剣が触れる度に、刀身に細かいヒビが生まれ始める。
思った以上に限界が来るのが早い――俺は即座に次の一手を決断し、なおも攻勢に出た。カイムからすれば限界に近づきつつある剣が折れるより先に決着をつけようとしていると――そんな風に考えているはずだ。実際俺はそうするべく剣を振るっていた。
だが、カイムは全てを受け止める……これが、一年という歳月で成長を果たした勇者という存在。そして俺は二千年という歳月を経て、対等に戦えている。
それが何より、俺にとっては嬉しかった。カイムと一緒に旅をして、彼のような戦いをしたいと、憧れを抱いていた。
けれど今、俺はそれができている……可能ならば長い時間、こうして刃を通して語り合いたいとさえ思った。
だが、限界がやってくる――パキン、と大きく刃に亀裂が入った。これは致命的なものだと悟った直後、俺は咄嗟に後退しようとした。
しかしカイムは追撃を仕掛け――俺の剣を見事に両断する。床に剣先が滑るように転がり、カイムは俺の首筋に刃を突きつけた。
そして俺は、
「……カイムの、勝ちだな」
降参を宣言。その瞬間、会場が沸騰し、実況がカイムを勝者として宣言したのであった。
「残念だったね」
闘技場を出ようかと控え室を出た時、セレンがいて開口一番そう言った。
「ああ、まったくだ……明日、対戦するけどよろしく」
「うん」
思えば、彼女ともずいぶんと接している……二千年の修行を経てからともに行動する時間も長かった。
しかし彼女の本質的な部分については触れていない。明日はその内の剣術について、しっかりと見ることができるだろう。
「さて、とりあえず剣を買いに行かないと」
「お店、紹介してあげようか?」
「そこまでしてもらわなくてもいいよ。それに、俺の魔力と相性の良い剣が売っている店は既に見つけてあるし――」
「アシル!」
その時、カイムの声が聞こえてきた。振り返ると走ってこちらに近づく彼の姿が。
何事か、もしやレドが――と思ったのだが、彼は俺の前に立つと予想外の言葉を投げかけた。
「ごめん、突然。どうしても、言いたいことがあって」
「……何を?」
セレンは興味があるのか一歩下がりはしたが立ち去らない様子。カイムも彼女の事は気にしないのか、俺に用件を伝える。
「その……虫の良い話だとはわかっている。でも、言わせて欲しい」
前置きをしてカイムは、
「……また、一緒に旅ができないか?」
彼の要求を聞いて、俺はキョトンとなった。
「その、レドやジャックのことがあったから、というわけじゃないんだ。アシルが離れてから、俺自身気付いた……一緒に旅をしていたことが、楽しかったんだって。アシルはそう思っていなかったかもしれない……だから、これは俺の一方的な言い分だ。でも、これだけは言おうと思って」
――そう言ってくれるだけで、俺はすごく嬉しかった。ああそうかと。弱かった俺との旅は、カイムにとって価値のあるものだったんだと。
「突然の話だとは思うけど……良かったら、考えてみてくれないか?」
彼の申し出は、とてもありがたい話だとは思う。今度こそ、対等に旅ができるのは間違いない。
けれど、
「……俺も、カイムとの旅は楽しかったよ」
強くなれないという苦い感情はあった。でもその中であっても、カイムの成長を楽しんでいる自分がいた。
「でも、俺は自分なりに目標ができた……だから」
「わかった、ありがとう」
その返答は、きっと予想できていた。カイムは引き下がると、笑みを浮かべて立ち去った。
「……良かったの?」
横にいるセレンが問い掛けてくる。俺は当然とばかりに頷いて、
「言っただろ? 目標があるって」
「そっか……なら、私の要望も聞き入れてはくれないかな」
「要望?」
「実はジウルードさんからスカウトしてこいとの指示が」
ドキリとなった。おいおい、まさかそんな話が――
「事件に手を貸してくれたし、身元も保証されているしね……でも、あんなやり取りを聞いた以上、私の方も駄目かな」
「……悪いな」
「ううん、わかりきっていたことだし」
彼女には、俺のやりたいことは伝えてあるからな……人の役に立ちたいという漠然としたものだけど、俺にとっては重要なことだ。
それは騎士になっても叶えられるものだとは思う。例えば太陽騎士団に所属すれば、魔族と戦う日々……それは秩序を守るための戦いになるだろう。でも、俺は俺なりに……そんな風に考えていた。
「なら私はおとなしく去るよ、明日、よろしくね」
彼女もまた歩き去る……その姿が見えなくなった後、俺もまた宿へ帰ることとなった。
翌日、いよいよ大会最終日を迎える……決勝戦は勇者対決となり、俺は三位決定戦でセレンと戦うことになった……昨日と同様に控え室へ行くと、今度はカイムがいた。
「体調はどう?」
「万全、かな。そっちは?」
「こちらも問題ない……双方とも強大な相手だ。勝てるといいな」
「ああ」
それから少しして、俺は名を呼ばれ闘技場へと歩む……今日、泣いても笑っても最後の試合だ。その相手は馴染みの相手……けれど、実力の底などまったくわからない、強敵だ。
実況が俺の名を呼ぶと、歓声が一層広がる。次いで、
『そして、彼と戦うのは天才騎士! 惜しくも雷光の勇者には届かなかったが、その武勇と戦歴は誰もが認めている――千の剣戟――セレン=エーベルラント!』
真正面から現れたのは、見慣れた彼女……ただ、今までと雰囲気が違っていた。試合が始まる前より、既に戦闘態勢なのか、硬質な気配を漂わせている。
ダンジョンで見せていた雰囲気とは違う。俺と戦うために、気合いが入っているのか……けれど対峙した瞬間、一転曇りのない笑顔を見せた。
「良い試合にしようね」
「ああ」
返事をした直後、俺達は同時に剣を抜く。完全な臨戦態勢に入った矢先、俺は彼女が持つ剣に目を向ける。
勇者ヴィオンに斬られたため新調しているわけだが……俺が持つ剣よりもよっぽど高級そうな雰囲気だ。どれほど魔力を込められるか不明だが、少なくとも俺以上の出力が出せることは間違いないだろう。
この剣を使って勝利するには、色々と工夫がいる……とはいえ相手は異名まで持っている以上、俺の技術がどこまで通用するのか。
呼吸を整える。間違いなくこの試合が、俺にとっての大一番……彼女の技量と俺の力。果たしてどちらが上か――
『三位決定戦――始め!』
実況の声と同時に、俺は走る――そして眼前にいるセレンに対し、渾身の一撃を放った。




