大切にすべきもの
その後、カイムやセレンは町中を探したらしいがレド達は見つからず。最終的に町の外へ逃げたと判断し、指名手配をするということになった。
勇者カイムの仲間が……と言われると彼の評判を落とす可能性もあったが、その辺りは上手く騎士達がギルドへ情報を流したためか、むしろカイムに対しては同情的な見方が広がったらしい。ただ彼自身はショックだろうとは思う。
試合については大丈夫か、などと心配するつもりはないのだが……そうして事件が一つ起きた中、いよいよ準決勝が始まる。闘技場へ赴き控え室へ。道中で俺を見て「刃を……」とか、あるいは「退魔の……」とか、確かに聞いた。どうやら二つの異名はこの大会を通じてすっかり認知されてしまったらしい。
まだ慣れていないけど、こればっかりは頑張るしかないな……セレンについては煩わしいと言っていたが、別に緊張するとか言ってはいなかったし……色々と考える間にとうとう控え室に到着。そこに、
「お、来たね」
セレンがいた。準決勝は連続で試合をするため、控え室で待機という形なので彼女がいる。先に試合が始まるのは彼女からなので、一つ尋ねてみる。
「そっちは、勝てると思うか?」
「どうだろうね……私としては一番苦手な相手だからなあ」
と、笑いながら話す。緊張とかはまったくしていないな。
「本来の武器とは違うというところが、ここに来て向かい風になっているかな」
「……勇者ヴィオンの剣を受けきれないと?」
「そういうこと。もちろん負けるつもりはないけどね。ジウルードさんのカタキは取らないと」
「別に死んでないけど」
セレンは笑う……うん、大丈夫そうだな。
「……そういえば、改めてだけど」
と、彼女は笑みを見せたまま俺へ話す。
「色々とありがとう、アシル」
「ん、礼を言われることは別にしていないけど」
「ガルザのこととか、他にもダンジョンのこととか……両方ともアシルがいなかったら大変なことになっていただろうし」
「どうかな。たまたま俺がいただけで、セレン一人で十分対応できたかもしれないぞ」
――実際、そんな風に思う。俺は確かに二千年という無茶苦茶な修行で強くはなった。けれどまだまだ足りないものが多いと思う……それが特にこの闘技大会を通して実感できた。
圧倒的な力を得て、もしかすると増長していた可能性だってあったかもしれない。けれど元々才能がなく、もてはやされることに慣れていないことと、何よりまだまだだと認識することにより、俺は慢心していない。この気持ちは、大切にすべきだ。
世の中は広い、俺でも歯が立たないような敵だっているだろう……俺はセレンに伝えたように、人の役に立てればと思っているし、今も変わっていない。この大会をきっかけに、そういった仕事ができたら……そんな風に思う。
その時、歓声が響いた。いよいよ始まるらしく、セレンは「よし」と呟いて、
「行ってくるね」
「武運を祈ってる」
こちらの言葉に頷き返すと、彼女は闘技場へ……戦場へ、足を踏み入れた。
戦いの間、勇者ヴィオンが発する雷光の音が控え室にも伝わってきた。なおかつ座っていて振動すら感じさせる。戦闘時間は長く、『王都の守護神』ジウルードと戦っていた時よりも何倍の時間、斬り結んでいるようだ。
控え室からは闘技場を見ることができないので、そこは残念だったが……果たしてどちらが勝つのだろうか。
やがて、音が収まり歓声が沸き上がった。どうやら試合が終わったらしい。待っているとやがてセレンが戻ってくる。怪我とかはない様子だが、
「どうだった?」
彼女は言葉の代わりに鞘から剣を抜いた。それは半ばから綺麗に折られている。
「なるほど……武器破壊で負けか」
「徒手空拳でも少しはやれるけど、無理はできないし」
と、セレンは小さく息をつく。
「魔法を乱発するから長期戦になったら分があるかなあと思っていたんだけど」
「見事に覆されたと……でも、武器の問題もあるし」
「武器が悪かったとは言い訳しないよ。騎士たるもの、いかなる状況でも……それこそ、どんな装備であっても勝たなきゃいけないし」
セレンはそう返答した。悔しいそうな反面、戦いが終わって晴れ晴れとした様子でもある。
「私は負けたけど、アシルは頑張ってね」
「……ああ」
そうこうしている内に、兵士が俺の名を呼ぶ。観客が覚めやらぬ中で、準決勝第二試合が始まるようだ。
セレンは控え室を去り、俺はゆっくりとした足取りで闘技場へ……直後、歓声が出迎え、さらに俺の名を呼ぶ実況の声が聞こえた。そして、
『対するは、あの雷光の勇者ヴィオンとも並ぶとされる逸材! 数々の魔物を討伐し、急成長を遂げた光の剣士! 見る者を爽快にさせる洗練された剣術をとくとご覧あれ――光剣の勇者――カイム=リューダー!』
俺と並ぶ歓声と共に彼が現れた。こちらと視線を交わしたまま対峙し、
「全力でいかせてもらう」
レドやジャックのことは引きずっていない。いや、そちらに気を取られていては、俺に申し訳ないという気持ちなのかもしれない。
「ああ、負けるつもりはない」
……少なくとも、今持っている剣で可能な限り戦うつもりだ。それがカイムに対する礼儀というもの。
確かにセレンの言う通りだ。武器を言い訳にはしない……騎士道というのも少しかじったことはあるが、彼女の考えはまさにそれだ。人の役に立つ……それを果たすには、どんな状況でも言い訳せず、戦うというのは必要なことだ。
剣を抜く。カイムもまた剣を抜き放つ。彼の剣は有名な鍛冶師が作った業物。さらにそこに魔法を付与した剣で、勇者ヴィオンの剣と並び今大会において強力な武具になっているはず。
俺は深呼吸をする。同時に自らが持つ剣でどこまであれに対抗できるのか……カイムをしっかりと見定め、
『――始めぇ!』
気合いの入った声と鐘の音。次の瞬間、俺とカイムは同時に足を踏み出して剣を激突させる――!
鍔迫り合いになった瞬間、バチバチと魔力の粒子が弾ける。歓声が轟き、俺は剣を切り払った。カイムはその流れに乗せて一度後退する形となり、剣を構え直して対峙する。
……その能力を俺はつぶさに見ていたわけだが、こうして向かい合ってみるとひと味もふた味も違う。剣を打ち合った時の衝撃は想定以上で、魔力もまた大きい。なんとなく『雷光の勇者』と比較してしまうが……彼とはおそらく対極に位置する存在と言えるだろう。
勇者ヴィオンについては色々とエピソードが自然と耳に入った。簡単に言えば「俺の後ろを黙ってついてこい」という、絶対に自信を持つタイプであり、その卓越した力によりカリスマ性を持っている。
対するカイムについては「共に歩み、魔を打ち払おう」という、言わば他者を尊重し一緒に戦っていくというタイプの勇者。この会場に彼の仲間も観戦していることだろう。こんな風に表現すると、最前線で戦い続けるヴィオンと比べれば低いのでは……と思ってしまいそうだが、実力は引けを取らない。
ただその戦法はヴィオンがトリッキーなものだとすれば、カイムは王道。騎士達と同じように癖のない、正道をゆくものだ。
俺は前進し剣を放つ。それをカイムは叩き落とし反撃に転じる。俺としては動きを読むことはそれほど難しくない……だがそうであっても押し込まれるような予感を抱く。それだけ洗練されていることの証左だ。
そうした中で、俺が取るべき行動は……カイムが握る剣が発光を始める。こちらの能力を認め、本気を出してきたか。
「――受けられるか?」
言葉と共に、カイムはさらなる攻撃を仕掛けてきた。




